ドイツ空軍装備大図鑑 [軍装/勲章]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
グスタボ・カノ ムニョス著の「ドイツ空軍装備大図鑑」を読破しました。
これまで「ドイツ軍装備大図鑑」、「ナチス親衛隊装備大図鑑」と続いてきた大型本シリーズ、
今回は去年の9月に出た435ページの空軍ものをようやく・・。
このシリーズはお値段1万円とお高いことは否めませんが、オールカラーで実に楽しめます。
早速、目次を過ぎると、30㎝x20㎝級のマルセイユの美しいポートレートがいきなり出てきて、
若干変な声をタメ息とともに発してしまいました。
この大型本で見ると、映画俳優並みですね。そりゃ、キャーキャー言われるわな。。
「序文」では本書の目的と特徴を解説。抜粋すると、
「もっとも識別しやすい要素を簡単に概観することであり、装備や被服のすべてを深く考察したり、
系統立てて紹介することではない。
他の本との違いは、量から質に重点を移したことで、平均的なドイツ軍パイロットと搭乗員が
一般的に使用した品々を並べ、場合によっては高度なファンの関心を引く希少な現存品も紹介」。
そして第1章は17ページの「ドイツ空軍史」。
とはいっても、各ページには鮮明な白黒、またはカラー写真が掲載され、それらはBf-109から
Ju-86、ドイツ空軍軍楽隊に高射砲部隊、巨大な口を開けた怪物のようなMe-323ギガントなど。
続くフロー図になっている「組織と指揮系統」では、最期の空軍総司令官となってしまった
リッター・フォン・グライムと、アルフレート・ケラーの談笑中の写真が・・。
この人は「国家社会主義航空軍団(NSFK)」の軍団長ですね。
37ページから第2章の「制服」です。
そのドイツ空軍の制服の歴史は、1933年にSAとSSの飛行部隊が統合されて、準軍事組織の
「ドイツ航空スポーツ連盟(DLV)」であり、規定としてブルーグレーの被服に制帽、階級章など・・。
ほぼそのまま「ドイツ空軍」に受け継がれ、高射砲兵は「真紅」、技術将校は「ローズピンク」、
飛行要員と降下猟兵は「ゴールデンイエロー」といった兵科色もカラーの一覧で解説します。
こうしてまずは「帽子類」から現存する実物をカラーで、当時の使用例を白黒写真で紹介。
お馴染みの「将校用制帽」に始まり、「下士官用制帽」、白の映える「夏用制帽」。
この4月~9月まで着用が許可されていたドイツ空軍版クール・ビズですが、
頭部は洗濯のためにボタンで取り外しが可能となっています。
同じ白の制帽でも、歴戦のUボート艦長の証、油で汚れた白の制帽ではいけません。。
コレもお馴染み「略帽」ですが、将校用、下士官用併せて、実物を23カットで分析。
モデルとして登場するのは我らがギュンター・リュッツォウ大佐。ステキです。。
1943年には陸軍の野戦帽と同様の「規格略帽」が登場。ただし色はブルーグレーです。
また、冬季用として耳宛ての付いた白いシープスキンの毛皮帽も・・。
帽子の最後は「ヘルメット」、M35とM40で4ページ、降下猟兵用のヘルメットは無視されたか。。
お次はある意味メインとなりそうな「上衣」です。
ドイツ空軍の制服のデザインに影響を与えたのは、先の「DLV」に、「NSFK」、
それから警察集団「ヴェッケ」と、「ゲネラル・ゲーリング」だということです。
なぜか最初が「社交服上衣」で、ケース入りのカフスまで実物で登場。
次にやっと「フリーガーブルーゼ」として知られる飛行上衣。
このデザインは帝政時代の1915年型上衣の影響を受けていたそうです。
前ボタンが隠れるデザインというのが、その影響なんでしょうか。
本書の当時の写真ではドイツ軍と一緒に闘った「クロアチア空軍」将校や、
スペイン義勇兵の「青飛行中隊」の整備伍長などという珍しい人達がモデルとなっています。
また、左袖に付けられた整備員の「特技章」もアップで嬉しいですね。
「通常勤務服上衣」はドイツ空軍将兵の写真でも、もっともポピュラーなもの。
ドイツ語では「トゥーフロック」と言いますが、日本語表記の下にカタカナでも書かれています。
開襟で4つボタン、ポケットも4つというのがこの制服です。
3種類目の上衣は「軍服上衣(ヴァッフェンロック)」で、1938年11月に採用された、
フリーガーブルーゼと、トゥーフロックの両方に取って代わる狙いがあったそうです。
しかし、なぜか先の2着も製造され続けたそうで、単に要望が多かったのかはわかりませんが、
こういうところ、なんといっても自分用の軍服をデザインするゲーリングが最高司令官ですから、
ルフトヴァッフェは規定が緩いようにも感じますね。
で、このヴァッフェンロックの特徴は前に5つボタン、襟は閉じても開いても着用できるもので、
ガーランド、トラウトロフトが着用例を示します。
では戦闘機隊総監によるフリーガーブルーゼ、トゥーフロック、ヴァッフェンロックの着こなしを。
「夏用制帽」が出てきたように、白の「夏期用上衣」も当然出てきます。
デザインはトゥーフロックであり、素材はギャバジンまたは麻。
洗濯が容易なように、肩章と襟章は取り外しが可能で、
通常は右胸に縫い付けられている「国家鷲章(アドラー)」はピンバッジとなっています。
続いて「オーバーコート」を各種。
「通常勤務用のオーバーコート」は帝政ドイツ陸軍のデザインが基本で、色はブルーグレー。
「革コート」は将校と将校クラスの文官専用の被服で、軍被服廟では入手不可能なため、
民間の洋服屋で購入する必要があったものの、1944年には原材料の節約のために製造禁止。
ウーデット、ガーランド、メルダースが写った有名な写真も掲載されていました。
「ズボン」では、将校用乗馬ズボンと長ズボン。
「ベルトとバックル」では将校用のライトブラウンの2本爪の革製に、
下士官用の黒の革に「空軍型アドラー」が打ち出されたアルミ製のバックルです。
しかし悲しいかな1940年以降は「鉄製」となり、にぶいブルーグレーに塗装。
134ページになって「軍靴」コーナーになりました。
「将校用ハイブーツ」は、乗馬ズボンをはいた将校にだけ許可され、
そのほとんどが民間の靴屋によって製造された上等な革の素晴らしいもの。
下士官用には「行軍ブーツ」が支給されますが、やっぱり1943年にもなると、
丈の高い行軍用ブーツの製造は中止に・・。
「長剣と短剣」は8ページ、短剣は初期型と後期型があり、
結婚式などでの使用例や、吊り下げ方なども解説します。
下の写真は違いますが、ヴェルナー・バウムバッハの結婚式だという写真もデカデカと・・。
ヴァルター・バウムバッハと誤字ってましたが、この程度は大目に見ても良いでしょう。
いわゆる「地上勤務服」はこれにて終了し、第3章の「飛行服と装備」へ。
「飛行帽」ひとつとってみても種類は豊富で、寒さから守るための単純な「K33」は山羊革。
「K33(改)」は子牛革。以降、耳に通話システムを備えたり、喉マイクを備えたりと進化し、
さらに改良を加えていくのです。
夏季用のネット帽などを含め、飛行帽だけでも25ページです。
飛行帽とくれば、今度は「飛行眼鏡」。
これもまた種類が豊富で割れにくいレンズに、色付きのサングラスタイプまで様々。
黄金ダイヤモンド野郎のルーデル大佐の場合には、ネット製飛行帽に、
色付きレンズのニッチェ&ギュンター社製タイプ「D」の飛行眼鏡と詳しく解説します。
また、「汎用眼鏡」として、もともとオートバイ兵向けにデザインされたゴーグルが
航空機搭乗員に広く使用されたとして紹介。
「防塵日除けゴーグル」も空軍向けというわけではなく、陸海空で使われたように思います。
ミイラ怪人のようなアフリカ軍団兵も、おそらくコレでしょう。
ロンメルのゴーグルが英軍の鹵獲品だというのは有名な話ですが、
ドイツ軍にもゴーグルがあったということは軍装的には規定違反なわけで、
思うに、自軍のゴーグルのデザインがあまりにダサかったから・・というオチなのでは。。
「マスク」は、酸素マスクと防寒マスクの2種類。
ふと思ったんですが、日本でもよくドイツ軍将兵の軍装を着て集う方がいるようですけれど、
キチンとした軍服を規定どおりに着こなすのがルールなんでしょうか?
自分がもしドイツ軍コスプレをやるなら、前線の古参下士官が良いですねぇ。
本書にもあるような現地調達、現地改造、敢えて規定を無視したオリジナル作成・・。
若い彼らもファッションに興味があり、人と同じのは嫌だ、スマートに格好良く、
或いは新参者を差別するため、わざと古い支給品を使い続ける・・といろいろやったんでしょう。
ですから、そういう若干アナーキーな古参の前線装備ならやってみたいところですね。
右胸に空軍のアドラーを付けている陸軍兵なんてのも、以前いましたし、
空軍兵なら、酸素マスクを付けたパイロットの軍装したって良いんじゃないでしょうか?
「飛行服」ではまず、男子の憧れ「革製飛行ジャケット」です。
エリート・パイロットたちは支給される着心地の悪い飛行服の代わりに、
注文仕立ての着心地の良い衣類を着用する許可を上官に求め、その結果、
フランスやベルギーなどの占領地からオートバイ用の革ジャケットを購入します。
個人の場合もあれば、あるグループで大量にまとめ買いしたりと、
同デザインのジャケットも見受けられます。
そんな現存する革ジャケットを3種類、メルダースやプリラーの写真と共に紹介。
肩章を縫い付け、アドラーも同様か、ピンバッチ式を右胸に留めて出来上がり・・。
「鷲は舞いおりた」のシュタイナ中佐も、私費で購入したというわけですね。
ちなみに後ろの降下猟兵たちは、バリバリのフリーガーブルーゼです。
この後はしばらく「ワンピース飛行服」と、「ツーピース飛行服」がかなりのボリュームで・・。
ちっょとややこしいのは、「電熱式カナール革製ツーピース飛行服」というのが
大戦末期に支給され、ハルトマンもこのタイプを着用している・・と紹介。
同じ革ジャケットでも、初期のは私費、後期は支給という違いがあるようですね。
「手袋」に、「飛行ブーツ」は、防寒用に裏には子羊の毛皮がタップリ。
さらに「救命胴衣」に「パラシュート」、「腕時計」、「信号拳銃」と、重要な装備品が続きます。
特に救命胴衣は、当初背中側にも浮力があったため、うつぶせの状態となり、
意識不明の場合には溺れることになった・・として1943年にこの問題は解決、
などという記述を読むと、悪名高いジークムント・ラシャー空軍医師がダッハウで行った
低体温実験や、低気圧実験を思い出しますね。
まぁ、冬のドーバー海峡に墜落したら、いつまで仲間の捜索を続ければよいのか??
