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慈しみの女神たち <下> [戦争小説]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ジョナサン・リテル著の「慈しみの女神たち <下>」を読破しました。

ナチス殺人者の回想という形式の膨大な小説の下巻になんとか辿り着きました。
アインザッツグルッペンの一員として大量殺戮に関与し、
その後、スターリングラードで九死に一生を得た主人公のアウエSS少佐。
ベルリンで次の任務を待つ彼のもとへやっと届いた召喚状・・。
それは「ライヒスフューラー幕僚部」への配属命令です。
ライヒスフューラーとはSS全国指導者ヒムラーのことなのはご存知かと思いますが、
本書はSSだけでなく国防軍兵士もみんなドイツ読みの階級で呼び合い、
例えばSS中佐だと「オーバーシュトルムバンフューラー(SS中佐)殿。」と、会話するので
ちょっと読みにくくもあります。

慈しみの女神たち 下.jpg

ヒムラーから直接与えられた具体的な任務は、強制収容所のシステムが
懲罰から労働力の供給へと変更されたものの、「軋轢」のために完遂できておらず、
この「軋轢」の源を解消して、人的資源の生産力を最大化することです。
とは言っても、SS大将ポールのSS経済管理本部が管轄する強制収容所、
その強制収容所を担当するD局のグリュックスもSS少将とお偉いさんたちが仕切っており、
主人公が所属するRSHA(国家保安本部)でも、担当者はアイヒマンSS中佐と階級は上・・。
さらにヒムラーはポールのような重鎮は怒らせないよう指示します。

Oswald Pohl bei seinem Besuch in Auschwitz.jpg

それでもアイヒマンとは旧知の仲、家に招かれて奥さんたちと食事をしたり、愚痴を聞いたり、
シュトロープのワルシャワ蜂起鎮圧の写真アルバムを嬉々として見せられたり・・。
ポーランドのルブリンでは「ラインハルト作戦」を取り仕切っているSS中将グロボクニクに面会。
「そうかい、ライヒスフューラーは俺にスパイを送って来たってわけだ。
貴様は労働力不足を口実にして、ユダヤ人を救いたがっている厄介者の一人だな」

Himmler_Globocnik.jpg

このようにしてユダヤ人を労働力として生かそうとする機関と、
相変わらず抹殺しようとする機関が交わる、複雑怪奇なSS機構にメスを入れていくわけですが、
結局のところ、個人の横領が根本的な問題でもあります。
ブッヘンヴァルト強制収容所のコッホの横領と、証人を殺害する手口を追及する
モルゲンSS判事とも意気投合するアウエ。
あの変態的に悪名高いディルレヴァンガーが科学実験と称して、少女たちを毒殺し、
その断末魔の様子をタバコをくゆらせながら見つめていたという事件もモルゲンが語ります。

そして彼はいよいよアウシュヴィッツへ・・。
所長のSS中佐、ルドルフ・ヘースに丁寧に迎えられ、SS大尉メンゲレ博士も登場。
列車で辿り着いた収容者の没収財産が分類保管される通称「カナダ」。
アウシュヴィッツものではお馴染みの場所ですが、ここからは高価な物が横領されたり、
ヘース所長の妻の下着や子供の服が選ばれています。

Auschwitz_Canada.jpg

軍需大臣のシュペーアとも顔を合わせることになり、強制収容所の生産性向上という目的のために
意見の一致を見る2人。ただし、決して、ユダヤ人を救うのが目的ではありません。
シュペーアの言い分は「まず、戦争に勝とう。その後で、ほかの問題を解決すればいい」
そんな折、グロボクニクを公金横領の罪で逮捕しようとしたヒムラーですが、
グロボクニクはどっさりと用意した「資料」にモノを言わせ、黄金の引退生活を勝ち取った
ということです。コレは初めて知りました。まぁ、小説ですけど・・。

albert-speer-Reichsministerium-Ruestung.jpg

再びベルリンに戻ったアウエを襲ったのは、連日のベルリン大空襲です。
また、上巻の最後で死んだ母と義父の殺人容疑もかけられ、執拗な刑事の追及も・・。
そして双子の姉との関係・・。それは近親相姦であり、
独身で30歳の立派なSS将校アウエの周辺には女性も寄ってきますが、
同性愛者で近親相姦でもある彼はすべての女性を拒絶するのでした。
色っぽいSS女アマゾネスとか、外務省勤めの女性との恋とか、結構、いい展開にもなって
「今度こそ、やるか?」と期待を持たせるんですけどねぇ。

