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抵抗のアウトサイダー -クルト・ゲルシュタイン- [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ソール・フリートレンダー著の「抵抗のアウトサイダー」を読破しました。

この70'sのロックンロールの名曲を彷彿とさせるようなタイトルの本書と
クルト・ゲルシュタインという名のSS中尉をご存知の方はどれくらいいるのでしょうか?
自分はまったく知りませんでしたが、たまたま見つけた本書の帯に書かれている
「ナチ親衛隊に潜入、ユダヤ人虐殺阻止を企てたゲルシュタインの抵抗と悲劇」
に惹かれ、この40年前の発刊のわりに綺麗な一冊が、たったの100円だったこともあって
騙され半分的な気持ちで読み始めてみました。

抵抗のアウトサイダー.JPG

原題では「善と悪の狭間で」という副題が付いている本書は、
ゲルシュタイン自身の書いた個人的な手紙やSS所属時代の「報告書」、
そして彼の知人たちの証言などから組み立てられた、
敬虔なキリスト教徒である彼が、ナチスのユダヤ人虐殺という犯罪を内部から目撃し、
それを世に知らしめるため、進んで武装SSへ入隊、やがて絶望へと変化していく
精神をも検証したゲルシュタインの伝記です。

1905年ヴェストファーレンに判事の父、7人兄弟の6番目として生まれたクルトは
幼少の頃から敬虔な家政婦の娘から神について教えられ、国民学校でも
理想的な宗教教育を受けたことから、プロテスタント青年団体でも指導者的な立場となります。

しかし1933年、ヒトラー首相が誕生し、国家青年指導者シーラッハによって
すべての青少年団はヒトラー・ユーゲントに吸収されることになると、
80万人を擁するプロテスタント青年団もクルトの抵抗空しく、他の団体と同じ運命に・・。

Baldur Benedikt von Schirach.jpg

興味深いのは、このキリスト教徒のクルトが1933年早々にナチ党へ入党していたことです。
この入党の理由は解明されていませんが、逆に、いかに当時のドイツでは
ごく普通の人々がヒトラーに好意を持ち、また、ナチ党もまだまだキリスト教を必要としていたか・・
を感じさせます。

それでも徐々に宗教活動に対する締め付けを強化するナチ党に反して、
クルトは違法で挑戦的な宗教活動を続けたことで1936年と1938年の2回に亘り、
ゲシュタポにより逮捕。ナチ党からも除名され、収容所生活も経験することになります。

Kurt Gerstein 1935.JPG

1940年、後のユダヤ人虐殺への序章とも言える、精神病患者などに対する
「安楽死計画(T4作戦)」が実行に移され、その噂もドイツ中に密かに知れ渡ります。
義妹がこの「安楽死計画」の犠牲者になったことから、ナチの犯罪の究明のため、
武装SSへの入隊を決意し、工業技術の仕事の経験や医療も学んでいたクルトは、
1941年に武装SS「保険局・衛生部」に配属され、自ら「捕虜収容所と強制収容所の
消毒装置をつくる任務」を選びます。

時同じくしてドイツ軍はソ連への侵攻、「バルバロッサ作戦」を開始し、
ヴァンゼー会議ではハイドリヒが1千万人のユダヤ人に対する「適切な処置」を宣言。
各戦線の後方ではアインザッツグルッペンによって大量のユダヤ人が無残な銃殺刑に遭い、
やがて銃殺の執行者であるSS隊員らの精神的負担を軽減することを目的とし、
殺人トラック・・・後部に閉じ込めたユダヤ人を排気ガスによって殺害する方法が発明されます。

Einsatzgruppen.jpg

さらに組織的に効率的な大量虐殺を目指してガス室を備えた絶滅収容所が開設されていきます。 
青酸と消毒の専門家として、武装SSの消毒部門の長に任命され中尉に昇進していたクルトに
100kgもの青酸をポーランドに運ぶという極秘任務が与えられ、
そこではSS中将グロボクニクが「この最高機密の任務の内容を喋った者は銃殺」と
語ったあと、「膨大な量の衣料品の消毒」と、ガス室で使われている排気ガスに代わる
「青酸などのもっと強力で早く効くガスによる改善」という任務が・・。