というようなことに繋がる実験でもあるわけですけれど・・。
最後の装備品は「拳銃」です。
いざ戦線の向こう側に不時着してしまったら、コイツだけが頼りなのです。
まずは「ルガーP08」がホルスター付きで6ページ。
8千挺が発注されただけの小型拳銃「モーゼル1934」は海軍と空軍、
そして警察で使用されたそうで、ちょっと調べてみたところ、映画「大脱走」で登場したとか。
逃亡中の"ビッグX"が「おい、待て!」と呼びとめられると、
「何ですか。私はフランス人ですよ? 拳銃をしまってください」と騙して難を逃れるシーン。
この拳銃が「モーゼル1934」なんだそうです。
そして同じモーゼルでもコンパクトな「HSc」拳銃。
狭いコックピット内では「ルガーP08」などよりも携帯が楽な拳銃が好まれたのです。
というわけで、3日かけてじっくりと楽しみましたが、最初に書いたように
ルフトヴァッフェの恰好良い制服のカラー写真が盛りだくさん・・ということではなく、
半分は実際に戦闘機、または爆撃機に乗るための装備で構成されており、
その意味では、軍装マニアが手放しで喜べる本ではないと思います。
あくまで、彼らは死を賭けて戦う軍人なのであり、その戦いざまは、
ポートレート写真で見るような、勲章まみれで優しく微笑んでいる姿だけではなく、
表の顔と裏の顔、そして軍装と装備も大きく変わるんですね。
次は「ドイツ海軍装備大図鑑」が出るのを密かに楽しみにしています。
グスタボ・カノ ムニョス著の「ドイツ空軍装備大図鑑」を読破しました。
これまで「ドイツ軍装備大図鑑」、「ナチス親衛隊装備大図鑑」と続いてきた大型本シリーズ、
今回は去年の9月に出た435ページの空軍ものをようやく・・。
このシリーズはお値段1万円とお高いことは否めませんが、オールカラーで実に楽しめます。
早速、目次を過ぎると、30㎝x20㎝級のマルセイユの美しいポートレートがいきなり出てきて、
若干変な声をタメ息とともに発してしまいました。
この大型本で見ると、映画俳優並みですね。そりゃ、キャーキャー言われるわな。。
「序文」では本書の目的と特徴を解説。抜粋すると、
「もっとも識別しやすい要素を簡単に概観することであり、装備や被服のすべてを深く考察したり、
系統立てて紹介することではない。
他の本との違いは、量から質に重点を移したことで、平均的なドイツ軍パイロットと搭乗員が
一般的に使用した品々を並べ、場合によっては高度なファンの関心を引く希少な現存品も紹介」。
そして第1章は17ページの「ドイツ空軍史」。
とはいっても、各ページには鮮明な白黒、またはカラー写真が掲載され、それらはBf-109から
Ju-86、ドイツ空軍軍楽隊に高射砲部隊、巨大な口を開けた怪物のようなMe-323ギガントなど。
続くフロー図になっている「組織と指揮系統」では、最期の空軍総司令官となってしまった
リッター・フォン・グライムと、アルフレート・ケラーの談笑中の写真が・・。
この人は「国家社会主義航空軍団(NSFK)」の軍団長ですね。
37ページから第2章の「制服」です。
そのドイツ空軍の制服の歴史は、1933年にSAとSSの飛行部隊が統合されて、準軍事組織の
「ドイツ航空スポーツ連盟(DLV)」であり、規定としてブルーグレーの被服に制帽、階級章など・・。
ほぼそのまま「ドイツ空軍」に受け継がれ、高射砲兵は「真紅」、技術将校は「ローズピンク」、
飛行要員と降下猟兵は「ゴールデンイエロー」といった兵科色もカラーの一覧で解説します。
こうしてまずは「帽子類」から現存する実物をカラーで、当時の使用例を白黒写真で紹介。
お馴染みの「将校用制帽」に始まり、「下士官用制帽」、白の映える「夏用制帽」。
この4月~9月まで着用が許可されていたドイツ空軍版クール・ビズですが、
頭部は洗濯のためにボタンで取り外しが可能となっています。
同じ白の制帽でも、歴戦のUボート艦長の証、油で汚れた白の制帽ではいけません。。
コレもお馴染み「略帽」ですが、将校用、下士官用併せて、実物を23カットで分析。
モデルとして登場するのは我らがギュンター・リュッツォウ大佐。ステキです。。
1943年には陸軍の野戦帽と同様の「規格略帽」が登場。ただし色はブルーグレーです。
また、冬季用として耳宛ての付いた白いシープスキンの毛皮帽も・・。
帽子の最後は「ヘルメット」、M35とM40で4ページ、降下猟兵用のヘルメットは無視されたか。。
お次はある意味メインとなりそうな「上衣」です。
ドイツ空軍の制服のデザインに影響を与えたのは、先の「DLV」に、「NSFK」、
それから警察集団「ヴェッケ」と、「ゲネラル・ゲーリング」だということです。
なぜか最初が「社交服上衣」で、ケース入りのカフスまで実物で登場。
次にやっと「フリーガーブルーゼ」として知られる飛行上衣。
このデザインは帝政時代の1915年型上衣の影響を受けていたそうです。
前ボタンが隠れるデザインというのが、その影響なんでしょうか。
本書の当時の写真ではドイツ軍と一緒に闘った「クロアチア空軍」将校や、
スペイン義勇兵の「青飛行中隊」の整備伍長などという珍しい人達がモデルとなっています。
また、左袖に付けられた整備員の「特技章」もアップで嬉しいですね。
「通常勤務服上衣」はドイツ空軍将兵の写真でも、もっともポピュラーなもの。
ドイツ語では「トゥーフロック」と言いますが、日本語表記の下にカタカナでも書かれています。
開襟で4つボタン、ポケットも4つというのがこの制服です。
3種類目の上衣は「軍服上衣(ヴァッフェンロック)」で、1938年11月に採用された、
フリーガーブルーゼと、トゥーフロックの両方に取って代わる狙いがあったそうです。
しかし、なぜか先の2着も製造され続けたそうで、単に要望が多かったのかはわかりませんが、
こういうところ、なんといっても自分用の軍服をデザインするゲーリングが最高司令官ですから、
ルフトヴァッフェは規定が緩いようにも感じますね。
で、このヴァッフェンロックの特徴は前に5つボタン、襟は閉じても開いても着用できるもので、
ガーランド、トラウトロフトが着用例を示します。
では戦闘機隊総監によるフリーガーブルーゼ、トゥーフロック、ヴァッフェンロックの着こなしを。
「夏用制帽」が出てきたように、白の「夏期用上衣」も当然出てきます。
デザインはトゥーフロックであり、素材はギャバジンまたは麻。
洗濯が容易なように、肩章と襟章は取り外しが可能で、
通常は右胸に縫い付けられている「国家鷲章(アドラー)」はピンバッジとなっています。
続いて「オーバーコート」を各種。
「通常勤務用のオーバーコート」は帝政ドイツ陸軍のデザインが基本で、色はブルーグレー。
「革コート」は将校と将校クラスの文官専用の被服で、軍被服廟では入手不可能なため、
民間の洋服屋で購入する必要があったものの、1944年には原材料の節約のために製造禁止。
ウーデット、ガーランド、メルダースが写った有名な写真も掲載されていました。
「ズボン」では、将校用乗馬ズボンと長ズボン。
「ベルトとバックル」では将校用のライトブラウンの2本爪の革製に、
下士官用の黒の革に「空軍型アドラー」が打ち出されたアルミ製のバックルです。
しかし悲しいかな1940年以降は「鉄製」となり、にぶいブルーグレーに塗装。
134ページになって「軍靴」コーナーになりました。
「将校用ハイブーツ」は、乗馬ズボンをはいた将校にだけ許可され、
そのほとんどが民間の靴屋によって製造された上等な革の素晴らしいもの。
下士官用には「行軍ブーツ」が支給されますが、やっぱり1943年にもなると、
丈の高い行軍用ブーツの製造は中止に・・。
「長剣と短剣」は8ページ、短剣は初期型と後期型があり、
結婚式などでの使用例や、吊り下げ方なども解説します。
下の写真は違いますが、ヴェルナー・バウムバッハの結婚式だという写真もデカデカと・・。
ヴァルター・バウムバッハと誤字ってましたが、この程度は大目に見ても良いでしょう。
いわゆる「地上勤務服」はこれにて終了し、第3章の「飛行服と装備」へ。
「飛行帽」ひとつとってみても種類は豊富で、寒さから守るための単純な「K33」は山羊革。
「K33(改)」は子牛革。以降、耳に通話システムを備えたり、喉マイクを備えたりと進化し、
さらに改良を加えていくのです。
夏季用のネット帽などを含め、飛行帽だけでも25ページです。
飛行帽とくれば、今度は「飛行眼鏡」。
これもまた種類が豊富で割れにくいレンズに、色付きのサングラスタイプまで様々。
黄金ダイヤモンド野郎のルーデル大佐の場合には、ネット製飛行帽に、
色付きレンズのニッチェ&ギュンター社製タイプ「D」の飛行眼鏡と詳しく解説します。
また、「汎用眼鏡」として、もともとオートバイ兵向けにデザインされたゴーグルが
航空機搭乗員に広く使用されたとして紹介。
「防塵日除けゴーグル」も空軍向けというわけではなく、陸海空で使われたように思います。
ミイラ怪人のようなアフリカ軍団兵も、おそらくコレでしょう。
ロンメルのゴーグルが英軍の鹵獲品だというのは有名な話ですが、
ドイツ軍にもゴーグルがあったということは軍装的には規定違反なわけで、
思うに、自軍のゴーグルのデザインがあまりにダサかったから・・というオチなのでは。。
「マスク」は、酸素マスクと防寒マスクの2種類。
ふと思ったんですが、日本でもよくドイツ軍将兵の軍装を着て集う方がいるようですけれど、
キチンとした軍服を規定どおりに着こなすのがルールなんでしょうか?
自分がもしドイツ軍コスプレをやるなら、前線の古参下士官が良いですねぇ。
本書にもあるような現地調達、現地改造、敢えて規定を無視したオリジナル作成・・。
若い彼らもファッションに興味があり、人と同じのは嫌だ、スマートに格好良く、
或いは新参者を差別するため、わざと古い支給品を使い続ける・・といろいろやったんでしょう。
ですから、そういう若干アナーキーな古参の前線装備ならやってみたいところですね。
右胸に空軍のアドラーを付けている陸軍兵なんてのも、以前いましたし、
空軍兵なら、酸素マスクを付けたパイロットの軍装したって良いんじゃないでしょうか?
「飛行服」ではまず、男子の憧れ「革製飛行ジャケット」です。
エリート・パイロットたちは支給される着心地の悪い飛行服の代わりに、
注文仕立ての着心地の良い衣類を着用する許可を上官に求め、その結果、
フランスやベルギーなどの占領地からオートバイ用の革ジャケットを購入します。
個人の場合もあれば、あるグループで大量にまとめ買いしたりと、
同デザインのジャケットも見受けられます。
そんな現存する革ジャケットを3種類、メルダースやプリラーの写真と共に紹介。
肩章を縫い付け、アドラーも同様か、ピンバッチ式を右胸に留めて出来上がり・・。
「鷲は舞いおりた」のシュタイナ中佐も、私費で購入したというわけですね。
ちなみに後ろの降下猟兵たちは、バリバリのフリーガーブルーゼです。
この後はしばらく「ワンピース飛行服」と、「ツーピース飛行服」がかなりのボリュームで・・。
ちっょとややこしいのは、「電熱式カナール革製ツーピース飛行服」というのが
大戦末期に支給され、ハルトマンもこのタイプを着用している・・と紹介。
同じ革ジャケットでも、初期のは私費、後期は支給という違いがあるようですね。
「手袋」に、「飛行ブーツ」は、防寒用に裏には子羊の毛皮がタップリ。
さらに「救命胴衣」に「パラシュート」、「腕時計」、「信号拳銃」と、重要な装備品が続きます。
特に救命胴衣は、当初背中側にも浮力があったため、うつぶせの状態となり、
意識不明の場合には溺れることになった・・として1943年にこの問題は解決、
などという記述を読むと、悪名高いジークムント・ラシャー空軍医師がダッハウで行った
低体温実験や、低気圧実験を思い出しますね。
まぁ、冬のドーバー海峡に墜落したら、いつまで仲間の捜索を続ければよいのか??
