慈しみの女神たち <下> [戦争小説]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
ジョナサン・リテル著の「慈しみの女神たち <下>」を読破しました。
ナチス殺人者の回想という形式の膨大な小説の下巻になんとか辿り着きました。
アインザッツグルッペンの一員として大量殺戮に関与し、
その後、スターリングラードで九死に一生を得た主人公のアウエSS少佐。
ベルリンで次の任務を待つ彼のもとへやっと届いた召喚状・・。
それは「ライヒスフューラー幕僚部」への配属命令です。
ライヒスフューラーとはSS全国指導者ヒムラーのことなのはご存知かと思いますが、
本書はSSだけでなく国防軍兵士もみんなドイツ読みの階級で呼び合い、
例えばSS中佐だと「オーバーシュトルムバンフューラー(SS中佐)殿。」と、会話するので
ちょっと読みにくくもあります。
ヒムラーから直接与えられた具体的な任務は、強制収容所のシステムが
懲罰から労働力の供給へと変更されたものの、「軋轢」のために完遂できておらず、
この「軋轢」の源を解消して、人的資源の生産力を最大化することです。
とは言っても、SS大将ポールのSS経済管理本部が管轄する強制収容所、
その強制収容所を担当するD局のグリュックスもSS少将とお偉いさんたちが仕切っており、
主人公が所属するRSHA(国家保安本部)でも、担当者はアイヒマンSS中佐と階級は上・・。
さらにヒムラーはポールのような重鎮は怒らせないよう指示します。
それでもアイヒマンとは旧知の仲、家に招かれて奥さんたちと食事をしたり、愚痴を聞いたり、
シュトロープのワルシャワ蜂起鎮圧の写真アルバムを嬉々として見せられたり・・。
ポーランドのルブリンでは「ラインハルト作戦」を取り仕切っているSS中将グロボクニクに面会。
「そうかい、ライヒスフューラーは俺にスパイを送って来たってわけだ。
貴様は労働力不足を口実にして、ユダヤ人を救いたがっている厄介者の一人だな」
このようにしてユダヤ人を労働力として生かそうとする機関と、
相変わらず抹殺しようとする機関が交わる、複雑怪奇なSS機構にメスを入れていくわけですが、
結局のところ、個人の横領が根本的な問題でもあります。
ブッヘンヴァルト強制収容所のコッホの横領と、証人を殺害する手口を追及する
モルゲンSS判事とも意気投合するアウエ。
あの変態的に悪名高いディルレヴァンガーが科学実験と称して、少女たちを毒殺し、
その断末魔の様子をタバコをくゆらせながら見つめていたという事件もモルゲンが語ります。
そして彼はいよいよアウシュヴィッツへ・・。
所長のSS中佐、ルドルフ・ヘースに丁寧に迎えられ、SS大尉メンゲレ博士も登場。
列車で辿り着いた収容者の没収財産が分類保管される通称「カナダ」。
アウシュヴィッツものではお馴染みの場所ですが、ここからは高価な物が横領されたり、
ヘース所長の妻の下着や子供の服が選ばれています。
軍需大臣のシュペーアとも顔を合わせることになり、強制収容所の生産性向上という目的のために
意見の一致を見る2人。ただし、決して、ユダヤ人を救うのが目的ではありません。
シュペーアの言い分は「まず、戦争に勝とう。その後で、ほかの問題を解決すればいい」
そんな折、グロボクニクを公金横領の罪で逮捕しようとしたヒムラーですが、
グロボクニクはどっさりと用意した「資料」にモノを言わせ、黄金の引退生活を勝ち取った
ということです。コレは初めて知りました。まぁ、小説ですけど・・。
再びベルリンに戻ったアウエを襲ったのは、連日のベルリン大空襲です。
また、上巻の最後で死んだ母と義父の殺人容疑もかけられ、執拗な刑事の追及も・・。
そして双子の姉との関係・・。それは近親相姦であり、
独身で30歳の立派なSS将校アウエの周辺には女性も寄ってきますが、
同性愛者で近親相姦でもある彼はすべての女性を拒絶するのでした。
色っぽいSS女アマゾネスとか、外務省勤めの女性との恋とか、結構、いい展開にもなって
「今度こそ、やるか?」と期待を持たせるんですけどねぇ。
陸軍のドルンベルガー将軍から、SS大将カムラーの管轄となっていた
ミッテルバウ=ドーラ強制収容所の地下にあるV2ロケット組立工場を