Hans Frank_Odilo Globocnik.jpg

ゾビボール、トレブリンカ、そしてベルツェク(ベウジェツ)という絶滅収容所を
初代所長であり、「安楽死計画」の責任者でもあったヴィルトと共に観察し、
そこで裸にされてガス室へと送られるユダヤ人と
全員死亡するまでの35分にも及ぶ、一部始終を目撃することになります。
クルトは「彼らと共に祈り、どんなにか彼らと運命を共にしたかったか」という、感想を残しています。
しかし「目撃者として生き残る」という誓いも立てるのでした。

Christian Wirth.gif

そして早速、大量の青酸「チクロンB」を各絶滅収容所に送る任務に着手しますが、
「運搬中に分解した」との専門的な理由を用いては、途中で廃棄することも数回、
収容所に対しても、劣化しているために消毒剤として使用するように指示するなどの
サボタージュも行います。

used zyklon-b canisters.jpg

スウェーデン公使館の書記官や教会の反ナチ抵抗運動指導者らに、
このユダヤ人大量殺害の現状を伝え、外国からの援助も求めます。
しかし、英国やその他の西側各国はすでにこの事実を掴んでいながらも
戦争が「ユダヤ人戦争」へとなっていくことを危惧し、
また、救出したユダヤ人をどこが受け入れるのか・・という問題のため、
教会も含め、誰も傍観姿勢を崩そうとはしません。

孤立無援の戦いを続けるクルトは、巨大なナチの殺人機構の歯車に巻き込まれ、
逃れることのできない、がんじがらめの状態に肉体的にも、精神的にも病んでいきます。

auschwitz02.jpg

ユダヤ人を助けることを目的としながらも、アウシュヴィッツなどへもチクロンBを発注するという
「犯罪を阻止するために、犯罪に加担せざるを得ない」という二重生活も
終戦間際の1945年4月にフランス軍へ出頭することで、終わりを告げます。

自らの「ユダヤ人大量虐殺の真相を知る告発者」の立場を当初は尊重したフランス軍当局も
その後は戦犯としてパリの劣悪な環境で知られる、
シェルシェ=ミディ軍刑務所の独房へクルトを収監します。
そして7月25日、独房で自殺を遂げたクルト・ゲルシュタインの姿が発見されるのでした。

Kurt Gerstein.jpg

遺書は残されていないため、彼の自殺の動機と死の真相は推測するしかありません。
戦時中の行為に対して「戦犯」とされたことや、
彼の精神状態が劣悪な独房に順応できなかったのかも知れません。
ナチスによる自殺と見せかけた口封じという推測もありそうですが、
本書ではそんな説は一切ありませんでした。

5年後の非ナチ化裁判においても、故人である被告、クルト・ゲルシュタインに有罪判決が・・。
これは彼のサボタージュの行為は認めるものの、
彼個人の力では虐殺行為を阻止することが不可能であること、
また、己の調達したチクロンBの僅かな量を遺棄したところで、
人々の生命を救い得ないことは明白だ・・という理由によるものです。
簡単に言えば「彼の努力が有効ではなかったために、有罪」ということです。

auschwitz5.jpg

また、この判決では、クルトが虐殺行為から遠ざかるという行動をとらなかったことも
有罪の理由に挙げています。
これも早い話が、「何もしなければ良かったのだ」ということであり、
裁判官も含めた見て見ぬふりのドイツ人が罪に問われず、
抵抗しようという精神は有罪になったわけです。