Bombing of Berlin.jpg

陸軍のドルンベルガー将軍から、SS大将カムラーの管轄となっていた
ミッテルバウ=ドーラ強制収容所の地下にあるV2ロケット組立工場
シュペーアの希望によって視察する場面は印象的でした。
フランス人、ベルギー人、イタリア人ら各国の政治犯が最悪の環境で労働に従事・・。
あまりの酷さに怒りを爆発させるシュペーアですが、
「物資がいただけないのです」と返答する責任者のSS将校。
どこの収容所でも食料の改善を図ろうとしても、あまりに官僚的な機構がそれを妨げます。

Mittelbau-Dora.jpg

今度はアイヒマンとともにハンガリーに向かうSS中佐に昇進したアウエ。
これは手つかずだったハンガリーのユダヤ人を生産力として活用しようとするものですが、
複数の機関の命令が混在し、結局、ほとんどがアウシュヴィッツへ・・。
そのアウシュヴィッツが絶滅を完了し、西へと撤退する任務も監視することに。

Hungarian women who have been selected to work at Auschwitz-Birkenau.jpg

ソ連軍がベルリンへと迫ると、国防軍最高司令部(OKW)との連絡将校に任命されます。
そして最後までベルリンを死守するSS将校に総統自ら、ドイツ十字章を授与することになり
アウエも末席ながら選ばれます。
ヒトラーが彼のもとに近づき、初めて近くで見た総統の顔に憤慨したアウエは
トレヴァ=ローパーも知らなかった暴挙に・・。

Deutsches Kreuz Gold.jpg

本書は年老いたアウエが回想する小説ですから、翌日、独房に放り込まれてきた
SS中将フェーゲラインのように処刑されることはありませんが、
結末はさすがに端折りましょう。
史実がベースになっているものの、小説は小説ですから、
本書の本質的な感想は他のところの書評にお任せして、
「独破戦線」らしい読書レビューにしてみました。

Hitler,Himmler,Fegelein.jpg

訳者あとがきによると、歴史家が一致して認める資料調査の精密さがあるとのことで、
確かに読んでいても戦争とホロコーストのエピソードに違和感はありませんでした。
また、本書の構想が生まれた経緯は、モスクワ付近でドイツ軍に殺された
美しくも無残なパルチザン女性の写真に触発された・・ということだそうで、
このエピソードは本文中にも出てきましたが、おそらく「モスクワ攻防1941」で紹介した 
ゾーヤ・コスモジェミャーンスカヤのことではないかと思います。

ヴィトゲンシュタインもその本から彼女の「美しくも無残な」写真を知ったんですが、
この「独破戦線」ではあんまり死体写真は載せたくないので、処刑前のをUPしていました。
しかし、今回はそのような特別な理由があるので、あえて載せてみます。

Космодемьянская.jpg

それから、主人公アウエの家族関係の部分は古代ギリシャ悲劇の3部作
「オレステイア」がベースになっていて、第3部が「慈しみの女神たち」だそうですが、
これはまったくわかりません。。
まぁ、母親殺しに双子の姉との近親相姦と同性愛者・・という特殊な主人公ですから、
感情移入が出来るかどうかは、人それぞれでしょう。
ヴィトゲンシュタインは正直、この変態には苦労させられましたが・・。

RSHA内の派閥もあり、主人公はちょくちょく出てくる兄貴分のようなオーレンドルフ派で、
風見鶏のシェレンベルクは真の国家社会主義者ではないので嫌い・・という感じ。
他にも登場人物はゲシュタポのミュラーに、「救出への道 -シンドラーのリスト・真実の歴史-
に出ていたマウラーと、全部挙げてたらキリが無いほどで、
あのパウル・カレルも本名で、SSの通行人程度に出てきます。
と、ある程度、SSに精通していないと(例えば「髑髏の結社 SSの歴史」を楽しく読める人)、
本書を読破することが出来るのか・・疑問ですが、知識と時間とお金のある方は
上下巻合わせて1000ページの本書に挑戦してみてはいかがでしょうか。