シュペーアの希望によって視察する場面は印象的でした。
フランス人、ベルギー人、イタリア人ら各国の政治犯が最悪の環境で労働に従事・・。
あまりの酷さに怒りを爆発させるシュペーアですが、
「物資がいただけないのです」と返答する責任者のSS将校。
どこの収容所でも食料の改善を図ろうとしても、あまりに官僚的な機構がそれを妨げます。
今度はアイヒマンとともにハンガリーに向かうSS中佐に昇進したアウエ。
これは手つかずだったハンガリーのユダヤ人を生産力として活用しようとするものですが、
複数の機関の命令が混在し、結局、ほとんどがアウシュヴィッツへ・・。
そのアウシュヴィッツが絶滅を完了し、西へと撤退する任務も監視することに。
ソ連軍がベルリンへと迫ると、国防軍最高司令部(OKW)との連絡将校に任命されます。
そして最後までベルリンを死守するSS将校に総統自ら、ドイツ十字章を授与することになり
アウエも末席ながら選ばれます。
ヒトラーが彼のもとに近づき、初めて近くで見た総統の顔に憤慨したアウエは
トレヴァ=ローパーも知らなかった暴挙に・・。
本書は年老いたアウエが回想する小説ですから、翌日、独房に放り込まれてきた
SS中将フェーゲラインのように処刑されることはありませんが、
結末はさすがに端折りましょう。
史実がベースになっているものの、小説は小説ですから、
本書の本質的な感想は他のところの書評にお任せして、
「独破戦線」らしい読書レビューにしてみました。
訳者あとがきによると、歴史家が一致して認める資料調査の精密さがあるとのことで、
確かに読んでいても戦争とホロコーストのエピソードに違和感はありませんでした。
また、本書の構想が生まれた経緯は、モスクワ付近でドイツ軍に殺された
美しくも無残なパルチザン女性の写真に触発された・・ということだそうで、
このエピソードは本文中にも出てきましたが、おそらく「モスクワ攻防1941」で紹介した
ゾーヤ・コスモジェミャーンスカヤのことではないかと思います。
ヴィトゲンシュタインもその本から彼女の「美しくも無残な」写真を知ったんですが、
この「独破戦線」ではあんまり死体写真は載せたくないので、処刑前のをUPしていました。
しかし、今回はそのような特別な理由があるので、あえて載せてみます。
それから、主人公アウエの家族関係の部分は古代ギリシャ悲劇の3部作
「オレステイア」がベースになっていて、第3部が「慈しみの女神たち」だそうですが、
これはまったくわかりません。。
まぁ、母親殺しに双子の姉との近親相姦と同性愛者・・という特殊な主人公ですから、
感情移入が出来るかどうかは、人それぞれでしょう。
ヴィトゲンシュタインは正直、この変態には苦労させられましたが・・。
RSHA内の派閥もあり、主人公はちょくちょく出てくる兄貴分のようなオーレンドルフ派で、
風見鶏のシェレンベルクは真の国家社会主義者ではないので嫌い・・という感じ。
他にも登場人物はゲシュタポのミュラーに、「救出への道 -シンドラーのリスト・真実の歴史-」
に出ていたマウラーと、全部挙げてたらキリが無いほどで、
あのパウル・カレルも本名で、SSの通行人程度に出てきます。
と、ある程度、SSに精通していないと(例えば「髑髏の結社 SSの歴史」を楽しく読める人)、
本書を読破することが出来るのか・・疑問ですが、知識と時間とお金のある方は
上下巻合わせて1000ページの本書に挑戦してみてはいかがでしょうか。
ちなみに今年の1月に出たばかりの、アインザッツグルッペンのSDに焦点を当てた
「ナチスの知識人部隊」を購入しましたので、コレも楽しみにしています。
ジョナサン・リテル著の「慈しみの女神たち <下>」を読破しました。
ナチス殺人者の回想という形式の膨大な小説の下巻になんとか辿り着きました。
アインザッツグルッペンの一員として大量殺戮に関与し、
その後、スターリングラードで九死に一生を得た主人公のアウエSS少佐。
ベルリンで次の任務を待つ彼のもとへやっと届いた召喚状・・。
それは「ライヒスフューラー幕僚部」への配属命令です。
ライヒスフューラーとはSS全国指導者ヒムラーのことなのはご存知かと思いますが、
本書はSSだけでなく国防軍兵士もみんなドイツ読みの階級で呼び合い、