というようなことに繋がる実験でもあるわけですけれど・・。
最後の装備品は「拳銃」です。
いざ戦線の向こう側に不時着してしまったら、コイツだけが頼りなのです。
まずは「ルガーP08」がホルスター付きで6ページ。
8千挺が発注されただけの小型拳銃「モーゼル1934」は海軍と空軍、
そして警察で使用されたそうで、ちょっと調べてみたところ、映画「大脱走」で登場したとか。
逃亡中の"ビッグX"が「おい、待て!」と呼びとめられると、
「何ですか。私はフランス人ですよ? 拳銃をしまってください」と騙して難を逃れるシーン。
この拳銃が「モーゼル1934」なんだそうです。
そして同じモーゼルでもコンパクトな「HSc」拳銃。
狭いコックピット内では「ルガーP08」などよりも携帯が楽な拳銃が好まれたのです。
というわけで、3日かけてじっくりと楽しみましたが、最初に書いたように
ルフトヴァッフェの恰好良い制服のカラー写真が盛りだくさん・・ということではなく、
半分は実際に戦闘機、または爆撃機に乗るための装備で構成されており、
その意味では、軍装マニアが手放しで喜べる本ではないと思います。
あくまで、彼らは死を賭けて戦う軍人なのであり、その戦いざまは、
ポートレート写真で見るような、勲章まみれで優しく微笑んでいる姿だけではなく、
表の顔と裏の顔、そして軍装と装備も大きく変わるんですね。
次は「ドイツ海軍装備大図鑑」が出るのを密かに楽しみにしています。
大日本帝国陸海軍〈2〉 軍装と装備 明治・大正・昭和 [軍装/勲章]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
中田 忠夫 著の「大日本帝国陸海軍〈2〉」を読破しました。
3月の「戦時広告図鑑」で気になった、戦時中の各婦人団体の会員章・・。
いろいろと調べていた時に、本書に掲載されていることを知りました。
それ以外にも、各種勲章、徽章類がカラー写真で掲載されているということで、
2010年発刊の大判391ページ、オールカラーの本書を図書館で借りてみました。
最初に巻末の著者のあいさつを読んでみると、昭和36年に戦争博物館の創設を計画し、
日本軍の軍装、装備品の収集をはじめ、昭和60年頃からは複製品を作成。
博物館は50年経っても完成しませんが、その博物館に展示する実物の資料を主として撮影し、
掲載したものだそうで、著者は上野アメ横のミリタリー・ショップ「中田商店」の代表者でした。
このお店は小学生の頃から怖いながらも、ちょくちょく入っていたところですし、
現在でも通り掛かった際には、軽く覗いていきます。
う~ん。。こんな何十年も経って、そんな方の本を手にすることになろうとは・・。
最初は「原爆ドーム」と、破壊される前の「広島県立商品陳列所」。
それから原爆の威力で一本足になった「長崎山王神社片足鳥居」の写真から・・。
ふ~む。。長崎原爆資料館には行ったことがありますが、コレは知らなかった。
そして世界各国の軍事博物館の写真が35ページまで続きますが、
ほとんどが昭和46年の撮影なので、「東ドイツ戦没者墓地」とか、
「ソ連軍事博物館」といった名称となっています。
続いて「明治時代の軍装・装備」で、古くは明治15年頃の海軍の整列写真から、
鮮明で大きな写真が掲載されます。
とは言っても白黒写真ですから、所々でカラーの軍帽と軍服のカラー写真が登場。
特別大演習の集合写真も多く、招待された各国の武官も一緒に写り、
日露戦争時の「陸海軍・第三軍司令部と聯合艦隊司令長官及び其の幕僚」には、
中央に東郷平八郎、隣が乃木希典なのはヴィトゲンシュタインでも判りました。
昭和の写真の後、「各種帽子」の紹介です。
日本陸軍ヘルメットに、士官の制帽・略帽と実にカラフルですが、
「陸軍航空暴風面」のインパクトは凄いですね。
細かい解説がないのが残念なんですが、革製なのかなぁ??
表紙のような軍服に外套、陸軍マント、海軍飛行予科練制服、各種靴、
落下傘部隊の制服と装備品、軍用時計に手袋、水筒、ホルスター、ゴーグルと、
まるで商品カタログの如きレイアウトで紹介。
ホルスターだけで28種類もある位です。
200ページからは「陸海軍募集ポスター」。
先日の「世情を映す昭和のポスター」で紹介したのと同じポスターも含めて20枚。
雑誌も「開拓団月刊誌」の特集といった趣で、
「拓け満蒙」とか、「開拓画報」、「大陸移民」などの聞いたこともない雑誌がたくさん。。
234ページから個人的なお楽しみ、「勲章・記章・バッジ」が46ページです。
軍人のみが対象であり、昭和23年に廃止された「金鵄勲章」は、
功一級から功七級までキッチリと・・。
「旭日章」や「瑞宝章」も数種類、明治27年28年従軍記章、大東亜戦争従軍記章などなど。
各兵科ごとの「優等徽章」もデザインが美しくて良いですね。
見張優等徽章、航空優等徽章、機関運転優等徽章、艦砲射撃優等徽章など、
思わずコレクションしたくなります。
「軍人傷痍記章」も旧型のものも掲載され、バッジ類へと進みますが、
ここでは何といっても「支那事変記念バッジ」のデザインが最高です。
その他、「憲兵バッジ」のような有名なものばかりでなく、実にマイナーなバッジ、
例えば「昭和15年駒込警防団表彰バッジ」とか、
「本郷区防護団連合防空大演習出動記念バッジ」。
「朝鮮師団対抗演習参加記念章」といった戦時中の記念バッジの数々です。
「体力章検定バッジ」も初級、中級、上級と3種類。
例の婦人会バッジも「愛国婦人会特別維持会員」、「満州国防婦人会」といった特殊なものもあり、
「将校婦人会」というのも別にあって、正会員章から特別会員章まで、4種類ありました。
これが終わると、肩章などの階級章です。
なかでも「Japanese Army Rank Insignia」はわかりやすいですね。
調べてみると、1945年の英陸軍作成のポスターのようです。
この少佐の顔つきが絶妙・・。
米軍が作ったポスターだったら、メガネに出っ歯だな。。
出ました。「赤十字服装」。
黑い制服に白の看護衣、南方用のグリーンの看護衣に、看護衣袴まで。。
「看護婦編上靴」はモロに「はいからさんブーツ」って感じで、なぜかソソラレるのです。
各婦人会のタスキのなかには「愛国子女団」というのもあって気になります。
「祝入営」ってタスキもなんか恥ずかしい・・。
いまやタスキなんて、駅伝か、結婚式の2次会の新郎くらいしかしませんしねぇ。
「七五三」向けの軍服は大正・昭和初期にデパートで売られていたそうです。
かなり本格的なつくりで、結構なお値段だったんでしょう。
ヴィトゲンシュタインの知る限りでは、ドイツでは子供用は作られてなかったと・・。
第2次大戦時代は物資不足で子供用軍服の販売は中止されますが、
昭和19年~20年の終戦間際になると、物資不足はもっと深刻です。
桑の皮で作った作業服に、紙製ケース、水筒が竹製なのはしょうがないにしても、
ヘルメットまでが竹製・・。
いや~、途中でも書きましたが、さすがミリタリー・ショップの本だけあって
まさに商品カタログのようで、パラパラ眺めているだけでも楽しめました。
こりゃ「大日本帝国陸海軍〈1〉」もかなり気になりますね。
「ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで」の著者が、
「日本軍装備大図鑑」も出していますが、読んでいないために比較はできないものの、
ここまで細かい品々が掲載されているかは疑問です。
あちらは1万円ですが、本書は各3800円と値段も抑え目ですし、古書価格も安くなっています。
個人的には軍装や装備品よりも、勲章、徽章類をターゲットに読みましたが、
あえて不満を書くとすれば、説明書きがほとんどないことでしょうか。
湩
中田 忠夫 著の「大日本帝国陸海軍〈2〉」を読破しました。
3月の「戦時広告図鑑」で気になった、戦時中の各婦人団体の会員章・・。
いろいろと調べていた時に、本書に掲載されていることを知りました。
それ以外にも、各種勲章、徽章類がカラー写真で掲載されているということで、
2010年発刊の大判391ページ、オールカラーの本書を図書館で借りてみました。
最初に巻末の著者のあいさつを読んでみると、昭和36年に戦争博物館の創設を計画し、
日本軍の軍装、装備品の収集をはじめ、昭和60年頃からは複製品を作成。
博物館は50年経っても完成しませんが、その博物館に展示する実物の資料を主として撮影し、
掲載したものだそうで、著者は上野アメ横のミリタリー・ショップ「中田商店」の代表者でした。
このお店は小学生の頃から怖いながらも、ちょくちょく入っていたところですし、
現在でも通り掛かった際には、軽く覗いていきます。
う~ん。。こんな何十年も経って、そんな方の本を手にすることになろうとは・・。
最初は「原爆ドーム」と、破壊される前の「広島県立商品陳列所」。
それから原爆の威力で一本足になった「長崎山王神社片足鳥居」の写真から・・。
ふ~む。。長崎原爆資料館には行ったことがありますが、コレは知らなかった。
そして世界各国の軍事博物館の写真が35ページまで続きますが、
ほとんどが昭和46年の撮影なので、「東ドイツ戦没者墓地」とか、
「ソ連軍事博物館」といった名称となっています。
続いて「明治時代の軍装・装備」で、古くは明治15年頃の海軍の整列写真から、
鮮明で大きな写真が掲載されます。
とは言っても白黒写真ですから、所々でカラーの軍帽と軍服のカラー写真が登場。
特別大演習の集合写真も多く、招待された各国の武官も一緒に写り、
日露戦争時の「陸海軍・第三軍司令部と聯合艦隊司令長官及び其の幕僚」には、
中央に東郷平八郎、隣が乃木希典なのはヴィトゲンシュタインでも判りました。
昭和の写真の後、「各種帽子」の紹介です。
日本陸軍ヘルメットに、士官の制帽・略帽と実にカラフルですが、
「陸軍航空暴風面」のインパクトは凄いですね。
細かい解説がないのが残念なんですが、革製なのかなぁ??