ちなみに今年の1月に出たばかりの、アインザッツグルッペンのSDに焦点を当てた
「ナチスの知識人部隊」を購入しましたので、コレも楽しみにしています。





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慈しみの女神たち <上> [戦争小説]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ジョナサン・リテル著の「慈しみの女神たち <上>」を読破しました。

昨年の5月に発売された本書は、神保町の大きな本屋さんでも当時、何冊も積まれていて、
手に取ったことがありますが、ハードカバーの上巻だけでも560ページ、4725円という
ほとんど犯罪的な小説なので、気になりつつも指を咥えるしかありませんでした。
図書館では上下巻が1冊ずつありましたが、予約件数が上昇の一途を辿るにつれ、
4冊へと増量・・。試しに予約してみたら2日後には上下巻が借りられました。
原著は2006年の発刊で、当時38歳の米国人著者による仏語。
アカデミー・フランセーズ文学大賞などを受賞した、ナチスの殺人者の回想という形式の小説です。

慈しみの女神たち 上.jpg

「ユダヤ人に対して、銃5丁は多すぎる」と指示を出す第6軍司令官のフォン・ライヒェナウ元帥
「かしこまりました。閣下」と敬礼するSS大佐のブローベル・・。
主人公の"わたし"は、彼らに追随するSS中尉のマキシミリアン・アウエ博士ですが、
彼が特に1941年6月の「バルバロッサ作戦」におけるルントシュテットの南方軍集団に属する、
ラッシュ博士のアインザッツグルッペCのゾンダーコマンドのSD部員である・・ということは
事前に紹介されないので、読み進めながら理解していくことになります。
そして銃2丁で確実に射殺するには頭部を狙う必要もあり、
射殺しなければならないウクライナのユダヤ人の数は膨大・・。
このような状況で早々に精神に異常をきたし、一時送還される
ゾンダーコマンド隊長のブローベルSS大佐。

einsatzgruppen-nazi-death-squads-006.jpg

所々で主人公の子供時代や青年時代の回想が出てきますが、
彼が1939年に法学の博士課程を修了し、SD(SS保安部)に入った経緯はこんなところです。
同性愛者である彼がその容疑で検挙されますが、
ゲシュタポの「男色撲滅課」課長マイジンガーが知ったら大変だよ・・と
脅されて、しぶしぶSDに・・。

幕僚部に配属されているアウエは、直接、ユダヤ人を射殺することはありませんが、
隊員はサディズムの反応を見せる者も出る反面、自殺者も2名・・。
武装SSによる死刑囚の公開処刑は銃殺ではなく、見せしめのための絞首刑。。

German troops take snaps as an alleged partisan is hanged in a Belarussian town.jpg

処刑命令はライヒェナウによるものですが、国防軍兵士はSSの残虐なやり方に苦情をあげる始末。
「卑怯な連中だ。国防軍の糞野郎どもは手を汚したくないんだ・・」
やがて作戦対象はユダヤ人から、住民全員へと拡大。
隊長ブローベルも含め、このSS全国指導者ヒムラーの命令に将校全員が愕然とするのでした。

Eine Frau flieht während eines Pogroms in Lwow.jpg

そして始まった「大作戦」。
警官やウクライナ人の「アスカリ」も動員して、休みなく続く処刑。
疲労困憊して休憩に戻ってきた隊員が缶詰をを開けると、それは「腸詰」。
「こんな食べ物はないだろう!」と怒り狂い、嘔吐する隊員たち・・。
遂にアウエにも交代要員として「止めを刺す」仕事が回ってくるのでした・・。

このユダヤ人を集めて銃殺するシーンはなかなか壮絶なものがありますが、
これは「普通の人びと -ホロコーストと第101警察予備大隊-」とかなり似ていましたので、
参考にしている可能性もありますね。

einsatzgruppen-nazi-death-squads-005.jpg

キエフではベルリンでの知人、ユダヤ人担当の課長となったアイヒマンと再会。
アウエはここで、ユダヤ人問題について全般的な詳しい説明を受けることになります。
さらにミンスクでの爆発物を使ったテスト結果が散々であったことで運ばれてきた
新方式の「ガス・トラック」・・・、
これを思いついたのは保安警察長官でアインザッツグルッペB司令官のネーベです。