なお、1965年には有罪判決は取り消され、彼の名誉は回復させられました。
そして、先ほど知った話ですが、このゲルシュタインの物語が
2002年にドイツ映画「Amen.」として公開され、
日本でもDVD「ホロコースト アドルフヒトラーの洗礼」のタイトルで発売されていました。
不明な点も多い彼の具体的な行動や考えと苦しみが
どのように解釈されて映像化されているのか・・ぜひ、観たいですねぇ。

Amen.jpg

多彩な人物たちが登場する戦記や、組織の興亡史も好きですが、
このような一個人の物語も大好きです。
これは小説のように主人公になりきって、自分もその当時の置かれた立場で物事や
善悪を考えることが出来るからですが、
今回も大いに考えさせられることのあった一冊でした。





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髑髏の結社 SSの歴史(下) [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ハインツ・ヘーネ著の「髑髏の結社(下)」を読破しました。

この下巻では、まず東部戦線の悪名高い「アインザッツグルッペン」を詳細に解説します。
A~Dの初代隊長たち・・刑事警察局長で隠れ反ヒトラー派のネーベだけが志願し、
東部従軍を2度拒否してヒムラーからも不興を買っていたオーレンドルフも仕方なく承諾。
ヴァルター・シュターレッカーとオットー・ラッシュも隊長を務めることに至った理由は、
ハイドリヒの受けを良くして、その後のベルリン本部内での出世が目当てです。

逆にゲシュタポのミュラーやSDのシェレンベルクらが巧く立ち回り、
このユダヤ人とパルチザンらを容赦なく抹殺する殺人部隊の指揮を執るという、
最悪な前線勤務から、巧く身をかわした話も・・。

髑髏の結社 下.JPG

そして占領区域ではユダヤ人の迫害を実行に移すSSですが、
救出への道」でもあったように、SS嫌いの党のガウライター(大管区指導者)からは
邪魔者扱いされ、フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガーSS大将もお手上げです。

Friedrich Wilhelm Krüger.jpg

これらエーリッヒ・コッホハンス・フランクといったガウライターの他にも
東部の管区では「長いナイフの夜」によるエルンスト・レームの粛清とともに
滅亡したと思っていた「SA」が、SSに対する復讐心を忘れておらず、
SSの政策をここぞとばかりに邪魔だてし、特にSA幕僚長ヴィクトール・ルッツェは、
その謎の最後まで非常に印象的でした。

Viktor Lutze.jpg

中盤ではヒムラーとボルマンのライバル関係も・・。
秘書と恋に落ちたヒムラーが、妻と別れて新しい家族との生活を望むものの、
隠れて私腹を肥やす部下たちとは違い、この絶大な権力を持ちながらも
給料だけでやり繰りする潔癖症のヒムラーにはそんなお金がありません。

Heinrich Himmler and his daughter Gudrun_Heydrich_Wolff.jpg

恋には勝てない一介の男でもあるヒムラーは、仕方なく「党の金庫番」である
ボルマンからお金を借りて、彼の愛する子供たちも育ちます。
このヒムラーの複雑な人間性はルドルフ・ヘースアイヒマンが登場する
絶滅収容所の場面でも取り挙げられ、毎日数千人のユダヤ人を整然と殺害させながら、
看守の暴力による1人2人の被収容者の殺害は許さないという矛盾した潔癖症っぷり・・。

Gudrun and Dad.jpg

本書ではここまでほとんど触れられなかった武装SSも70ページほどの章で紹介されます。
ゼップ・ディートリッヒと本部長のゴットロープ・ベルガーの他に
軍人気質のフェリックス・シュタイナーと軍人嫌いというテオドール・アイケという2人の
SS師団長の相対する考え方を中心に解説しています。