表紙のような軍服に外套、陸軍マント、海軍飛行予科練制服、各種靴、
落下傘部隊の制服と装備品、軍用時計に手袋、水筒、ホルスター、ゴーグルと、
まるで商品カタログの如きレイアウトで紹介。
ホルスターだけで28種類もある位です。
200ページからは「陸海軍募集ポスター」。
先日の「世情を映す昭和のポスター」で紹介したのと同じポスターも含めて20枚。
雑誌も「開拓団月刊誌」の特集といった趣で、
「拓け満蒙」とか、「開拓画報」、「大陸移民」などの聞いたこともない雑誌がたくさん。。
234ページから個人的なお楽しみ、「勲章・記章・バッジ」が46ページです。
軍人のみが対象であり、昭和23年に廃止された「金鵄勲章」は、
功一級から功七級までキッチリと・・。
「旭日章」や「瑞宝章」も数種類、明治27年28年従軍記章、大東亜戦争従軍記章などなど。
各兵科ごとの「優等徽章」もデザインが美しくて良いですね。
見張優等徽章、航空優等徽章、機関運転優等徽章、艦砲射撃優等徽章など、
思わずコレクションしたくなります。
「軍人傷痍記章」も旧型のものも掲載され、バッジ類へと進みますが、
ここでは何といっても「支那事変記念バッジ」のデザインが最高です。
その他、「憲兵バッジ」のような有名なものばかりでなく、実にマイナーなバッジ、
例えば「昭和15年駒込警防団表彰バッジ」とか、
「本郷区防護団連合防空大演習出動記念バッジ」。
「朝鮮師団対抗演習参加記念章」といった戦時中の記念バッジの数々です。
「体力章検定バッジ」も初級、中級、上級と3種類。
例の婦人会バッジも「愛国婦人会特別維持会員」、「満州国防婦人会」といった特殊なものもあり、
「将校婦人会」というのも別にあって、正会員章から特別会員章まで、4種類ありました。
これが終わると、肩章などの階級章です。
なかでも「Japanese Army Rank Insignia」はわかりやすいですね。
調べてみると、1945年の英陸軍作成のポスターのようです。
この少佐の顔つきが絶妙・・。
米軍が作ったポスターだったら、メガネに出っ歯だな。。
出ました。「赤十字服装」。
黑い制服に白の看護衣、南方用のグリーンの看護衣に、看護衣袴まで。。
「看護婦編上靴」はモロに「はいからさんブーツ」って感じで、なぜかソソラレるのです。
各婦人会のタスキのなかには「愛国子女団」というのもあって気になります。
「祝入営」ってタスキもなんか恥ずかしい・・。
いまやタスキなんて、駅伝か、結婚式の2次会の新郎くらいしかしませんしねぇ。
「七五三」向けの軍服は大正・昭和初期にデパートで売られていたそうです。
かなり本格的なつくりで、結構なお値段だったんでしょう。
ヴィトゲンシュタインの知る限りでは、ドイツでは子供用は作られてなかったと・・。
第2次大戦時代は物資不足で子供用軍服の販売は中止されますが、
昭和19年~20年の終戦間際になると、物資不足はもっと深刻です。
桑の皮で作った作業服に、紙製ケース、水筒が竹製なのはしょうがないにしても、
ヘルメットまでが竹製・・。
いや~、途中でも書きましたが、さすがミリタリー・ショップの本だけあって
まさに商品カタログのようで、パラパラ眺めているだけでも楽しめました。
こりゃ「大日本帝国陸海軍〈1〉」もかなり気になりますね。
「ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで」の著者が、
「日本軍装備大図鑑」も出していますが、読んでいないために比較はできないものの、
ここまで細かい品々が掲載されているかは疑問です。
あちらは1万円ですが、本書は各3800円と値段も抑え目ですし、古書価格も安くなっています。
個人的には軍装や装備品よりも、勲章、徽章類をターゲットに読みましたが、
あえて不満を書くとすれば、説明書きがほとんどないことでしょうか。
湩
ナチス親衛隊装備大図鑑 [軍装/勲章]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
アルリック・オブ・イングランド著の「ナチス親衛隊装備大図鑑」を読破しました。
去年に紹介した「ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで」に続く 、
装備大図鑑シリーズの第2弾がやってまいりました。
5月に出た435ページの大型本で、お値段9975円と高価ですが、迷わず購入。。
山下 英一郎著の「制服の帝国」にも似た感じかと思いますが、
なんといっても当時の品々がオールカラーで楽しめます。
まずプロローグでは、「SSはドイツとヨーロッパの歴史に根ざした、驚くほど複雑で、
魅力的な歴史現象であり、このテーマに関する真に決定版と呼べる学術論文は、
(「髑髏結社 SSの歴史」はそれに近いが)疑いなくまだ現れていない」とします。
ほ~、確かにSSの本ではアレがベストですね。
そして本書のコンセプトは、「黒の軍団の制服と徽章にハッキリと現れた審美的な世界・・、
本物の一般親衛隊(アルゲマイネSS)の歴史的遺物から代表的なものを一堂に集め、
読者がSSの組織という文脈の中でそれらを理解できるような方法で紹介すること」としています。
本書は2部構成となっていて、第1部はSS内の儀式的要素と、
ドイツ社会のさまざまな領域へのSSの教化、指導、浸透の方法論を、
第2部では制服と装備品を紹介します。
それでは第1部「歴史的背景と組織」へ・・。
1925年のSSの誕生、その前身である「アドルフ・ヒトラー挺身隊(Stosstrupp-Hitler)」が
1923年に誕生した話など、当時の大きな写真も掲載してかなり詳しく解説します。
初代隊長シュレック、ベルヒトルト、ハイデンも写真付きで紹介し、
1929年にヒムラーがSS全国指導者になると、その当時の彼のSS身分証明書も登場。
ちなみに「アドルフ・ヒトラー挺身隊」は「アドルフ・ヒトラー衝撃隊」とも訳されますね。
続いて、「一般親衛隊の組織」を解説します。
SS本部から、SS国家保安本部、SS経済・管理本部など8つの部局を責任者の写真と共に。
写真といってもハイスマイヤー、カルテンブルンナーといった有名人だけでなく、
初めて聞いた名前の人もバンバン写真で出てきます。
もう、この時点で本書のマニアックさが伝わってきました。
ヒムラーが「SS信仰」構想の中心人物としていたハインリッヒ1世に触れながら、
ルーン文字、ヴェーヴェルスブルク城、アーネンエルベ協会などへと進みます。
しかし、ベルリンのアーネンエルベ本部に飾ってあったタペストリーのカラー写真や、
ヴェーヴェルスブルク城の大ホールで使われたイスのカラー写真とか、
品々のマニアック度は半端じゃありません。思わず、じ~・・と見入ってしまいます。。
髑髏リングの後は、SS隊員の結婚と葬儀。
1923年から1934年の間に400名以上のSA隊員とSS隊員が共産主義者によって殺され、
そのような殉職者はヒトラーが特に指名した場合は、SS連隊や中隊に名が付けられ、
そんな部隊のカフタイトルも各種掲載されています。
まだまだ、レーベンスボルン(生命の泉)に、
機関紙ダス・シュヴァルツェ・コーアと、SS関連の事業紹介。
SDとハイドリヒの紹介では、豪勢なハイドリヒの執務室の写真も。
SS士官学校も外観から施設の写真まで・・、校長先生はパウル・ハウサーですね。
本書は武装SSはあくまで対象外となっていますが、SS-VT(特務部隊)として
ライプシュタンダルテにドイチュラント、ゲルマニア、デア・フューラーの各連隊を紹介します。
襟章にカフタイトルもそれぞれに、またゼップ・ディートリッヒの夜会服まで出てきました。
これは1945年にベルリンで発見され、いまはモスクワ軍事博物館のコレクションだそうです。
ちなみにライプシュタンダルテは「総統旗」など、いろいろな表現がありますが、
本書では「アドルフ・ヒトラーSS身辺警護連隊」で統一されています。
それから髑髏部隊。
テオドール・アイケの未見の写真も良いですが、SS中佐のカール・コッホが結婚した写真。
ブーケを持って微笑んでいるのは、もちろんイルゼ・コッホですね。。
しかし本書ではそういう関係ないネタには一切触れません。
その他、SSの専門部隊。まずはSS乗馬連隊で、SS乗馬学校も創設。
こちらの校長先生はヘルマン・フェーゲラインですが、「交差した槍」の襟章がステキです。
工兵隊なら「交差したつるはしとシャベル」の徽章、通信隊なら「稲妻」ですね。
そして、SS飛行隊!
1931年11月にミュンヘンで設立されたそうで、コレはまったく知りませんでした。
この小規模な部隊は1933年9月に、ドイツ航空スポーツ連盟に吸収されてしまったそうですが、
「翼とプロペラ」の徽章に、「SS/SA操縦者翼状徽章」なんてのも始めて見ました!
SS音楽隊だけでも8ページと写真たっぷり、自動車化部隊にSS予備役部隊まで・・。
予備役大隊は「Reserve」のカフタイトルに、「R」の襟章、
45歳を超えた予備役資格は「後備役中隊」に配属されて、徽章類も黒ではなく、「グレー」です。
こうして155ページから第2部「制服、装具、旗、徽章」へ。
帽子だけでも1925年当初の「ケピ帽」から、定番の「鍔付き制帽」まで丁寧に紹介。
1938年型のフィールドグレーの制帽、野戦帽もしっかりと。
夏用の白制帽はヒトラー専属運転手のケンプカの物です。
将校用の黒い初期型制帽の写真では、1934年当時の見本としてモデルを務めているのが
SS大尉のテオドール・ヴィッシュです。若いなぁ。。
ヘルメットは1933年にパレード用として使うことになりますが、
最初は第1次大戦の余剰ヘルメット(M16)を黒く塗ったもの。
M1935型ヘルメットが造られ始めても、陸軍への供給が優先され、
1936年の遅くなってからようやくSSにもM35が供給されたということです。
ヘルメットをかぶったヒムラーの写真が掲載されていましたが、
第二次世界大戦ブックス「ゲシュタポ」の表紙ですね。
「制服」はまだSSの黒い上着が登場する前、いわゆるSAの褐色シャツに
SSの黒い襟章を付けたスタイルから紹介します。
一般SSの命、黒の制服も数種類現物で部分的にはアップの写真も。
リッベントロップが着ていた夜会服では特別に右胸に付けていたという
髑髏にモットーが書かれた「夜会服徽章」の写真が鮮明です。
こういう品々も、「1945年に米軍のゴールドスミス中佐がホテル・クローンから手に入れた」と
入手経緯についも可能な限り書かれていますが、
大抵、西側連合軍による略奪品で、後年、売りに出された物なんですね。
白いステッチの入ったダブルの「社交服」も一歩間違えれば戦車服ですね。
ヒトラーの給仕をする「食堂当番兵」の白の上着まで出てきました。
そんな彼らは「ライプシュタンダルテ」から選抜された隊員であり、
完璧に信用できて、何を立ち聞きしたとしても口を慎む精鋭だったようです。
1934年に採用された「黒マント」は首相(内閣)官房長官ハインリヒ・ラマースのものです。
高価につき購入したSS隊員はほとんどいなかったそうですが、
これは完全にダース・ヴェイダーですよね。。
夏季用白上衣は例のホテルで大量に略奪されたリッベントロップの物と、
1945年にヒムラーの自宅から米軍によって持ち去られた物の2着です。
フィールドグレーの制服はオスヴァルト・ポールの1938年型が細かく出てきますが
これは「SS軍装ハンドブック」にも巻頭カラーで載っていました。付いている徽章が違いますが。
「コート」だけでも12ページ。