Death Truck.jpg

あくまで小説ですが、登場実物は第6軍を率いるライヒェナウに
ヒムラー、ハイドリヒ、アイヒマンといった有名人が登場します。
気になって調べてみると、アウエの上官たち、パウル・ブローベルや、
その後任のエルヴィン・ヴァインマンなども実際、アインザッツグルッペCに属する
ゾンダーコマンド4aの司令官なんですね。
ただ、このアインザッツグルッペを構成する「アインザッツコマンド」と「ゾンダーコマンド」の
任務の違いがいまひとつ理解できませんでした。

SS-SD unit Somewhere in Russia.jpg

翌年の夏季攻勢ではSS大尉に昇進し、カフカスに派遣されたアウエ。
そこではA軍集団リスト元帥が解任され、総統自らが後任になったと知らされます。
国防軍将校は「すでに国防軍と陸軍を指揮しておられる総統が、一軍集団の指揮をするとは・・」と、
「そのうちひとつの軍、師団となって、最後には前線で伍長となっているかも・・」
しかしバリバリの国家社会主義者であるアウエは「無礼な言い方だ」と冷たく返答します。
やがて殺されたSD将校の後任として、包囲されたスターリングラードへの移動命令が・・。

Hitler,H_Hiimmler&R_Heydrich.jpg

すでにヘルマン・ホトの救援「冬の嵐作戦」は頓挫したとの情報を知ったアウエですが、
前線では兵士たちが「マンシュタインは来てくれるんですよね?」
「万全の備えをしておくように・・」と情けない思いで言葉を濁すしかありません。
ソ連のスパイとして捕えられた2人の少年は、まるで救ってもらえるかのように
アウエを見つめますが、何もしてやることは出来ず、銃殺刑に処せられます。
これは映画「スターリングラード」でエド・ハリスに殺された少年を思い出しました。

Frozen German soldiers at Stalingrad 1943.jpg

このままパウルスの第6軍と運命を共にするしかないアウエ。
しかし彼は頭に銃弾を受けたものの、一命を取り留め、最後の飛行機で脱出に成功。
偶然の巡り合わせで後遺症も残らず、見舞いにはヒムラーとカルテンブルンナーの姿も・・。
SS少佐へと昇進し、戦功十字章に加え、戦傷章に冷凍肉勲章1級鉄十字章も授与されます。

Kaltenbrunner, Himmler.JPG

退院後は3ヵ月の休暇でベルリンへ。
当初SDで面倒を見てもらったヴェルナー・ベストや、希望する勤務地であるフランスを仕切る
クノッヘンらと面談しますが、適当なポストは見つかりません。
そんなこんなでフランスに住む母と義父を訊ねることにしたアウエ。
しかし翌朝、惨殺された2人の姿を発見するのでした。

werner_best.jpg

この上下2段組みで訳者さんも4人がかりという膨大な文字数の小説を
一字一句ジックリと読んだか・・というと、そうでもありません。
精神の参った主人公の見る「夢」は、トイレから大便がモリモリと溢れ出したりしますし、
少年時代の同性愛を振り返るシーンでは「陰茎を・・」とか、
いくら文学的であろうが、個人的にホ~モの話には興味なし!ですし、
知りたいとも思いませんから、こういう場面は流し読みしてしまいました。

しかし、いくらなんでも冗長すぎるような気もしますね。
よく小説家のデビュー作は、それまでの10数年間溜め込んできた知識を
気合入れて織り込んでしまうから、長く専門的になりがち・・ということも聞きますが、
本書もそれの典型のようにも感じます。
もちろん、最後まで読むと、意味の無いと思っていた箇所が
重要な複線だったりする可能性もありますので、コレは下巻のお楽しみ・・にしておきます。



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蟹の横歩き -ヴィルヘルム・グストロフ号事件- [戦争小説]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ギュンター・グラス著の「蟹の横歩き」を読破しました。