Theodor_Eicke.jpg

1944年のヒトラー暗殺未遂関連では、フランスのB軍集団司令官ロンメルによる
連合軍への降伏交渉に伴う各将軍への根回しを紹介します。
ここでは武装SSを代表してビットリッヒも大賛成していました。
しかし結局、この計画は失敗し、ゲシュタポに捕えられた
ロンメルの参謀長シュパイデルを助け出したのが
ゼップ・ディートリッヒだったというのは初めて知りました。

bittrich7.jpg

また、解体~SDへ吸収した国防軍防諜部(アプヴェーア)のカナリス提督
父のように慕っていたシェレンベルクに、ゲシュタポのミュラーは
嫌がらせ充分にそのカナリスを逮捕するよう命じます。
このあたり、誰が何をするにしても、陰謀や裏切り、保身と敵対心が渦巻いていて
SSのなかにも、常識的にとても許されない残虐行為に手を染めていたことから
後戻りは考えられず、最後までヒトラーと共に突っ走ろうとする連中と、
敗戦と連合軍への降伏を想定し、証拠隠滅や逃亡計画を図る連中とに
分かれている印象があります。

Walter Schellenberg5.jpg

ヒトラーの国防軍への不審が最高潮に達したこの時期、少年時代からの夢が叶い、
遂に軍人としてヴァイクセル軍集団司令官という東部戦線の重要ポストにつくものの、
己の軍人としての実力を思い知ったヒムラーは、
一日の戦いは夜の10時に終わるもの・・と勝手に決めつけては床に就きます。
当初から絶望的な人事と考えていた陸軍参謀総長グデーリアン
「病気療養中」の彼から辞意を引き出させようとヒムラーの元を訪れますが、
それを出向かえたヒムラーの参謀長ラマーディングSS少将も思わず、
「あの司令官をなんとかしていただけませんでしょうか・・?」

Heinz Lammerding7.jpg

1945年のベルリン攻防戦ともなると、敵前逃亡した兵士を吊るし首にするため、
SDは軍事裁判の書類を提出するよう国防軍に求めます。
しかしOKWのカイテル元帥は、一向にこの要請を拒否。
すでにボロボロとなった国防軍兵士を晒し者にするなどということは
さすがに出来なかったようで、どの本でもロクなことが書かれていないカイテルが
このSSを中心とした断末魔の時期においては、マトモな人間である気がしました。

Generalfeldmarschall Wilhelm_Keitel.jpg

最後はほとんどヒムラーの副官となった印象のシェレンベルクと
ヒムラー専属のマッサージ師、フェリックス・ケルステンが
ヒトラーを見限るよう説得し続けています。
ケルステンの日記からヒムラーが真実の姿を見せているようでもあり、
前半から随所にケルステンによると・・とヒムラーの発言を検証しています。

kersten_himmler.jpg

とにかくタイトルから想像させるような「一枚岩の思想」という結束がまったく無い
「髑髏の結社」は戦線の拡大によって膨れ上がったSSという組織の現実的な運用と、
ヒムラーの追い求める理想とのギャップというジレンマの狭間に、
上級指揮官たちによる個人的な戦いや横領などの私利私欲が蔓延し、
誰もコントロール出来ない操縦不可能な組織になっていったというように感じました。

例えば、「ユダヤ人の抹殺」を推し進める部局があると思えば、一方では、
「ユダヤ人を労働力」として大量に確保しようという正反対の部局も存在します。
その意味では、このSSを支配したヒムラーが良く言われるような
2面性を持った化け物だったわけでは決してなく、
巨大組織のトップとして、「SS帝国指導者」としての責務を果たせていなかった・・と
考えたほうが良いのかも知れません。

Reinhard Heydrich at a Fencing Competition with the Berlin SS Fencing Team (1939).jpg

となると、やはり考えてしまうのが、「もし、ハイドリヒが暗殺されなければ・・?」。
古参には異常に甘いヒトラーがヒムラーを罷免することはないでしょうが、
それよりも、この戦局悪化の時期においては、上司を見限ったハイドリヒを黒幕とした
SS内部のクーデターが発生したとしてもおかしくありませんね。
ちょっと「ファーザーランド」を彷彿とさせる展開過ぎますかねぇ?