ヒムラーの幕僚長だったカール・ヴォルフの黒のオーバーコートは上等なウールの逸品で、
左腕にはSA/SS指導者学校「ライヒスフューラーシューレ」を卒業したことの証である
「↑ ティール・ルーン」付き。「革のオーバーコート」もカッコいいっす。
各種ズボンに「新品」の褐色シャツ、白の皮手袋と続々と続きます。
ベルトのバックルも将校用、下士官用だけでなく、1932年に採用された洋銀製と
1930年代後半に製造されたアルミ製と区別するマニアックぶり・・。
それどころか美しいアルミ糸織物の礼装用のベルトまで出てきました。
キャンバス製のブレッドバッグ(背嚢)に水筒、飯盒、テント布、副官用飾緒と、
一般SS向けには何でも黒く塗装したりして製造されています。
胸当て(ゴルゲット)は、SS巡察部の物と無線局警備用の2種類を紹介。
1936年のオリンピック当時の写真では、そのゴルゲットを指さして喜ぶ日本人の姿・・。
黒革ブーツに続いて、徽章の巻。
当初はSSマンから、SSオーバーグルッペンフューラーまで9階級しかなかったものの、
SS隊員の増加に伴い階級が増えていったわけですが、
まぁ、ここら辺はボクシングの階級と同じ感じですね。
襟章の紹介では、第19SS連隊を現す「19」の襟章を付けた当時のモデルさん。
「ヨセフ・シュトロープSS上級小隊指揮官」とキャプションに書かれていますが、
この人は後に、よりアーリア人らしくと「ユルゲン」に改名したシュトロープ将軍です。
イルゼ・コッホの時といい、本書では「ブッヘンヴァルトの魔女」とか、
「ワルシャワ・ゲットー蜂起の鎮圧者」とか、そういう下世話な話はありません。
写真を見て、わかる人だけわかればいい・・ということが徹底しています。
肩章、腕章、そしてカフタイトル。
ここでも第10SS連隊のカフタイトルを付けた若きアイケがモデルです。
初見の写真ですが、やっぱり悪そうな顔してんなぁ。ボルマン系・・。
左腕につける「ダイヤモンド型職掌徽章」は素晴らしい。ドキドキします。。
歯科隊用、法務部職員用、馬係、薬剤師、獣医部、管理部など種類も豊富。
ここのモデルさんは「完全な資格を持つ医師用」の徽章を付けたレオナルド・コンティと、
「人種・移住本部要員用」の徽章を付けたヘルベルト・バッケの2人です。
右腕の古参闘士の「V字形章」も警察、国防軍の元メンバー用に星付きのがあったり、
射撃徽章も4つの等級があったりと、知らなかったことが実に多いですね。
勲章と記章では、ミュンヘン一揆の「血の勲章」から始まり、
ユリウス・シャウプの物だった「金枠党員章」。
1929年ニュルンベルク党大会記章と、1931年ブラウンシュヴァイク党大会記章の他、
1922年10月の「コーブルク集会」に参加した者を讃えるために
1932年にヒトラー自ら制定したという「「コーブルク名誉記章」。
これは知りませんでしたが、授与基準は400名程度というレアなモノです。
そして一揆が失敗に終わった禁止令時代に、代用突撃隊として1924年に設立された
フロントバンの元隊員向けの「フロントバン記章」というのも珍しいですね。
SS永年勤続章は4年、8年、12年、25年と4段階ですが、
SS誕生の1925年から勘定すると、25年も勤続したら1950年になってしまい、
受章するには「ファーザーランド」の世界が必要になってしまいます。
なので、政権を取った1933年までの期間は「闘争時代」ということで2倍の計算。。
しかし、闘争時代からのナチ党員はこのように様々な徽章や勲章があったりと、
特別扱いなのが良くわかります。
ヒトラーが首相になってからは、多くの有能なドイツ人もナチ党員、SS隊員となるわけですが、
「古参」というだけで優遇された、威張るのだけが取り柄の能無しには困ったんでしょうね・・。
「私服用ピン」も、「FM(後援会)」の会員用や名誉ピンに
1939年のポーランド戦以前から、自由都市ダンツィヒで奮戦していた隊員向けの
「ダンツィヒ郷土防衛軍名誉ピン」といったレアなものが登場します。
「長剣」も良いですねぇ。名誉長剣に、ヒムラーが特別な高級指導者の50歳の記念に
贈ったという「誕生日贈呈用長剣」などが20ページに渡って紹介されます。
なかでもSSオフィシャル長剣ではなく、「ライプシュタンダルテ」の将校団が
ゼップ・ディートリッヒの44歳の誕生日に贈呈した、特別な長剣が印象的です。
「短剣」になると、これはもうヒトラー・ユーゲントでも各自持っている位ですから大変です。
大量の短剣を受注したのはゾーリンゲン商工会議所で、大手メーカーばかりでなく、
小さな会社でも短剣を生産。
本書ではそのようなメーカー毎に紹介してくれます。
次の武器は「拳銃」です。
ハイドリヒをヒムラーに紹介したフォン・エーバーシュタインの美しい拳銃に、
オークの葉が彫刻された金メッキに象牙グリップの「ワルサーPP」。
これはカール・ヴォルフがイタリアで米軍に降伏した際に、
その贈呈用の拳銃をケンドール少将に手渡し、
その後、ウェストポイントに寄贈されて、現在もそこに保管されているそうです。
いや~、実に綺麗ですね。
「文書、身分証明書、印刷物」もたっぷりですね。
SD将校の身分証明書にはハイドリヒの肉筆署名が入っていたりします。
ハイドリヒのサインも初めてですが、凄いなぁ。字がのたくってます。
残りも少なくなってきましたが、ここで「連隊旗」の登場です。
良くナチ党のパレードで見かけるアレですね。
正面には「ドイチュラント・エアヴァッヒェ(ドイツよ、目覚めよ)」と書かれ、
旗頭の箱型に連隊名。裏は「NSDAP」です。
神聖な「血染めの旗」についても詳しく書かれていますが、
1944年までは本部に置かれていたことが分かっているものの、
戦争を生き延びたのかどうかは一切不明だそうです。
そんな連隊旗を掲げる旗手の装具も手袋から胸当て章、旗バンドまで。
旗ついでに「車両用指令旗」まで細かく紹介されます。
最後には「アラッハ磁器」という、SS御用達の陶器や彩色の美しい軍隊人形が、
まるでオークション・カタログの如く・・。
いや~、こんな高い買い物、久々にしましたが大満足でございます。
次のページにナニが出てくるのか、ドキドキ、ワクワクしつつも、
今読んでいるページの写真と解説が濃すぎて、なかなか次のページ進めない・・という
モドカシくて、悶絶しました。
「うぉあ!」とか、「なんだコリャ!?」、「ふ~、、スゲえなぁ」って何度口にしたかわかりませんね。
「制服の帝国」などが好きな方には、絶対の自信を持ってお勧めします。
今まで読んだSS関連本にも触れられてなかった情報もありましたし、
帯に書かれた「・・・永久保存版!」はダテではありません。
大概、帯に書かれた大げさな文句は「嘘八百」ですが、本書は文句なし!
「日本軍装備大図鑑」が図書館にあるので借りてみようかな。
アルリック・オブ・イングランド著の「ナチス親衛隊装備大図鑑」を読破しました。
去年に紹介した「ドイツ軍装備大図鑑: 制服・兵器から日用品まで」に続く 、
装備大図鑑シリーズの第2弾がやってまいりました。
5月に出た435ページの大型本で、お値段9975円と高価ですが、迷わず購入。。
山下 英一郎著の「制服の帝国」にも似た感じかと思いますが、
なんといっても当時の品々がオールカラーで楽しめます。
まずプロローグでは、「SSはドイツとヨーロッパの歴史に根ざした、驚くほど複雑で、
魅力的な歴史現象であり、このテーマに関する真に決定版と呼べる学術論文は、
(「髑髏結社 SSの歴史」はそれに近いが)疑いなくまだ現れていない」とします。
ほ~、確かにSSの本ではアレがベストですね。
そして本書のコンセプトは、「黒の軍団の制服と徽章にハッキリと現れた審美的な世界・・、
本物の一般親衛隊(アルゲマイネSS)の歴史的遺物から代表的なものを一堂に集め、
読者がSSの組織という文脈の中でそれらを理解できるような方法で紹介すること」としています。
本書は2部構成となっていて、第1部はSS内の儀式的要素と、
ドイツ社会のさまざまな領域へのSSの教化、指導、浸透の方法論を、
第2部では制服と装備品を紹介します。
それでは第1部「歴史的背景と組織」へ・・。
1925年のSSの誕生、その前身である「アドルフ・ヒトラー挺身隊(Stosstrupp-Hitler)」が
1923年に誕生した話など、当時の大きな写真も掲載してかなり詳しく解説します。
初代隊長シュレック、ベルヒトルト、ハイデンも写真付きで紹介し、
1929年にヒムラーがSS全国指導者になると、その当時の彼のSS身分証明書も登場。
ちなみに「アドルフ・ヒトラー挺身隊」は「アドルフ・ヒトラー衝撃隊」とも訳されますね。
続いて、「一般親衛隊の組織」を解説します。
SS本部から、SS国家保安本部、SS経済・管理本部など8つの部局を責任者の写真と共に。
写真といってもハイスマイヤー、カルテンブルンナーといった有名人だけでなく、
初めて聞いた名前の人もバンバン写真で出てきます。
もう、この時点で本書のマニアックさが伝わってきました。
ヒムラーが「SS信仰」構想の中心人物としていたハインリッヒ1世に触れながら、
ルーン文字、ヴェーヴェルスブルク城、アーネンエルベ協会などへと進みます。
しかし、ベルリンのアーネンエルベ本部に飾ってあったタペストリーのカラー写真や、
ヴェーヴェルスブルク城の大ホールで使われたイスのカラー写真とか、
品々のマニアック度は半端じゃありません。思わず、じ~・・と見入ってしまいます。。
髑髏リングの後は、SS隊員の結婚と葬儀。
1923年から1934年の間に400名以上のSA隊員とSS隊員が共産主義者によって殺され、
そのような殉職者はヒトラーが特に指名した場合は、SS連隊や中隊に名が付けられ、
そんな部隊のカフタイトルも各種掲載されています。
まだまだ、レーベンスボルン(生命の泉)に、
機関紙ダス・シュヴァルツェ・コーアと、SS関連の事業紹介。
SDとハイドリヒの紹介では、豪勢なハイドリヒの執務室の写真も。
SS士官学校も外観から施設の写真まで・・、校長先生はパウル・ハウサーですね。
本書は武装SSはあくまで対象外となっていますが、SS-VT(特務部隊)として
ライプシュタンダルテにドイチュラント、ゲルマニア、デア・フューラーの各連隊を紹介します。
襟章にカフタイトルもそれぞれに、またゼップ・ディートリッヒの夜会服まで出てきました。
これは1945年にベルリンで発見され、いまはモスクワ軍事博物館のコレクションだそうです。
ちなみにライプシュタンダルテは「総統旗」など、いろいろな表現がありますが、
本書では「アドルフ・ヒトラーSS身辺警護連隊」で統一されています。
それから髑髏部隊。
テオドール・アイケの未見の写真も良いですが、SS中佐のカール・コッホが結婚した写真。
ブーケを持って微笑んでいるのは、もちろんイルゼ・コッホですね。。
しかし本書ではそういう関係ないネタには一切触れません。
その他、SSの専門部隊。まずはSS乗馬連隊で、SS乗馬学校も創設。
こちらの校長先生はヘルマン・フェーゲラインですが、「交差した槍」の襟章がステキです。
工兵隊なら「交差したつるはしとシャベル」の徽章、通信隊なら「稲妻」ですね。
そして、SS飛行隊!
1931年11月にミュンヘンで設立されたそうで、コレはまったく知りませんでした。
この小規模な部隊は1933年9月に、ドイツ航空スポーツ連盟に吸収されてしまったそうですが、
「翼とプロペラ」の徽章に、「SS/SA操縦者翼状徽章」なんてのも始めて見ました!