11月の「武装親衛隊とジェノサイド」でも書かれていたギュンター・グラス・・。
1999年にノーベル文学賞を受賞した著名なドイツ人作家が戦時中、武装SS隊員だったと告白し、
大バッシングを浴びた・・ということですが、彼の本は読んだことがありませんでした。
今回、初挑戦ということで、「バルト海の死闘」でも知っている
ヴィルヘルム・グストロフ号事件が描かれた本書を選んでみました。

蟹の横歩き.jpg

ギュンター・グラスとして知っているのは「ブリキの太鼓」の映画くらいのもの・・。
子供の頃、映画館やTVの予告編・・オスカル少年が「ア~~!」「テケテケ」「パリ~ン!」
というヤツですが、さすがに当時は観に行くこともなく、大人になってからTVで一度だけ観ました。
それでも、なんとも不思議な映画で、良く理解できなかったですね。
グラスは1927年、ポーランドのダンツィヒ生まれ。
そんなことから「ブリキの太鼓」も含め、ダンツィヒなどを舞台とした小説を多く書いているようです。

Günter Grass_Die Blechtrommel.jpg

本書の一風変わったタイトルもそうですが、内容についてまったく予備知識なしで挑みましたが、
一言で書くと、過去の「ヴィルヘルム・グストロフ号事件」の実話を掘り起こしながら、
現代のネオナチ問題を問いかけるというもので、
ノンフィクションとフィクションが半々に入り混じった2003年の小説です。

主人公の"わたし"は、うだつの上がらぬ記者・・。
生まれは1945年1月30日、ヴィルヘルム・グストロフ号が沈没し、
救助された母親がその場で産み落とした人物です。
あるとき、ドイツではタブー視されていたヴィルヘルム・グストロフ号の件が書かれた
インターネット・サイト「www.殉教者 de」を発見します。

gustloff.jpg

こうして、ヴィルヘルム・グストロフ号とはなにか?
そもそも船名の名前になっているヴィルヘルム・グストロフとは何者か?
ということが語られていきます。

ヴィルヘルム・グストロフはスイスにおけるナチスの地区指導者でしたが、
1936年、クロアチア出身のユダヤ人、ダヴィド・フランクフルターに自宅で暗殺されます。
この事件はもちろんナチ党にとっては大きなもので、
グストロフの葬儀にはヒトラー以下、党の幹部が出席する盛大なものとなり、
当初、「アドルフ・ヒトラー号」の名が予定されていた新造客船にも
彼の名が付けられることになります。

wilhelm_gustloff.jpg

一方、下手人のダヴィド・フランクフルターはスイスで裁判にかけられますが、
中立を守るスイスによって、懲役18年の刑で済むことに・・。

Der Attentäter David Frankfurter während seinem Prozess 1936.jpg

このようにしてドイツ労働戦線全国指導者ロベルト・ライのもと、
歓喜力行団(KdF)の旗艦ともいえる客船「ヴィルヘルム・グストロフ号」は
一般勤労者に等級のない客室で、安価な地中海クルーズやノルウェークルーズを提供。

gustloff maiden voyage to Madeira2.jpg

ヴィルヘルム・グストロフ号に姉妹船があって、
それが「ロベルト・ライ号」っていうのもひどい話ですね。
初めて知りましたが、自分の名前をつけるっていうのは、まったく図々しい・・。

KdF-Schiff Robert Ley, Empfang von Bulgaren.jpg

やがて戦争が勃発すると、この客船は病院船に就役。さらにバルト海のゴーテンハーフェンで
潜水艦訓練部隊の兵営として繋留されることになります。
そして1945年1月30日、ソ連軍から逃げ惑う1万人とも云われる避難民を乗せて出航・・。
マリネスコ艦長のソ連潜水艦S-13により魚雷攻撃を受けてしまうわけですが、
この呑兵衛で不運なマリネスコ艦長についても、本書は平行して語り、
沈没するヴィルヘルム・グストロフ号の阿鼻叫喚の世界も同様ですが、このあたりは
「バルト海の死闘」とさほど変わりはありません。