例えばSS中佐だと「オーバーシュトルムバンフューラー(SS中佐)殿。」と、会話するので
ちょっと読みにくくもあります。
ヒムラーから直接与えられた具体的な任務は、強制収容所のシステムが
懲罰から労働力の供給へと変更されたものの、「軋轢」のために完遂できておらず、
この「軋轢」の源を解消して、人的資源の生産力を最大化することです。
とは言っても、SS大将ポールのSS経済管理本部が管轄する強制収容所、
その強制収容所を担当するD局のグリュックスもSS少将とお偉いさんたちが仕切っており、
主人公が所属するRSHA(国家保安本部)でも、担当者はアイヒマンSS中佐と階級は上・・。
さらにヒムラーはポールのような重鎮は怒らせないよう指示します。
それでもアイヒマンとは旧知の仲、家に招かれて奥さんたちと食事をしたり、愚痴を聞いたり、
シュトロープのワルシャワ蜂起鎮圧の写真アルバムを嬉々として見せられたり・・。
ポーランドのルブリンでは「ラインハルト作戦」を取り仕切っているSS中将グロボクニクに面会。
「そうかい、ライヒスフューラーは俺にスパイを送って来たってわけだ。
貴様は労働力不足を口実にして、ユダヤ人を救いたがっている厄介者の一人だな」
このようにしてユダヤ人を労働力として生かそうとする機関と、
相変わらず抹殺しようとする機関が交わる、複雑怪奇なSS機構にメスを入れていくわけですが、
結局のところ、個人の横領が根本的な問題でもあります。
ブッヘンヴァルト強制収容所のコッホの横領と、証人を殺害する手口を追及する
モルゲンSS判事とも意気投合するアウエ。
あの変態的に悪名高いディルレヴァンガーが科学実験と称して、少女たちを毒殺し、
その断末魔の様子をタバコをくゆらせながら見つめていたという事件もモルゲンが語ります。
そして彼はいよいよアウシュヴィッツへ・・。
所長のSS中佐、ルドルフ・ヘースに丁寧に迎えられ、SS大尉メンゲレ博士も登場。
列車で辿り着いた収容者の没収財産が分類保管される通称「カナダ」。
アウシュヴィッツものではお馴染みの場所ですが、ここからは高価な物が横領されたり、
ヘース所長の妻の下着や子供の服が選ばれています。
軍需大臣のシュペーアとも顔を合わせることになり、強制収容所の生産性向上という目的のために
意見の一致を見る2人。ただし、決して、ユダヤ人を救うのが目的ではありません。
シュペーアの言い分は「まず、戦争に勝とう。その後で、ほかの問題を解決すればいい」
そんな折、グロボクニクを公金横領の罪で逮捕しようとしたヒムラーですが、
グロボクニクはどっさりと用意した「資料」にモノを言わせ、黄金の引退生活を勝ち取った
ということです。コレは初めて知りました。まぁ、小説ですけど・・。
再びベルリンに戻ったアウエを襲ったのは、連日のベルリン大空襲です。
また、上巻の最後で死んだ母と義父の殺人容疑もかけられ、執拗な刑事の追及も・・。
そして双子の姉との関係・・。それは近親相姦であり、
独身で30歳の立派なSS将校アウエの周辺には女性も寄ってきますが、
同性愛者で近親相姦でもある彼はすべての女性を拒絶するのでした。
色っぽいSS女アマゾネスとか、外務省勤めの女性との恋とか、結構、いい展開にもなって
「今度こそ、やるか?」と期待を持たせるんですけどねぇ。
陸軍のドルンベルガー将軍から、SS大将カムラーの管轄となっていた
ミッテルバウ=ドーラ強制収容所の地下にあるV2ロケット組立工場を
シュペーアの希望によって視察する場面は印象的でした。
フランス人、ベルギー人、イタリア人ら各国の政治犯が最悪の環境で労働に従事・・。
あまりの酷さに怒りを爆発させるシュペーアですが、
「物資がいただけないのです」と返答する責任者のSS将校。
どこの収容所でも食料の改善を図ろうとしても、あまりに官僚的な機構がそれを妨げます。
今度はアイヒマンとともにハンガリーに向かうSS中佐に昇進したアウエ。
これは手つかずだったハンガリーのユダヤ人を生産力として活用しようとするものですが、
複数の機関の命令が混在し、結局、ほとんどがアウシュヴィッツへ・・。
そのアウシュヴィッツが絶滅を完了し、西へと撤退する任務も監視することに。
ソ連軍がベルリンへと迫ると、国防軍最高司令部(OKW)との連絡将校に任命されます。