SS音楽隊だけでも8ページと写真たっぷり、自動車化部隊にSS予備役部隊まで・・。
予備役大隊は「Reserve」のカフタイトルに、「R」の襟章、
45歳を超えた予備役資格は「後備役中隊」に配属されて、徽章類も黒ではなく、「グレー」です。
こうして155ページから第2部「制服、装具、旗、徽章」へ。
帽子だけでも1925年当初の「ケピ帽」から、定番の「鍔付き制帽」まで丁寧に紹介。
1938年型のフィールドグレーの制帽、野戦帽もしっかりと。
夏用の白制帽はヒトラー専属運転手のケンプカの物です。
将校用の黒い初期型制帽の写真では、1934年当時の見本としてモデルを務めているのが
SS大尉のテオドール・ヴィッシュです。若いなぁ。。
ヘルメットは1933年にパレード用として使うことになりますが、
最初は第1次大戦の余剰ヘルメット(M16)を黒く塗ったもの。
M1935型ヘルメットが造られ始めても、陸軍への供給が優先され、
1936年の遅くなってからようやくSSにもM35が供給されたということです。
ヘルメットをかぶったヒムラーの写真が掲載されていましたが、
第二次世界大戦ブックス「ゲシュタポ」の表紙ですね。
「制服」はまだSSの黒い上着が登場する前、いわゆるSAの褐色シャツに
SSの黒い襟章を付けたスタイルから紹介します。
一般SSの命、黒の制服も数種類現物で部分的にはアップの写真も。
リッベントロップが着ていた夜会服では特別に右胸に付けていたという
髑髏にモットーが書かれた「夜会服徽章」の写真が鮮明です。
こういう品々も、「1945年に米軍のゴールドスミス中佐がホテル・クローンから手に入れた」と
入手経緯についも可能な限り書かれていますが、
大抵、西側連合軍による略奪品で、後年、売りに出された物なんですね。
白いステッチの入ったダブルの「社交服」も一歩間違えれば戦車服ですね。
ヒトラーの給仕をする「食堂当番兵」の白の上着まで出てきました。
そんな彼らは「ライプシュタンダルテ」から選抜された隊員であり、
完璧に信用できて、何を立ち聞きしたとしても口を慎む精鋭だったようです。
1934年に採用された「黒マント」は首相(内閣)官房長官ハインリヒ・ラマースのものです。
高価につき購入したSS隊員はほとんどいなかったそうですが、
これは完全にダース・ヴェイダーですよね。。
夏季用白上衣は例のホテルで大量に略奪されたリッベントロップの物と、
1945年にヒムラーの自宅から米軍によって持ち去られた物の2着です。
フィールドグレーの制服はオスヴァルト・ポールの1938年型が細かく出てきますが
これは「SS軍装ハンドブック」にも巻頭カラーで載っていました。付いている徽章が違いますが。
「コート」だけでも12ページ。
ヒムラーの幕僚長だったカール・ヴォルフの黒のオーバーコートは上等なウールの逸品で、
左腕にはSA/SS指導者学校「ライヒスフューラーシューレ」を卒業したことの証である
「↑ ティール・ルーン」付き。「革のオーバーコート」もカッコいいっす。
各種ズボンに「新品」の褐色シャツ、白の皮手袋と続々と続きます。
ベルトのバックルも将校用、下士官用だけでなく、1932年に採用された洋銀製と
1930年代後半に製造されたアルミ製と区別するマニアックぶり・・。
それどころか美しいアルミ糸織物の礼装用のベルトまで出てきました。
キャンバス製のブレッドバッグ(背嚢)に水筒、飯盒、テント布、副官用飾緒と、
一般SS向けには何でも黒く塗装したりして製造されています。
胸当て(ゴルゲット)は、SS巡察部の物と無線局警備用の2種類を紹介。
1936年のオリンピック当時の写真では、そのゴルゲットを指さして喜ぶ日本人の姿・・。
黒革ブーツに続いて、徽章の巻。
当初はSSマンから、SSオーバーグルッペンフューラーまで9階級しかなかったものの、
SS隊員の増加に伴い階級が増えていったわけですが、
まぁ、ここら辺はボクシングの階級と同じ感じですね。
襟章の紹介では、第19SS連隊を現す「19」の襟章を付けた当時のモデルさん。
「ヨセフ・シュトロープSS上級小隊指揮官」とキャプションに書かれていますが、
この人は後に、よりアーリア人らしくと「ユルゲン」に改名したシュトロープ将軍です。
イルゼ・コッホの時といい、本書では「ブッヘンヴァルトの魔女」とか、
「ワルシャワ・ゲットー蜂起の鎮圧者」とか、そういう下世話な話はありません。
写真を見て、わかる人だけわかればいい・・ということが徹底しています。
肩章、腕章、そしてカフタイトル。
ここでも第10SS連隊のカフタイトルを付けた若きアイケがモデルです。
初見の写真ですが、やっぱり悪そうな顔してんなぁ。ボルマン系・・。
左腕につける「ダイヤモンド型職掌徽章」は素晴らしい。ドキドキします。。
歯科隊用、法務部職員用、馬係、薬剤師、獣医部、管理部など種類も豊富。
ここのモデルさんは「完全な資格を持つ医師用」の徽章を付けたレオナルド・コンティと、
「人種・移住本部要員用」の徽章を付けたヘルベルト・バッケの2人です。
右腕の古参闘士の「V字形章」も警察、国防軍の元メンバー用に星付きのがあったり、
射撃徽章も4つの等級があったりと、知らなかったことが実に多いですね。
勲章と記章では、ミュンヘン一揆の「血の勲章」から始まり、
ユリウス・シャウプの物だった「金枠党員章」。
1929年ニュルンベルク党大会記章と、1931年ブラウンシュヴァイク党大会記章の他、
1922年10月の「コーブルク集会」に参加した者を讃えるために
1932年にヒトラー自ら制定したという「「コーブルク名誉記章」。
これは知りませんでしたが、授与基準は400名程度というレアなモノです。
そして一揆が失敗に終わった禁止令時代に、代用突撃隊として1924年に設立された
フロントバンの元隊員向けの「フロントバン記章」というのも珍しいですね。
SS永年勤続章は4年、8年、12年、25年と4段階ですが、
SS誕生の1925年から勘定すると、25年も勤続したら1950年になってしまい、
受章するには「ファーザーランド」の世界が必要になってしまいます。
なので、政権を取った1933年までの期間は「闘争時代」ということで2倍の計算。。
しかし、闘争時代からのナチ党員はこのように様々な徽章や勲章があったりと、
特別扱いなのが良くわかります。
ヒトラーが首相になってからは、多くの有能なドイツ人もナチ党員、SS隊員となるわけですが、
「古参」というだけで優遇された、威張るのだけが取り柄の能無しには困ったんでしょうね・・。
「私服用ピン」も、「FM(後援会)」の会員用や名誉ピンに
1939年のポーランド戦以前から、自由都市ダンツィヒで奮戦していた隊員向けの
「ダンツィヒ郷土防衛軍名誉ピン」といったレアなものが登場します。
「長剣」も良いですねぇ。名誉長剣に、ヒムラーが特別な高級指導者の50歳の記念に
贈ったという「誕生日贈呈用長剣」などが20ページに渡って紹介されます。
なかでもSSオフィシャル長剣ではなく、「ライプシュタンダルテ」の将校団が
ゼップ・ディートリッヒの44歳の誕生日に贈呈した、特別な長剣が印象的です。
「短剣」になると、これはもうヒトラー・ユーゲントでも各自持っている位ですから大変です。
大量の短剣を受注したのはゾーリンゲン商工会議所で、大手メーカーばかりでなく、
小さな会社でも短剣を生産。
本書ではそのようなメーカー毎に紹介してくれます。
次の武器は「拳銃」です。
ハイドリヒをヒムラーに紹介したフォン・エーバーシュタインの美しい拳銃に、
オークの葉が彫刻された金メッキに象牙グリップの「ワルサーPP」。
これはカール・ヴォルフがイタリアで米軍に降伏した際に、
その贈呈用の拳銃をケンドール少将に手渡し、
その後、ウェストポイントに寄贈されて、現在もそこに保管されているそうです。
いや~、実に綺麗ですね。
「文書、身分証明書、印刷物」もたっぷりですね。
SD将校の身分証明書にはハイドリヒの肉筆署名が入っていたりします。
ハイドリヒのサインも初めてですが、凄いなぁ。字がのたくってます。
残りも少なくなってきましたが、ここで「連隊旗」の登場です。
良くナチ党のパレードで見かけるアレですね。
正面には「ドイチュラント・エアヴァッヒェ(ドイツよ、目覚めよ)」と書かれ、
旗頭の箱型に連隊名。裏は「NSDAP」です。
神聖な「血染めの旗」についても詳しく書かれていますが、
1944年までは本部に置かれていたことが分かっているものの、
戦争を生き延びたのかどうかは一切不明だそうです。
そんな連隊旗を掲げる旗手の装具も手袋から胸当て章、旗バンドまで。
旗ついでに「車両用指令旗」まで細かく紹介されます。
最後には「アラッハ磁器」という、SS御用達の陶器や彩色の美しい軍隊人形が、
まるでオークション・カタログの如く・・。
いや~、こんな高い買い物、久々にしましたが大満足でございます。
次のページにナニが出てくるのか、ドキドキ、ワクワクしつつも、
今読んでいるページの写真と解説が濃すぎて、なかなか次のページ進めない・・という
モドカシくて、悶絶しました。
「うぉあ!」とか、「なんだコリャ!?」、「ふ~、、スゲえなぁ」って何度口にしたかわかりませんね。
「制服の帝国」などが好きな方には、絶対の自信を持ってお勧めします。
今まで読んだSS関連本にも触れられてなかった情報もありましたし、
帯に書かれた「・・・永久保存版!」はダテではありません。
大概、帯に書かれた大げさな文句は「嘘八百」ですが、本書は文句なし!