Marinesko.jpg

ネオナチ・サイト「www.殉教者 de」では、管理人のヴィルヘルムに対抗するユダヤ人、
ダヴィドがチャット(本書ではチャート)に登場し、スポーツのような激戦を繰り広げ出します。
そして主人公の"わたし"は、このヴィルヘルムが15歳の息子のコニーであることに気づくのでした。

インターネットの世界から抜け出して、直接対面することとなったヴィルヘルムとダヴィド・・。
ここから突然、思いもよらぬ展開へとなっています。

KdF_1939-08-04_47th_Norwegenreise.jpg

正直言うと、後半の「うわっ」となるシーンまで、フィクション部分はなんだろな~という感じで
読んでいました。ちょっと難しく考えすぎていたのかも知れませんが・・。
そして最後まで読み終えて、もう一度、最初から256ページの本書を読んでみました。
現代と過去を行き来し、そしてノンフィクションとフィクションが入れ混じった小説ですから、
ある程度の予備知識がないと、ちょっと難しいかも知れませんね。
ただし、全体が理解できると(ヴィトゲンシュタインは2回目でしたが・・)
凄い構成の本だな~・・という感想になっていきます。

また、ヴィルヘルム・グストロフ号事件が詳しく書かれた「バルト海の死闘」は
日本では1984年に出版されていますが、ひょっとしたらドイツでは
翻訳されていないのかも知れませんね。
グラスが武装SS(第10SS装甲師団 フルンツベルクの戦車砲手らしいですが)にいたことを
告白した「玉ねぎの皮をむきながら」も今度、読んでみようと思います。

そういえば、映画「スターリングラード」のヨゼフ・フィルスマイアーが監督した
「シップ・オブ・ノーリターン ~グストロフ号の悲劇~ 」もまだ観てませんでしたが、
イタリアの豪華客船「コスタ・コンコルディア号」が座礁、転覆のニュースが
ちょうど報道されています。
そして、とっとと逃げたとされる船長・・。う~ん、やっぱりイタリア人?

costa-concordia-night_The ship's captain gets into a police car.jpg









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偽りの街 [戦争小説]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

フィリップ・カー著の「偽りの街」を読破しました。

今回はちょっと志向を変えて、第三帝国を舞台にした「ハードボイルド小説」のご紹介です。
大作をやっつけた後は、どうしてもリハビリ的にこういうのを欲してしまいますね。。
ローストビーフを4枚平らげたあとに、ビターチョコのデザートが食べたい・・なんて気分です。
本書は1936年のベルリン・オリンピック開催前後の首都ベルリンが舞台の「探偵もの」で、
著者はスコットランド人ですが、「ファーザーランド」のロバート・ハリスもイングランド人、
「SS-GB」のレン・デイトンも同様ですし、ジャック・ヒギンズも当然と、
この手の小説の書き手は英国人ばっかりですね。
まぁ、米国人とドイツ人には、この時代の小説はなかなか書けないのかも知れませんが・・。

偽りの街.jpg

ストーリーは、ベルリンでしがない探偵業を営む主人公のグンターのもとに、
ルールの鉄鋼王ジクスから仕事の依頼が舞い込みます。
それは一人娘とその夫が射殺、そして放火された末、高価な首飾りが盗まれた、という内容で
調査を進めるうちに、殺された娘婿の夫がSS全国指導者ヒムラー直属のSSの大尉であり、
ときのプロイセン首相、ゲーリングからも強制的に極秘の調査を依頼されるなど、
彼の周辺は危険に満ちた、怪しい雰囲気になっていく・・というものです。。

Reichsmarschall Hermann Goring.jpg

主人公のグンターは非常に個性的な人物で、若くして第一次大戦に従軍し、戦後は警察官に。
しかし、ナチスの台頭による警察への介入に嫌気がさして、早々に退職した・・という経歴です。
そして最も際立っているのが「口の悪さ」です。
まぁ、減らず口というか、敵だろうが女性だろうが、冗談ばっかり言っていて、
しかも一人称ですから、その減らず口は3倍くらいになります。

