第2次大戦 ドイツ武装親衛隊Ⅱ [武装SS]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
グランドパワー別冊の「ドイツ武装親衛隊Ⅱ」を読破しました。
3月の「ドイツ武装親衛隊Ⅰ 」の内容を自分でも驚くほど覚えておらず、
逆に「これはラッキー・・」ということで、1999年に出た続編も読んでみました。
<Ⅰ>と同じく160ページ、定価2350円のデルタ出版です。早速、行きましょう!
まず4ページは「武装親衛隊カラー・アルバム」です。
不発のカチューシャ・ロケット弾を眺めるSS兵たちの写真に、
第二次世界大戦ブックス「ナチ武装親衛隊」の表紙となっている写真、
それからヨーヘン・パイパーの柏葉章ポートレートなどです。
続いて白黒の「武装親衛隊写真集」で、ヒトラーの写真が8枚ほど。
「ヒトラーのテーブル・トーク1941‐1944〈上〉」で紹介した個人的に好きな1枚、
1932年の遊説中、ボディガードを務めるシャウプ、ゼップ、ダリューゲの錚々たる面々も。
ヒムラーは17枚で、1939年1月28日の「ドイツ警察の日」の祝辞を述べる1枚が好きですね。
ややニヤケ顔で、キャプションも「エー、全国警察の皆様」。
「将官と指揮官たち」では、ギレ、フェルプス、クリューガーといった武装SS師団長の他、
あんまり関係のない、ハイドリヒやオットー・ディートリッヒ、ガウライターのフォルスター、
リッベントロップまでが登場します。SSの制服を着ているのが理由のようですね。
1923年のSA隊長といわれる鈎十字鉄帽姿のゲーリングは、
まだ戦後5年ですから「デブ」とは言わせません。あくまで「ムッチリ」としてるだけ。。
そして「ライプシュタンダルテ」、「ダス・ライヒ」、「トーテンコップ」の各装甲師団の戦場写真。
まぁ、わり合い有名な写真が中心です。
そのなかでは不鮮明ながらも、1940年7月29日にシャンゼンゼ通りをパレードする
ライプシュタンダルテの車両と、それを眺めるゼップとハウサー、そしてルントシュテット。
外国人部隊では「ヴィーキング師団写真集」のハック少佐の爽やかな笑顔が・・。
「ノルトラント」の鹵獲SU-76っていうのは面白いですね。
50ページからは各武装SS師団の「プロフィール」です。
SS第1装甲師団である「ライプシュタンダルテ」が1938年に連隊としてベルリンで編成され、
ポーランドからアルデンヌ、最後はオーストリアで戦い、騎士十字章者は58名排出・・、
といったことを簡潔に紹介しています。
写真も1ページに2枚ほど掲載され、ここではベルリンのリヒターフェルデ・ヴェストにあった
連隊の正面入り口や、衛兵の交代式の様子。
「ダス・ライヒ」ではノルマンディにおけるフォン・シュヴァッペンブルクと
ラマーディング師団長の2ショット写真がレアですね。
そのままSS第38擲弾兵師団「ニーベルンゲン」まで一気に取り上げています。
ややこしいんですが、次には7個の装甲師団をもっと詳しく紹介。
「ホーエンシュタウフェン」では、鹵獲ジープで負傷した英国兵を乗せている写真が・・!
コレは、あの「マーケット・ガーデン作戦」ですね。「遠すぎた橋」でいう一時休戦シーンかな??