「日本軍装備大図鑑」が図書館にあるので借りてみようかな。
柏葉騎士十字章受勲者写真集3 (eichenlaubträger 1940-1945-Band Ⅲ) [軍装/勲章]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
Fritjof Schaulen著の「eichenlaubträger 1940-1945-Band Ⅲ」を読破しました。
柏葉騎士十字章受章者のカラー写真集の最終巻です。
アルファベット順で「R」~「Z」の受章者が対象となっていますが、
今回の表紙のメンバーはこんな感じです。
左上から、ヘルマン・"降下猟兵"・ラムケ、
クルト・"空挺将軍"・シュトゥーデント、
エルヴィン・"砂漠のキツネ"・ロンメル、
下はオットー・"最も危険な男"・スコルツェニー、クラウス・ショルツ、
フェリックス・"SSドイチュラント"・シュタイナー。
U-108艦長のショルツがわかった方はスゴイですね。優勝です。
今回も最初の20ページほどは各種勲章がカラー写真と共に解説されます。
前線での活躍ではなく、後方における戦功を挙げた者に授与される戦功十字章に、
ナルヴィク、ホルム、クリミア、デミヤンスク、クバンの各シールド、
アフリカ、クレタ、クーアラントの各カフタイトル。
各種突撃章、優秀ドライバー章、パルチザン掃討章にパイロット章、などなど、
細かく書かれていますがドイツ語なので読みきれないのが悔しい限り・・。
「R」の受章者はギュンター・"275機撃墜"・ラルに、
エアハルト・"第6戦車師団"・ラウス、
オットー・"7月20日反乱鎮圧"・レーマー、
ロタール・"クーアラント"・レンドリック、
ヴィルヘルム・フォン・"コンドル軍団"・リヒトホーフェンと続き、
ロンメルはさすがに5ページぶち抜きと別格の扱いです。
しかし、次のハンス=ウルリッヒ・"シュトゥーカ大佐"・ルーデルも3ページの扱いで、
この写真は例の唯一の、「黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士十字章」の写真かと思います。
それというのも、一つ等級が下のダイヤモンド付騎士十字章を受章したのが、
出撃回数1800回の時であり、この写真では
「2000回出撃・金・ダイヤモンド付空軍前線飛行章」を付けていることからなんですね。
パイロット章も金・ダイヤモンド付という、ほとんど成金兄ちゃんといった風貌ですが、
最終的には足を切断して、「金の戦傷章」まで手に入れる・・という恐るべき軍人です。。
ゲルト・フォン・"長老"・ルントシュテットが「R」を〆て、「S」の軍人へと移ります。
ディートリッヒ・フォン・"片眼鏡"・ザウケンに、
プリンツ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタインが登場。
「W」じゃなくて、正しくはザインの「S」です。
U-100のヨアヒム・シェプケは以前に紹介したカラー写真ですが、
やっぱりプリーンとクレッチマーは、ただ単にカラー写真が無いだけかも知れません。
さらにヴィルヘルム・"ヘルマン・ゲーリング師団"・シュマルツ、
ヴァルター・"勝手に反逆部隊"・シュミット、
ヴォルフガンク・"夜戦No.1エース"・シュナウファー、
アダルベルト・"エレクトロ・ボート"・シュネー、
フェルディナント・"冷酷元帥"・シェルナー、
アダルベルト・"パンツァー"・シュルツと続き、
スコルツェニーと、空を見上げるヴォルフガンク・"コメート"・シュペーテが一緒だと、
なにか「UFOから降り立った男スコルツェニー」を思い出してしまいました。
シルベスター・"デア・フューラー連隊"・シュタドラー、
ヨハネス・"大火傷"・シュタインホフ、
グラーフ・"戦車伯爵"・シュトラハヴィッツ、
ラインハルト・"テディ"・ズーレンと「S」は、まぁ、大勢いますね。
シュトラハヴィッツで思い出しましたが、オットー・"泥まみれの虎"・カリウスは出てきません。
「T」に入ると個人的に好きなUボート艦長のエーリッヒ・トップ先生が登場。
「W」ではマキシミリアン・フォン・"B軍集団"・ヴァイクスとヒトラーの写真が好きです。
「総統・・。そ、そんな・・、どうやっても無理です・・」。
そして背後ではフォン・ゾーデンシュテルン参謀長が目を閉じて、もはや神に祈るのみ・・。
ヘルムート・"ベルリン防衛軍司令官"・ヴァイトリンク、
フリッツ・"ヒトラーユーゲント師団長"・ヴィット、
そしてミヒャエル・”ヴィレル・ボカージュ”・ヴィットマンは4ページと大きく、
何といってもグデーリアンと談笑するカラー写真はホント良いですね。
3巻通して、一番好きなのがこの写真です。
「どうかね。やっぱりティーガーは最高かね?」
「いやいや、ボクの腕ですよ。砲手もなかなかですけどね。ふっふっ・・」
だからグデーリアンとヴィットマンに興味あるのかなぁ・・。
最後に紹介するのは第12SS「ヒトラーユーゲント」の戦車野郎、マックス・ヴュンシェですが、
1939年の総統お誕生日会の写真です。
ヒトラーと握手するハインリヒ・"専属写真家"・ホフマンとテオドール・"ヤブ医者"・モレル、
そして右端のSS副官がヴュンシェです。
ちなみに奥に写っている2人はオットー・"新聞全国指導者"・ディートリヒと
カール・"T4作戦"・ブラントだそうで。。
やっぱりドイツ語に苦労しましたねぇ。
「ヒットラーと鉄十字章」とか、「鉄十字の騎士」、「ナチ独逸ミリタリー・ルック」などを
本棚から引っ張り出して、まるでウルトラセブンの「カプセル怪獣」のように助けを求めました。
しかし本書はamazonで結構安くなっています。
新品でもヴィトゲンシュタインが買ったときの半額くらいになってますねぇ。。
こういうのは、ちょっと悔しい・・。
Fritjof Schaulen著の「eichenlaubträger 1940-1945-Band Ⅲ」を読破しました。
柏葉騎士十字章受章者のカラー写真集の最終巻です。
アルファベット順で「R」~「Z」の受章者が対象となっていますが、
今回の表紙のメンバーはこんな感じです。
左上から、ヘルマン・"降下猟兵"・ラムケ、
クルト・"空挺将軍"・シュトゥーデント、
エルヴィン・"砂漠のキツネ"・ロンメル、
下はオットー・"最も危険な男"・スコルツェニー、クラウス・ショルツ、
フェリックス・"SSドイチュラント"・シュタイナー。
U-108艦長のショルツがわかった方はスゴイですね。優勝です。
今回も最初の20ページほどは各種勲章がカラー写真と共に解説されます。
前線での活躍ではなく、後方における戦功を挙げた者に授与される戦功十字章に、
ナルヴィク、ホルム、クリミア、デミヤンスク、クバンの各シールド、
アフリカ、クレタ、クーアラントの各カフタイトル。
各種突撃章、優秀ドライバー章、パルチザン掃討章にパイロット章、などなど、
細かく書かれていますがドイツ語なので読みきれないのが悔しい限り・・。
「R」の受章者はギュンター・"275機撃墜"・ラルに、
エアハルト・"第6戦車師団"・ラウス、
オットー・"7月20日反乱鎮圧"・レーマー、
ロタール・"クーアラント"・レンドリック、
ヴィルヘルム・フォン・"コンドル軍団"・リヒトホーフェンと続き、
ロンメルはさすがに5ページぶち抜きと別格の扱いです。
しかし、次のハンス=ウルリッヒ・"シュトゥーカ大佐"・ルーデルも3ページの扱いで、
この写真は例の唯一の、「黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士十字章」の写真かと思います。
それというのも、一つ等級が下のダイヤモンド付騎士十字章を受章したのが、
出撃回数1800回の時であり、この写真では
「2000回出撃・金・ダイヤモンド付空軍前線飛行章」を付けていることからなんですね。
パイロット章も金・ダイヤモンド付という、ほとんど成金兄ちゃんといった風貌ですが、
最終的には足を切断して、「金の戦傷章」まで手に入れる・・という恐るべき軍人です。。
ゲルト・フォン・"長老"・ルントシュテットが「R」を〆て、「S」の軍人へと移ります。
ディートリッヒ・フォン・"片眼鏡"・ザウケンに、
プリンツ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタインが登場。
「W」じゃなくて、正しくはザインの「S」です。
U-100のヨアヒム・シェプケは以前に紹介したカラー写真ですが、
やっぱりプリーンとクレッチマーは、ただ単にカラー写真が無いだけかも知れません。
さらにヴィルヘルム・"ヘルマン・ゲーリング師団"・シュマルツ、
ヴァルター・"勝手に反逆部隊"・シュミット、
ヴォルフガンク・"夜戦No.1エース"・シュナウファー、
アダルベルト・"エレクトロ・ボート"・シュネー、
フェルディナント・"冷酷元帥"・シェルナー、
アダルベルト・"パンツァー"・シュルツと続き、
スコルツェニーと、空を見上げるヴォルフガンク・"コメート"・シュペーテが一緒だと、
なにか「UFOから降り立った男スコルツェニー」を思い出してしまいました。
シルベスター・"デア・フューラー連隊"・シュタドラー、
ヨハネス・"大火傷"・シュタインホフ、
グラーフ・"戦車伯爵"・シュトラハヴィッツ、
ラインハルト・"テディ"・ズーレンと「S」は、まぁ、大勢いますね。
シュトラハヴィッツで思い出しましたが、オットー・"泥まみれの虎"・カリウスは出てきません。
「T」に入ると個人的に好きなUボート艦長のエーリッヒ・トップ先生が登場。
「W」ではマキシミリアン・フォン・"B軍集団"・ヴァイクスとヒトラーの写真が好きです。
「総統・・。そ、そんな・・、どうやっても無理です・・」。
そして背後ではフォン・ゾーデンシュテルン参謀長が目を閉じて、もはや神に祈るのみ・・。
ヘルムート・"ベルリン防衛軍司令官"・ヴァイトリンク、
フリッツ・"ヒトラーユーゲント師団長"・ヴィット、
そしてミヒャエル・”ヴィレル・ボカージュ”・ヴィットマンは4ページと大きく、
何といってもグデーリアンと談笑するカラー写真はホント良いですね。
3巻通して、一番好きなのがこの写真です。
「どうかね。やっぱりティーガーは最高かね?」
「いやいや、ボクの腕ですよ。砲手もなかなかですけどね。ふっふっ・・」
だからグデーリアンとヴィットマンに興味あるのかなぁ・・。
最後に紹介するのは第12SS「ヒトラーユーゲント」の戦車野郎、マックス・ヴュンシェですが、
1939年の総統お誕生日会の写真です。
ヒトラーと握手するハインリヒ・"専属写真家"・ホフマンとテオドール・"ヤブ医者"・モレル、
そして右端のSS副官がヴュンシェです。
ちなみに奥に写っている2人はオットー・"新聞全国指導者"・ディートリヒと
カール・"T4作戦"・ブラントだそうで。。
やっぱりドイツ語に苦労しましたねぇ。
「ヒットラーと鉄十字章」とか、「鉄十字の騎士」、「ナチ独逸ミリタリー・ルック」などを
本棚から引っ張り出して、まるでウルトラセブンの「カプセル怪獣」のように助けを求めました。
しかし本書はamazonで結構安くなっています。
新品でもヴィトゲンシュタインが買ったときの半額くらいになってますねぇ。。
こういうのは、ちょっと悔しい・・。
タグ:シュナウファー フェリックス・シュタイナー シュトゥーデント ロンメル ラムケ カフタイトル パルチザン掃討章 スコルツェニー デミヤンスク・シールド 歩兵突撃章 クリミア・シールド シュネー ヴィルヘルム・シュマルツ フォン・ザウケン ヴィトゲンシュタイン シェプケ ルントシュテット ギュンター・ラル ラウス オットー・レーマー レンドリック ヴォルフラム・フォン・リヒトホーフェン ルーデル シェルナー アダルベルト・シュルツ シュペーテ シュタドラー シュタインホフ シュトラハヴィッツ ズーレン ヴァイクス ヴァイトリンク フリッツ・ヴィット ヴィットマン グデーリアン ヴュンシェ ハインリヒ・ホフマン モレル カール・ブラント 戦功十字章 エーリッヒ・トップ
柏葉騎士十字章受勲者写真集2 (eichenlaubträger 1940-1945-Band Ⅱ) [軍装/勲章]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
Fritjof Schaulen著の「eichenlaubträger 1940-1945-Band Ⅱ」を読破しました。
柏葉騎士十字章の受章者をカラー写真で紹介する大判の洋書。第1巻に続き、
3分冊の真ん中にやってまいりました。今回の対象者は「I」~「P」となっています。
表紙の6人は、うち5人が有名な将軍ですね。
左上から、ヘルマン・"髑髏師団"・プリース、
エーリッヒ・フォン・"失われた勝利"・マンシュタイン、
ギュンター・フォン・"優柔不断"・クルーゲ、
下の段はアルフレート・"作戦部長"・ヨードル、
ヴァルター・"アフリカ軍団長"・ネーリング、
最後はハンス・ヨアヒム・"アフリカの星"・マルセイユです。
最初の15ページほどは2級、1級の鉄十字章に、騎士十字章、そして唯一、
シュトゥーカ大佐のルーデルだけが受賞した「黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士十字章」
といった勲章がカラーで紹介されます。
本書の柏葉も基本的には2㎝ほどの柏葉だけが贈られて、騎士十字章に付けるわけです。
そして同時に贈られるのが「勲記」です。
これの写真も実は本書の裏表紙にカラー写真が掲載されていました。
左の赤いのが「騎士十字章」で、なんとかヴィンクマンという軍人が受賞した物。
右の白いのが「柏葉章」で、名前はUボート・エースのラインハルト・"テディ"・ズーレンです。
末尾には左に「剣章」、ロンメル元帥ですね。
右のいかにも豪華なのが「ダイヤモンド章」で、ヴェルナー・メルダースの名が・・。
コレ本物なのかな・・??