個人的に気に入ったのは、主人公がセクシー女優から誘惑されるシーンですね。
「「あなたが欲しいの」という声がズボンのチャックの中に響いた」。
コレは男なら一度くらい経験があるんじゃないかなぁ・・?
ハードボイルドらしい、エロい表現ですね。。

Elegant.jpg

この1936年という時代、ナチ党やゲシュタポという組織は、ヒトラー政権の4年目という時期で、
SS組織の再編成や、権力闘争が激しく行われていたときでもあります。
そのようなことから、ゲーリングがベルリンで創設した本書の敵役ゲシュタポも、
「百姓あがりのひよっこ」ヒムラーに奪われたことを面白く思っていないゲーリングの
息のかかった連中がベルリンのゲシュタポ内部には存在していて、
彼らは上官であるヒムラーに報告することなく、内密に捜査を行ったりしているわけですね。

Head of the SS Heinrich Himmler.JPG

もちろん初代ゲシュタポ長官のディールスや刑事警察(クリポ)長官のネーベの話も出てきますし、
以前にココで紹介した「ゲシュタポ」本を読まれている方なら、一層、楽しめます。

最後には、現ゲシュタポ長官ハイドリヒがしっかりと登場し、
グンターをダッハウ強制収容所へと送り込み、そこに収監されている、ある人物から
情報を聞き出す任務を無理やり与えるという展開ですが、
怪しい人間を片っ端から強制収容所送りにしているゲシュタポ長官が
なぜこんなことをさせるんだろう・・と不思議に思われるかも知れません。

SS-Obergruppenführer Reinhard Heydrich.JPG

本書でもグンターは「ダッハウの所長に尋問させれば良いじゃないか」と反論しますが、
ハイドリヒの答えは、「そうするとヒムラーに通報が行ってしまうので、避けたいんだ」というものです。
これも強制収容所自体はハイドリヒのライバルである
髑髏部隊のテオドール・アイケの管轄であって、ハイドリヒといえども、
収容所内には手が出せない、ということが前提となっているようですね。
う~ん。なかなか当時の背景を調べ上げているなぁ・・という印象ですが、
逆にこの「SS」という弱肉強食のドロドロの組織をある程度、理解していないと
このような細かい展開が面倒くさく感じるかも知れません。

面白かったのは、街中を監視する、あのマイジンガーが課長を務めるゲシュタポの
男色撲滅課」の存在です。
グンターが「ゴロツキども・・」と語るように、口の堅い情報屋を脅すにしても
「お前が同性愛者だと通報するぞ・・」ってな感じです。

Gestapo.jpg

ラストはこれまたハッピーエンドではなく、重要人物が死んだり、
行方不明のままで終わってしまいます。
このあたりは英国の作家らしい、やや暗いエンディングで個人的には良かったですね。
1992年発刊の本書は、著者による「ベルリン3部作」の第1部で、
次の第2部、以前にオススメのコメントを頂いた「砕かれた夜」もいってみようと思っています。
こちらは、本書の2年後である1938年が舞台で、
またもやヒムラーやハイドリヒが登場するらしいので楽しみですね。



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輸送船団を死守せよ [戦争小説]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ダグラス・リーマン著の「輸送船団を死守せよ」を読破しました。

先日の「U‐ボート977」や、過去に何冊も読破した「Uボート戦記」でその相手を務める
「輸送船団」モノには以前から興味があり、今回、34冊目という2000年に発表された
海洋冒険小説のベテランによる本書を勉強がてらに読んでみました。

しかし個人的なことで恐縮ですが、本書が記念すべき?「200」記事めです。。
相変わらず、このようなタイミングでドイツ軍関係の名著とかに当たりませんね。
「100」のときはコレでしたし、「2年め突入」のときも、こんなのでした。

輸送船団を死守せよ.JPG

英海軍の駆逐艦「ハッカ号」。トライバル級という大きな駆逐艦が主役です。
「北アフリカで神と呼ばれる男、ロンメル・・」の話が出てくるように
地中海で戦い、母国で次なる任務を待つこの艦に、ヴィクトリア十字勲章拝領者
マーティノー中佐が新任の艦長として着任します。