実におびただしいほどの人物が登場し、半分は初めて聞く名前でした。
しかもベッケンバウアーなどというSS将校まで出てくると、「おいおい・・大丈夫か?」
とドイツ・サッカー界まで心配になってきます。

SS Polizei's (Orpo) football team.jpg

決してSS入門編とは言えない「濃い」内容ですが、
他のSSモノを読まれているような興味のある方なら必ず読むべきもので、
Uボートでいうところの「デーニッツと灰色狼」と同じ位置づけだと思います。
たぶん、これ以上のSSモノは無いんじゃないでしょうか。。。
本書と「武装SS興亡史」の2冊を読破することで、
このSSという組織がある程度は理解出来ると思いました。



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髑髏の結社 SSの歴史(上) [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ハインツ・ヘーネ著の「髑髏の結社(上)」を読破しました。

原著は1967年、日本でも1981年にフジ出版から発刊された有名な一冊です。
フジ出版のものは昔から古書店で良く見かけて知っていました。
しかし箱入りでぶっとい背表紙に「髑髏の結社」と書かれている毒々しく、怪しげで、
いかがわしい雰囲気をプンプン発散したもので、立ち読みするには度胸も必要です。

そんな小心者のヴィトゲンシュタインは、人目を気にしてamazonで講談社学術文庫の再刊を
上下巻¥1500で購入しましたが、そのボリュームに負けず劣らず、恐ろしく充実した内容です。
過去に紹介した「ヒトラーの親衛隊」や「ゲシュタポ」、「SSガイドブック」などは
ベースは本書であると言って良いでしょう。

髑髏の結社 上.JPG

上巻はまず、SSが形成されていく過程とその中心人物となるヒムラーについての解説です。
一般的に「SS全国指導者」と訳されているヒムラーですが、
本書ではこの「ライヒスフューラー」を「帝国指導者」と訳しています。
あくまでイメージの問題ですが、SSという組織からすると、この「帝国指導者」というのは
個人的には気に入りました。

ヒムラーの生い立ちから入党する経緯については、他の書籍でも多く書かれていますが、
本書では、彼の「アーリア人思想」がいかにして生まれたのかを掘り下げています。
特に「血と土」のヴァルター・ダレに感銘し、後に彼を全国農民指導者として登用するほどです。

Darre_Hitler.jpg

SSが拡大していこうという1929年以降は、フライコーアなどからバッハ=ツェレウスキ
フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガーやカール・ヴォルフといった後の大物連中が
早くも流入し、本書にも登場してきます。

Karl Wolff, Joachim Peiper, Heinrich Himmler, Franco,.jpg

1933年にヒムラーが「国家警察」の創設にヴェルナー・ベストを起用します。
彼はその後、ハイドリヒの右腕的な存在として、ゲシュタポを含む恐怖の警察機構を
創りあげて行きますが、現行法に依存する考え方がハイドリヒの怒りを買い
後に罷免されてしまいます。

Dr. Werner Best _ Günther Pancke.jpg

このヴェルナー・ベストは本書では度々登場する重要人物で
後にデンマークの総督として過ごしますが、ユダヤ人問題には、尽く反対し
ヒトラー直々の命令にもこっそりと逆らい続けます。
まるでSSの悪の権化ハイドリヒの対極にあるという印象を持つ人物です。

SS隊員の純血にも当然触れられ、レーベンスボルンなどの他にひとつ面白い話がありました。
ヴァルター・クリューガーSS中将の母方にユダヤ人の血があることが判明したため、
彼の娘は婚約中のSS少佐との結婚が許されなかったということです。
そしてそのSS少佐とは、あのユーゴを征服したクリンゲンベルクです。

klingenberg_7.jpg

新興勢力であるSSの権力を拡大するということは、逆に言えばSS内部も
ここぞとばかりに自らの権力拡大を目論む人間の巣窟ということもあって
この「支配と権力と陰謀のジャングルを切り開く力のある者に優先権が与えられる」
という時代、その先陣を突き進むのはハイドリヒです。