ちなみに今の気分で戦争映画Best.3を選ぶとすれば、
1位、「大脱走」、2位、「Uボート」、3位がこの「遠すぎた橋」ですね。
共通点としてはストーリーと関係のない女が出てこない(恋愛ドラマの要素ゼロ)、
名作映画には名テーマ曲が存在するということです。
第12SS装甲師団「ヒトラーユーゲント」なら本部前の集合写真。
フリッツ・ヴィット師団長の誕生日の際の1枚だそうで、
中央でヴィットと会話しているSS大佐がパンツァー・マイヤーで、
後ろの戦車服はヴュンシェ、あと2人くらいはわかりますが、いかがでしょう。
本書の中央には帽章、肩章、カフタイトルなどが4ページ、カラーで出てきました。
そして「武装親衛隊とユニフォーム」へと続いていきます。
ゼップの実物の革コートに、「ナチス親衛隊装備大図鑑」に出ていた「特技章(職掌徽章)」、
SS2等兵~SS大将までの襟章のイラストや、義勇兵部隊の個性的な襟章も・・。
各師団の戦術記号に外国人部隊の袖章。
一番、惹かれたのは、1931年までSSも使用していたという、初期の「SAバックル」です。
「ハーケンクロイツ」の形が特徴です。
ヘルメットも10数枚の写真で細かく分析した後、1939年~1945年の西部戦線へ。
「ドイツ武装親衛隊」ではカラーで「1940年4月の射撃訓練中のポリツァイ師団」と
書かれていたのと同じ写真が、本書では「1940年5月、西方戦役で戦闘中」となっていました。
ホント、写真のキャプションっていうのは難しいですね。
東部戦線の写真も20ページほど。
SS重戦車大隊のティーガーや、パンターの写真が多くなってきます。
「武装SSの小火器」は最近、勉強中なので興味深かったですね。
特に制式ライフルの「Kar98k」が陸軍からキチンと回ってこないために、
業を煮やしたヒムラーが「ダッハウ強制収容所」に小火器工場を造って、
警察と武装SSへの部品供給を開始した・・と写真付きです。
照明弾や小銃榴弾も囚人に作らせ、雇い上げた人間が品質を検査。。
この手の本では、「髑髏部隊」以外に強制収容所にはあまり触れないものですが、
良い視点だと思います。
本書のメインは138ページからでしょうか。
「空飛ぶ親衛隊 降下猟兵500大隊」の特集です。
クルト・リブカSS大尉のもと、パルチザンの首領チトー抹殺のための
「ロッセルスプリュング(騎士の跳躍)作戦」を決行。
しかし、チトーを取り逃がし、1個小隊がユーゴ・パルチザンに包囲されてなぶり殺し・・。
墓地で包囲された部隊も夜を徹しての白兵戦を耐え凌ぐと、
遂にプリンツ・オイゲン師団が救援に現れ、降下猟兵たちの勝どきがあがるのでした・・。
以前に、「WW2ドイツの特殊作戦」でも紹介したこの作戦ですが、
9枚ほどの大きな写真で、8ページ、キッチリとした戦記として良い出来です。
最後は「SS装甲軍団 プロホロフカの激闘」と、「ヨーロッパSSの戦い」で、
前者はもう有名なクルスク南部の大戦車戦、
本書ではこのプロホロフカだけを取り上げて、「SSの勝ち」と分析。
神妙に会話するハウサー軍団長と、「ダス・ライヒ」の連隊長シュタドラーの2ショット・・
なんて激レアな写真がありますが、キャプションでは「LAH」連隊長となっており、
テンションを上げておいて、一気に落とすというイヤラシイ作りです。。
後者はオランダ人、デンマーク人らから成る「ノルトラント師団」を中心とした
「ナルヴァの戦い」を解説したものですが、「泥まみれの虎」は出てきませんよ。
「ドイツ武装親衛隊」でも書きましたが、本書はレア本のようでなかなか売っていません。
突っ込みどころが所々あるのは否めませんが、
まぁ、ソコはあくまで「雑誌」ですから、気楽に楽しむべきでしょう。
「武装SS戦場写真集」と、「第5SS装甲師団「ヴィーキング」写真集 大平原の海賊たちII 」も
ぼちぼちかな・・。
9
グランドパワー別冊の「ドイツ武装親衛隊Ⅱ」を読破しました。
3月の「ドイツ武装親衛隊Ⅰ 」の内容を自分でも驚くほど覚えておらず、
逆に「これはラッキー・・」ということで、1999年に出た続編も読んでみました。
<Ⅰ>と同じく160ページ、定価2350円のデルタ出版です。早速、行きましょう!