そして最後までベルリンを死守するSS将校に総統自ら、ドイツ十字章を授与することになり
アウエも末席ながら選ばれます。
ヒトラーが彼のもとに近づき、初めて近くで見た総統の顔に憤慨したアウエは
トレヴァ=ローパーも知らなかった暴挙に・・。
本書は年老いたアウエが回想する小説ですから、翌日、独房に放り込まれてきた
SS中将フェーゲラインのように処刑されることはありませんが、
結末はさすがに端折りましょう。
史実がベースになっているものの、小説は小説ですから、
本書の本質的な感想は他のところの書評にお任せして、
「独破戦線」らしい読書レビューにしてみました。
訳者あとがきによると、歴史家が一致して認める資料調査の精密さがあるとのことで、
確かに読んでいても戦争とホロコーストのエピソードに違和感はありませんでした。
また、本書の構想が生まれた経緯は、モスクワ付近でドイツ軍に殺された
美しくも無残なパルチザン女性の写真に触発された・・ということだそうで、
このエピソードは本文中にも出てきましたが、おそらく「モスクワ攻防1941」で紹介した
ゾーヤ・コスモジェミャーンスカヤのことではないかと思います。
ヴィトゲンシュタインもその本から彼女の「美しくも無残な」写真を知ったんですが、
この「独破戦線」ではあんまり死体写真は載せたくないので、処刑前のをUPしていました。
しかし、今回はそのような特別な理由があるので、あえて載せてみます。
それから、主人公アウエの家族関係の部分は古代ギリシャ悲劇の3部作
「オレステイア」がベースになっていて、第3部が「慈しみの女神たち」だそうですが、
これはまったくわかりません。。
まぁ、母親殺しに双子の姉との近親相姦と同性愛者・・という特殊な主人公ですから、
感情移入が出来るかどうかは、人それぞれでしょう。
ヴィトゲンシュタインは正直、この変態には苦労させられましたが・・。
RSHA内の派閥もあり、主人公はちょくちょく出てくる兄貴分のようなオーレンドルフ派で、
風見鶏のシェレンベルクは真の国家社会主義者ではないので嫌い・・という感じ。
他にも登場人物はゲシュタポのミュラーに、「救出への道 -シンドラーのリスト・真実の歴史-」
に出ていたマウラーと、全部挙げてたらキリが無いほどで、
あのパウル・カレルも本名で、SSの通行人程度に出てきます。
と、ある程度、SSに精通していないと(例えば「髑髏の結社 SSの歴史」を楽しく読める人)、
本書を読破することが出来るのか・・疑問ですが、知識と時間とお金のある方は
上下巻合わせて1000ページの本書に挑戦してみてはいかがでしょうか。
ちなみに今年の1月に出たばかりの、アインザッツグルッペンのSDに焦点を当てた
「ナチスの知識人部隊」を購入しましたので、コレも楽しみにしています。
はじめまして。いつも楽しいレビューをありがとうございます♪
こちらで紹介された本をamazonでせっせと購入した結果、最近はおすすめの商品が第三帝国モノばっかり出てくるようになりました^^
私は「髑髏の結社 SSの歴史」を楽しく読めたので、こちらの本にもぜひ挑戦してみようと思います☆
(あいにく図書館では「貸出中」。意外と人気本??)
第三帝国本は表紙が派手なのが多くて困りますね。公共の場で開くときドキドキします^^
by ろしゅっく (2012-03-14 02:12)
ろしゅっくさん。ど~も、はじめまして。
>最近はおすすめの商品が第三帝国モノばっかり出てくるようになりました^^
おぉ、良い感じですね。でも結構肝心な新刊に限ってオススメしてくれないんですよねぇ。
「髑髏の結社 SSの歴史」を楽しめる・・というのはハッキリ言ってツワモノです。。噂によると、250人もの実在の人物が出ているそうです。ぜひ数えてみてください。
>公共の場で開くときドキドキします^^
そうそう、ブックカバーは必須ですし、ヒトラーのデカい写真なんかが途中のページ出てくると、ちょっと周りが気になります。電車の中で「ニュルンベルク・インタビュー」読んでたら、隣のおば様に「何の本読まれてるんですか??」と聞かれたこともありますよ。。
by ヴィトゲンシュタイン (2012-03-14 14:39)