SS General Reinhard Heydrich in his office during his tenure as Bavarian police chief. Munich, Germany, April 11, 1934.jpg

しかし強制収容所を自分の支配下に置こうとするものの、テオドール・アイケには敗北を喫し、
オーレンドルフシェレンベルクといった新鋭の知識人を要するSDも
ハンリヒ・ミュラーアルトゥール・ネーベらの秘密/保安警察との役割の中でパッとせず、
そのミュラーとネーベというハイドリヒの部下2人もお互い足を引っ張り合います。

Arthur Nebe2.jpg

そして陸軍総司令官フリッチュに対するでっち上げスキャンダルが失敗に終わると
さしものヒムラーとハイドリヒも陸軍の復讐に恐れをなします。
ドイツ参謀本部興亡史」ではこのブロムベルクとフリッチュ事件は
大変重要な事態となっていましたが、
この事件はSSという組織でもかなり、その存亡の危機にもなっています。

Nürnberg,_Blomberg,_Fritsch_und_Raeder.jpeg

結局はSDと保安警察を統合し、「国家保安本部=RSHA」として
更なる勢力拡大を目指しますが、ポーランド侵攻からは、SSには新たなる敵も登場します。

1939 Parade in Warsaw.jpg

上巻の500ページはここで終わります。。。
古い本なので、特別びっくりするような新たな話が出てくるわけではありませんが、
ひとつひとつが丁寧というか、実に濃く書かれていて
ロマンチックな夢想家ヒムラーと、リアリストで権力主義者のハイドリヒが
なんでも思うようにやれていたわけではないという感じがしました。



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SSガイドブック [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

山下 英一郎著の「SSガイドブック」を読破しました。

「歴史研究者とSSマニアの隔たりを埋める目的で書かれた」という本書は
特にSSを美化したりすることなく、その複雑怪奇なSSという組織そのものを
解明しようと試みているものです。

巻頭に付いているバルバロッサ作戦当時の地図では
特別行動隊(アインザッツグルッペン)のA~Dの4部隊が
どこで作戦していたかを示しているという、戦争全般や国防軍、
同盟国や占領国についてはほとんど触れず、
SS世界に閉じた本であることが伺えます。

SSガイドブック.JPG

中盤までは一般SS(アルゲマイネSS)について詳細に解説されています。
単にSSと言えば、一般SSのことであり、武装SSと区別するために
便宜的に「一般」と呼ばれているだけで、これこそがSSの中核であり
最強の組織であるということが重要のようです。

Himmler_Heydrich_Heissmeyer.JPG

まるで武装SSの師団を紹介するが如く、SSの各本部を丁寧に紹介しています。
SS本部といえば武装SSの拡大に貢献したゴットロープ・ベルガーが有名ですが、
その前任者であるアウグスト・ハイスマイヤーを知ることができました。
「キング・オブ・アルゲマイネSS」と書かれているハイスマイヤーは
ナチス養成学校「ナポラ」の責任者も務めていたそうです。

Adolf Hitler Visits the National Political Educational Institute [Napola] in Graz (April 1941).jpg

有名なSS隊員の結婚許可における双方の厳格な人種・遺伝的証明では
10万の結婚申請のうち「不許可」はわずかに1000件弱、しかし、「問題なし」も
たったの7500件しかなく、結局のところほとんどが「怪しい状態」で
「暫定的に許可」だったという話は笑えました。

Wittmann Wedding.jpg

他にも、SDやゲシュタポ強制収容所の紹介ではお馴染みの人物たちが登場し、
人事本部、法務本部、作戦指導本部といった地味な部署も
その役割と本部長などをしっかりカバーしていて勉強になりました。

続く武装SSの章ではライプシュタンダルテのカフタイトル「Adolf Hitler」を巡る話です。
部隊章としてエリート師団などが付けるカフタイトルですが、
この「Adolf Hitler」のカフタイトルをヒトラーの主治医、ブラント博士や
SS機関紙編集長のダンカンSS大佐がつけていたことから
ただの部隊章ではなく「ヒトラー直属」という意味もあったとしています。