早速、油槽船の護衛任務やUボートとの戦いも繰り広げ、「ハッカ号」でのベテラン、
副長のフェアファックス少佐や航海長のキッド大尉らからも認められます。

ちなみに駆逐艦は英語で「デストロイヤー」と言いますが、自分は幼少の頃、
この「デストロイヤー」に忘れもしない、屈辱的な攻撃されたことがあります。
場所は大西洋ではなく、「後楽園球場」のバックネット裏。カードは「巨人-中日」戦です。
昭和50年から中日ファンであるヴィトゲンシュタインの期待通り、中日が見事勝利を収め、
大ハシャギしていると、その愛用のドラゴンズの帽子を後ろから取り上げられ、
振り向くと、そこにはマスクをつけたザ・デストロイヤーが。。。
「ほ~ら、ほら、取り返してみろ~」と苛められ、「返せよー!」とぴょんぴょん・・。
まぁ、馬場さんも元巨人だし、デストロイヤーも当然、巨人ファンだったんでしょうね。

Destroyer of the Tribal class_nubian_g36.jpg

余談はさておき、本書はさまざまな階級の乗組員も各自取り上げられ、
提督の息子であるがゆえに苦悩する若いシートン士官候補生や、
特に3等水兵ウィシャートは実に可愛い純粋な少年兵で、
後半、彼が死なないことを祈りながら読み進めました。

ドイツ海軍の駆逐艦との戦いもあり、撃沈後、わずかなドイツ兵の救出に成功します。
帰港したリヴァプールで捕虜を引き渡す場面では、ドイツ人艦長が歩み寄り、
マーティノー艦長に無言の敬礼を送ります。
本書ではUボートを中心とした通商破壊作戦に命をかけるデーニッツ提督
「スカパ・フローの牡牛」ことギュンター・プリーン艦長の名が出て来る以外、
対戦相手のドイツ軍の様子や艦長の名が出てくることはありません。

Prien at lunch with Hitler.jpg

しかし駆逐艦のライバル、Uボートを爆雷で仕留めて、大喜びする水兵たちを尻目に
マーティノー艦長は、いま、海の藻屑となって消えていくUボート乗組員たちに対しても
勇敢な海の男たち・・・という気持ちを忘れません。

駆逐艦といえば、映画「眼下の敵」で、Uボート艦長クルト・ユルゲンスに
執拗な攻撃を仕掛ける駆逐艦艦長のロバート・ミッチャムがすぐに頭に浮かびますが、
確か、奥さんの乗った客船がUボートに沈められたという「復讐心」に満ちた人物だったと・・。

The Enemy Below (1957).jpg

本書では女性も多く登場し、マーティノー艦長を筆頭に、
キッド航海長などのロマンスも大きなテーマです。
特にこのマーティノー艦長の恋の相手、カナダ女性補助部隊のアナは
とても魅力的で可愛い女性に描かれています。

Women's Royal Naval Service.jpg

スカパ・フローからロシアへ向かう、37隻の大船団を護衛するクライマックスでは
ドルトムント号とリューベック号という名のありそうな、なさそうなドイツ巡洋艦との死闘・・。

海の男の戦記というよりも、原題「For Valour」、
勇気を意味するというこの言葉がヴィクトリア十字勲章にも刻印されており、
マーティノーのこの略綬に恋人アナが触れるシーンが度々登場するように、
英国のみならずカナダなどの連邦国、また、女性も充分勇気を持って戦っていた・・
というメッセージが込められているのかも知れません。

Victoria_cross.jpg

残念ながらまだドイツには行ったことがありませんが、英国には2回、リヴァプールにも
数年前に4日間滞在したこともあって、本書の舞台となる中心がこの街ですから
なにか、リヴァプール港や繁華街を思い出しながら読破しました。
実にショボイ「中華街」もあって、コレが ↓ 中華料理とビールを飲み食いした後の図です。

Liverpoolの街角でガマンできなかったヴィトゲンシュタイン.JPG

同じ船団ものの小説では「女王陛下のユリシーズ号」と
英国側からドイツ海軍との戦いを描いた戦記「海戦 -連合軍対ヒトラー-」も買いましたので
そのうち読破する予定です。
なぜかいつも買いそびれる「バレンツ海海戦」も読みたくなりましたね。。





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