本書での最初の有名人は国防軍最高司令部(OKW)作戦部長を戦争の間、
ずっと続けてきたヨードル上級大将です。
しかし彼は騎士十字章すら付けていませんね。
実は受章したのはヒトラーが死んだあとの1945年5月10日。
連合軍との降伏交渉が終わって、大統領となったデーニッツから「よくやった」と贈られたんですね。
ですから、受章順も865番目とほとんど最後の人物です。
しかもヨードルは騎士十字章も受章した経歴が無いので、飛び級でいきなり「柏葉」だったようです。
あのカイテルでさえ、ポーランド戦の後、騎士十字章貰っているのに、何が違うんでしょうね。
まぁ、カイテルが「どんな戦功」をあげたのか・・? が逆に気になりますが。。
アルベルト・"微笑み空軍元帥"・ケッセルリンクに
ヨアヒム・"捕虜"・キルシュナー、
エヴァルト・フォン・"装甲集団"・クライストと「K」が続きます。
フーゴ・"不死身"・クラース、
テオドール・"アドミラル・シェア"・クランケ提督がきた後、
武装SSの重鎮、ヴァルター・クリューガーと、若きエース、ヴァルター・クルピンスキーが・・。
53歳のSSの将軍の凄味のある笑顔に、24歳のクルピンスキーも煙草で対抗しています。。
ドイツ人に「K」は多いですねぇ。まだゲオルク・フォン・"北方軍集団"・キュヒラーに
オットー・"デア・フューラー連隊"・クムも登場し、
気がつくとエミール・"173機撃墜"・ラング、
ヴィリー・"GD戦車連隊長"・ラングカイトと「L」に入っていました。
おうおう・・、あの方をお忘れじゃないですか・・?
Uボートの大エース、剣章受章者オットー・クレッチマーが無視されているなんて。。
ダイヤモンド章夜戦エースのヘルムート・レントの後には、
やっぱりダイヤモンド章Uボート・エースのヴォルフガンク・リュートが出てくるんですが、
ひょっとしたらこのカラー写真を撮り始めたのが
クレッチマーが捕虜になった1941年3月以降なのかも知れません。
同じ時期に戦死したギュンター・プリーンもカラー写真ありませんしね。。
「M」ではフィンランドのマンネルヘイム元帥に続いて、
ドイツ軍人の「M」と言えばこの人、エーリッヒ・フォン・マンシュタインです。
写真は"ただの"騎士十字章ですが、その下にもう一つ下げています。
ロンメルなど、良くプール・ル・メリットを下に付けている人は見かけますが、
コレはルーマニアの「ミハイ勇敢公勲章2級」のようです。
次のページの写真も良いですね。
右からフォン・クライスト、テオドール・"第9軍"・ブッセ、総統、そしてマンシュタインですが、
もう、ヒトラーみたいな素人に地図見られるのがホント嫌だ・・って顔ですよね。
ハッソ・フォン・"装甲軍"・マントイフェルに
エーリッヒ・"ノルマンディ"・マルクスと続き、
降下猟兵のボス的存在のオイゲン・マインドルのこの写真も大好きです。
首元の柏葉章だけではなく、左胸には第1次大戦と第2次大戦の1級鉄十字章に加え、
降下猟兵バッジに、空軍地上部隊突撃章、ボタンには冬季東部戦線従軍章、
左腕にはナルヴィク・シールド、そしてクレタのカフタイトル・・。
最後にはノルマンディでも激闘を繰り広げるわけですから、まさに「鉄人」ですね。。
「M」も多いドイツ人。。ヴァルター・"破局将軍"・モーデルに、
2番目の柏葉受章者メルダース。
1941年の11月に事故死した彼もやっぱりポートレートのカラー写真ではなく、
飛行場でケッセルリンクと談笑している写真が使われていました。
本書はカラー写真じゃないとダメなのはわかりますが、
クレッチマーってカラー写真一枚もないんですかね?? クドくてすいません。。
ヨアヒム・ミュンヘベルクにヴァルター・ノヴォトニーと高名なエース・パイロットの2人。
特にノヴォトニーら4人の集合写真は右端にギュンター・"275機撃墜"・ラル、
左端にいるのは、プリンツ・ヴィトゲンシュタイン・・。いま気がつきました。。
ノヴォトニーは去年に「撃墜王ヴァルテル・ノヴォトニー」という本が出たんですが、
なぜか読む気がしません。表紙がヒドイからかなぁ。。
「O」はヴァルター・"JG1"・エーザウ、
ヘルマン・フォン・"第21装甲師団"・オッペルン=ブロニコフスキー、
マックス=ヘルムート・"童顔No.1"・オスターマンとなかなか良い面子が連発しています。
「P」ではやっぱりヨゼフ・"史上最大の作戦"・プリラーが3ページと別格の扱いで
ヨアヒム・"バルジの戦い"・パイパーと
ディートリッヒ・"爆撃機隊総監"・ペルツが左右で登場。
2人ともイイ男ですが、眉毛が繋がっていますぜ。。
高名なパイロットが印象的だったこの第2巻ですが、
「L」に大好きなギュンター・リュッツォウが出ていないのにも気づきました。
ホント、なんでよ・・。
Fritjof Schaulen著の「eichenlaubträger 1940-1945-Band Ⅱ」を読破しました。
柏葉騎士十字章の受章者をカラー写真で紹介する大判の洋書。第1巻に続き、
3分冊の真ん中にやってまいりました。今回の対象者は「I」~「P」となっています。
表紙の6人は、うち5人が有名な将軍ですね。
左上から、ヘルマン・"髑髏師団"・プリース、
エーリッヒ・フォン・"失われた勝利"・マンシュタイン、
ギュンター・フォン・"優柔不断"・クルーゲ、
下の段はアルフレート・"作戦部長"・ヨードル、
ヴァルター・"アフリカ軍団長"・ネーリング、
最後はハンス・ヨアヒム・"アフリカの星"・マルセイユです。
最初の15ページほどは2級、1級の鉄十字章に、騎士十字章、そして唯一、
シュトゥーカ大佐のルーデルだけが受賞した「黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士十字章」
といった勲章がカラーで紹介されます。
本書の柏葉も基本的には2㎝ほどの柏葉だけが贈られて、騎士十字章に付けるわけです。
そして同時に贈られるのが「勲記」です。
これの写真も実は本書の裏表紙にカラー写真が掲載されていました。
左の赤いのが「騎士十字章」で、なんとかヴィンクマンという軍人が受賞した物。
右の白いのが「柏葉章」で、名前はUボート・エースのラインハルト・"テディ"・ズーレンです。
末尾には左に「剣章」、ロンメル元帥ですね。
右のいかにも豪華なのが「ダイヤモンド章」で、ヴェルナー・メルダースの名が・・。
コレ本物なのかな・・??
本書での最初の有名人は国防軍最高司令部(OKW)作戦部長を戦争の間、
ずっと続けてきたヨードル上級大将です。
しかし彼は騎士十字章すら付けていませんね。
実は受章したのはヒトラーが死んだあとの1945年5月10日。
連合軍との降伏交渉が終わって、大統領となったデーニッツから「よくやった」と贈られたんですね。
ですから、受章順も865番目とほとんど最後の人物です。
しかもヨードルは騎士十字章も受章した経歴が無いので、飛び級でいきなり「柏葉」だったようです。
あのカイテルでさえ、ポーランド戦の後、騎士十字章貰っているのに、何が違うんでしょうね。
まぁ、カイテルが「どんな戦功」をあげたのか・・? が逆に気になりますが。。
アルベルト・"微笑み空軍元帥"・ケッセルリンクに
ヨアヒム・"捕虜"・キルシュナー、
エヴァルト・フォン・"装甲集団"・クライストと「K」が続きます。
フーゴ・"不死身"・クラース、
テオドール・"アドミラル・シェア"・クランケ提督がきた後、
武装SSの重鎮、ヴァルター・クリューガーと、若きエース、ヴァルター・クルピンスキーが・・。
53歳のSSの将軍の凄味のある笑顔に、24歳のクルピンスキーも煙草で対抗しています。。
ドイツ人に「K」は多いですねぇ。まだゲオルク・フォン・"北方軍集団"・キュヒラーに
オットー・"デア・フューラー連隊"・クムも登場し、
気がつくとエミール・"173機撃墜"・ラング、
ヴィリー・"GD戦車連隊長"・ラングカイトと「L」に入っていました。
おうおう・・、あの方をお忘れじゃないですか・・?
Uボートの大エース、剣章受章者オットー・クレッチマーが無視されているなんて。。
ダイヤモンド章夜戦エースのヘルムート・レントの後には、
やっぱりダイヤモンド章Uボート・エースのヴォルフガンク・リュートが出てくるんですが、
ひょっとしたらこのカラー写真を撮り始めたのが
クレッチマーが捕虜になった1941年3月以降なのかも知れません。
同じ時期に戦死したギュンター・プリーンもカラー写真ありませんしね。。
「M」ではフィンランドのマンネルヘイム元帥に続いて、
ドイツ軍人の「M」と言えばこの人、エーリッヒ・フォン・マンシュタインです。
写真は"ただの"騎士十字章ですが、その下にもう一つ下げています。
ロンメルなど、良くプール・ル・メリットを下に付けている人は見かけますが、
コレはルーマニアの「ミハイ勇敢公勲章2級」のようです。
次のページの写真も良いですね。
右からフォン・クライスト、テオドール・"第9軍"・ブッセ、総統、そしてマンシュタインですが、
もう、ヒトラーみたいな素人に地図見られるのがホント嫌だ・・って顔ですよね。
ハッソ・フォン・"装甲軍"・マントイフェルに
エーリッヒ・"ノルマンディ"・マルクスと続き、
降下猟兵のボス的存在のオイゲン・マインドルのこの写真も大好きです。
首元の柏葉章だけではなく、左胸には第1次大戦と第2次大戦の1級鉄十字章に加え、
降下猟兵バッジに、空軍地上部隊突撃章、ボタンには冬季東部戦線従軍章、
左腕にはナルヴィク・シールド、そしてクレタのカフタイトル・・。
最後にはノルマンディでも激闘を繰り広げるわけですから、まさに「鉄人」ですね。。
「M」も多いドイツ人。。ヴァルター・"破局将軍"・モーデルに、
2番目の柏葉受章者メルダース。
1941年の11月に事故死した彼もやっぱりポートレートのカラー写真ではなく、
飛行場でケッセルリンクと談笑している写真が使われていました。
本書はカラー写真じゃないとダメなのはわかりますが、
クレッチマーってカラー写真一枚もないんですかね?? クドくてすいません。。
ヨアヒム・ミュンヘベルクにヴァルター・ノヴォトニーと高名なエース・パイロットの2人。
特にノヴォトニーら4人の集合写真は右端にギュンター・"275機撃墜"・ラル、
左端にいるのは、プリンツ・ヴィトゲンシュタイン・・。いま気がつきました。。
ノヴォトニーは去年に「撃墜王ヴァルテル・ノヴォトニー」という本が出たんですが、
なぜか読む気がしません。表紙がヒドイからかなぁ。。
「O」はヴァルター・"JG1"・エーザウ、
ヘルマン・フォン・"第21装甲師団"・オッペルン=ブロニコフスキー、
マックス=ヘルムート・"童顔No.1"・オスターマンとなかなか良い面子が連発しています。
「P」ではやっぱりヨゼフ・"史上最大の作戦"・プリラーが3ページと別格の扱いで
ヨアヒム・"バルジの戦い"・パイパーと
ディートリッヒ・"爆撃機隊総監"・ペルツが左右で登場。
2人ともイイ男ですが、眉毛が繋がっていますぜ。。
高名なパイロットが印象的だったこの第2巻ですが、
「L」に大好きなギュンター・リュッツォウが出ていないのにも気づきました。
ホント、なんでよ・・。