Josef_(Sepp)_Dietrich.JPG

また、ゼップ・ディートリッヒをはじめ、ライプシュタンダルテは排他的であり、
せいぜい、弟師団である「ヒトラーユーゲント」に天下りする程度であったことから
昇進も他の師団と比べ遅かったと分析しています。

本書では特に「カフタイトル」を重要視していて、一般SSもそうですが、
そこから読み取れる情報に非常に注目しているため、
連隊単位でのカフタイトルも詳細です。
例えば、第6SS山岳師団「ノルト」の第11山岳猟兵連隊のカフタイトルが
ラインハルト・ハイドリヒ」だったりします。
これについては、その理由が書かれていないのが残念ですが。
憶測ですが、ハイドリヒ暗殺の直後に、この連隊が編成されたことなんでしょうかね。

cufftitle Heydrich.jpg

第10SS装甲師団「フルンツベルク」は当初「シャルルマーニュ」を予定したそうで、
フランス人の名前を嫌ったヒトラーから却下された経緯があったそうです。

終盤までこのように武装SSの全師団が紹介され
(詳細不明となっている師団もありますが・)
各国の義勇軍スペイン、スウェーデン、イギリス自由軍まで出てきます。

20th SS  1st Estonian Division.jpg

さらにSS女性隊員にも触れられています。
戦争の激化してきた1942年から、18歳~35歳の志願制採用がはじまり、
1943年だけで422人が訓練を受けたということです。

SS helferinnen.jpg

SS空挺部隊と特別行動隊(アインザッツグルッペン)は本書の重要な部分です。
特に特別行動隊についてはポーランド戦役、フランス戦役、そしてロシア戦役と
時系列にその規模と指揮官(アルトゥール・ネーベオーレンドルフなど)を掲載しています。

また、特別行動隊=SDというイメージについても1941年の特別行動隊Aの構成
(990人の内訳)を載せて、SDが3.5%、ケシュタポも9%に過ぎないとしています。

Otto Ohlendorf3.jpg

最後はSSの軍装と記章についての解説で締めくくられます。
党員番号10万番目までの古参党員に授与された「金枠党員章」の解説では、
単に入党時期が古いというだけで、無能な党員も多く、
このようなプライドだけは高い無能金枠党員章保持者が上官の命令を聞かない
といったケースも続発したそうで、このようなことに対処するためにも
「金枠党員章総統功労章」が制定され、優秀な党員が授与されたとのことです。

Goldenes Parteiabzeichen der NSDAP.JPG

個人的には前半の一般SSが楽しめました。
未見の貴重な写真も豊富で、今まであまり知らなかった人物や
部署を勉強できたことが一番でしょうね。



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ナチス親衛隊 [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ゲリー・S・グレーバー著の「ナチス親衛隊」を読破しました。

独破戦線でもこの「親衛隊」モノはグイド・クノップの「ヒトラーの親衛隊」などを
紹介していますが、原題の「History of the SS」のとおり、親衛隊の創設から、
その終焉までを ハインリッヒ・ヒムラーの生涯を中心にして解説した一冊です。

ナチス親衛隊.JPG

まずはヒムラーの生い立ちからですが、特に目新しい話は残念ながらありません。
戦争に憧れていたものの、士官候補生の時に第一次大戦は終結してしまい、
大学で農学を学び、1923年ナチ党へ入党すると
エルンスト・レームやグレゴール・シュトラッサーのもとで働くようになります。

教師であった父親の影響も強かったようで、
その後のヒトラーに盲目的に服従する人間性や、
結婚相手のマルガレーテも8歳年上であることなど、
本書ではハッキリとは書いていませんが、かなりのファザコンという印象を受けます。

Himmler02.jpg

そしてその「真面目な小物」ぶりが大いに認められて「SS全国指導者代理」という
肩書きを頂戴することになりますが、当時、親衛隊員は280名というもの。
しかし、ナチ党の躍進とともにベルリンのライバル、クルト・ダリューゲも抱き込み
ゲーリングからはゲシュタポを任され、やがて「長いナイフの夜」、SAの粛清へと
進んで行き、その地位を確立することになります。

1933_ Daluege, Himmler y Röhm.jpg

ここからは戦争に向けて拡大していく親衛隊の様子が描かれますが
武装SSについてはほんのちょっとの記述しかありません。
その分、ラインハルト・ハイドリヒの独壇場です。
この時期ヒムラーがSSの制服やバッチのデザイン、フリーメーソンやルーン文字
レーベンスボルンやら新隊員の顔写真の分析やらに途方もない時間を浪費している間に
ハイドリヒはSDやゲシュタポと警察機構を合体させた巨大迷路のような組織、
「国家保安本部」の長に君臨します。

heydrich99.jpg

このハイドリヒも特別に驚くような話は出てきませんが、
反ユダヤ主義暴動である「水晶の夜」事件に関する会議の議事録が掲載されていて
これはなかなか興味深く読めました。
会議の議長はゲーリングで、出席者はハイドリヒ、ダリューゲ、
フリックにゲッベルスというメンバーです。

本書ではハイドリヒを大変評価している感じを受けます。
ヒムラーとまったく正反対の彼がこの時期にSSを確固たるものにしたとも読み取れ、
このような人物がヒムラーのNo.2に甘んじていることはなかったハズだ・・として、
後任のカルテンブルンナーはヒムラーにとっては何物でもなく、
もし、彼が暗殺されなかったら、SSとナチスはどのようになって行ったのか・・。
やっぱりハイドリヒは興味が尽きないですね。

Himler_ Heydrich.jpg

また、SS経済管理本部長官オスヴァルト・ポール
SS本部長官ゴットロープ・ベルガー、その他オットー・オーレンドルフや
ヴァルター・シェレンベルク、テオドール・アイケといったSSの中核にいた人物たちも
それなりに登場してきます。
特にポールが強制収容所に出した命令、
「髪の毛は必ず集めること。女性の髪の毛はUボート乗組員の○○生産に使用する」
というのはなんとも言えない変な気持ちになります。。

Oswald Pohl_ Himmler.jpg

ユダヤ人問題については1943年の「ワルシャワ・ゲットー蜂起」の章が気になりました。
ユルゲン・シュトロープSS少将率いる鎮圧部隊がどのようにして
ゲットーを徹底的に破壊したのか。また、死を覚悟で最後まで抵抗した人々は・・。
これらは今まで詳細に書かれたものを読んだことがないので、
ぜひ、双方から客観的に書かれたものがあれば読んでみたいですね。
ご存知の方お願いします。

1943 in the ghetto of warsaw SS Major General Jürgen Stroop.jpg

やがてヒトラー暗殺未遂事件で結果的に得をしたヒムラーは、
遂に念願の夢が叶って兵士として軍集団司令官の地位を得ます。
これはボルマンによる策謀との話もありますが、
父親のように導いてくれていたヒトラーの思考のバランスが崩れてくるのと同時に
ヒムラーもやることなすこと裏目に出てきます。
陰で和平交渉を行っていた件についても、相手のベルナドッテ伯の回想録を引用して
そのやりとりを詳細に記述しています。

Hitler and Himmler.jpg

最後にはヒムラーの死と埋葬の様子もかなり詳しく書かれています。
著者は全体的に極力感情を抑え、
「なぜこのような優柔不断で才気に貧しい退屈な男が極悪非道の組織のトップに君臨し得たのか」
ということを解明しようとはしていますが、さすがに無理なようです。
武装SSやその他のSS機関と人物を含め、やはりこのナチス親衛隊という組織を解明するには
時代ごと、部門ごとにもっと詳細に検証するしかないのでしょうね。
それが本として成立するかどうかは別ですが・・。



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