まず4ページは「武装親衛隊カラー・アルバム」です。
不発のカチューシャ・ロケット弾を眺めるSS兵たちの写真に、
第二次世界大戦ブックス「ナチ武装親衛隊」の表紙となっている写真、
それからヨーヘン・パイパーの柏葉章ポートレートなどです。
続いて白黒の「武装親衛隊写真集」で、ヒトラーの写真が8枚ほど。
「ヒトラーのテーブル・トーク1941‐1944〈上〉」で紹介した個人的に好きな1枚、
1932年の遊説中、ボディガードを務めるシャウプ、ゼップ、ダリューゲの錚々たる面々も。
ヒムラーは17枚で、1939年1月28日の「ドイツ警察の日」の祝辞を述べる1枚が好きですね。
ややニヤケ顔で、キャプションも「エー、全国警察の皆様」。
「将官と指揮官たち」では、ギレ、フェルプス、クリューガーといった武装SS師団長の他、
あんまり関係のない、ハイドリヒやオットー・ディートリッヒ、ガウライターのフォルスター、
リッベントロップまでが登場します。SSの制服を着ているのが理由のようですね。
1923年のSA隊長といわれる鈎十字鉄帽姿のゲーリングは、
まだ戦後5年ですから「デブ」とは言わせません。あくまで「ムッチリ」としてるだけ。。
そして「ライプシュタンダルテ」、「ダス・ライヒ」、「トーテンコップ」の各装甲師団の戦場写真。
まぁ、わり合い有名な写真が中心です。
そのなかでは不鮮明ながらも、1940年7月29日にシャンゼンゼ通りをパレードする
ライプシュタンダルテの車両と、それを眺めるゼップとハウサー、そしてルントシュテット。
外国人部隊では「ヴィーキング師団写真集」のハック少佐の爽やかな笑顔が・・。
「ノルトラント」の鹵獲SU-76っていうのは面白いですね。
50ページからは各武装SS師団の「プロフィール」です。
SS第1装甲師団である「ライプシュタンダルテ」が1938年に連隊としてベルリンで編成され、
ポーランドからアルデンヌ、最後はオーストリアで戦い、騎士十字章者は58名排出・・、
といったことを簡潔に紹介しています。
写真も1ページに2枚ほど掲載され、ここではベルリンのリヒターフェルデ・ヴェストにあった
連隊の正面入り口や、衛兵の交代式の様子。
「ダス・ライヒ」ではノルマンディにおけるフォン・シュヴァッペンブルクと
ラマーディング師団長の2ショット写真がレアですね。
そのままSS第38擲弾兵師団「ニーベルンゲン」まで一気に取り上げています。
ややこしいんですが、次には7個の装甲師団をもっと詳しく紹介。
「ホーエンシュタウフェン」では、鹵獲ジープで負傷した英国兵を乗せている写真が・・!
コレは、あの「マーケット・ガーデン作戦」ですね。「遠すぎた橋」でいう一時休戦シーンかな??
ちなみに今の気分で戦争映画Best.3を選ぶとすれば、
1位、「大脱走」、2位、「Uボート」、3位がこの「遠すぎた橋」ですね。
共通点としてはストーリーと関係のない女が出てこない(恋愛ドラマの要素ゼロ)、
名作映画には名テーマ曲が存在するということです。
第12SS装甲師団「ヒトラーユーゲント」なら本部前の集合写真。
フリッツ・ヴィット師団長の誕生日の際の1枚だそうで、
中央でヴィットと会話しているSS大佐がパンツァー・マイヤーで、
後ろの戦車服はヴュンシェ、あと2人くらいはわかりますが、いかがでしょう。
本書の中央には帽章、肩章、カフタイトルなどが4ページ、カラーで出てきました。
そして「武装親衛隊とユニフォーム」へと続いていきます。
ゼップの実物の革コートに、「ナチス親衛隊装備大図鑑」に出ていた「特技章(職掌徽章)」、
SS2等兵~SS大将までの襟章のイラストや、義勇兵部隊の個性的な襟章も・・。
各師団の戦術記号に外国人部隊の袖章。
一番、惹かれたのは、1931年までSSも使用していたという、初期の「SAバックル」です。
「ハーケンクロイツ」の形が特徴です。
ヘルメットも10数枚の写真で細かく分析した後、1939年~1945年の西部戦線へ。
「ドイツ武装親衛隊」ではカラーで「1940年4月の射撃訓練中のポリツァイ師団」と
書かれていたのと同じ写真が、本書では「1940年5月、西方戦役で戦闘中」となっていました。
ホント、写真のキャプションっていうのは難しいですね。
東部戦線の写真も20ページほど。
SS重戦車大隊のティーガーや、パンターの写真が多くなってきます。
「武装SSの小火器」は最近、勉強中なので興味深かったですね。
特に制式ライフルの「Kar98k」が陸軍からキチンと回ってこないために、
業を煮やしたヒムラーが「ダッハウ強制収容所」に小火器工場を造って、
警察と武装SSへの部品供給を開始した・・と写真付きです。
照明弾や小銃榴弾も囚人に作らせ、雇い上げた人間が品質を検査。。
この手の本では、「髑髏部隊」以外に強制収容所にはあまり触れないものですが、
良い視点だと思います。
本書のメインは138ページからでしょうか。
「空飛ぶ親衛隊 降下猟兵500大隊」の特集です。
クルト・リブカSS大尉のもと、パルチザンの首領チトー抹殺のための
「ロッセルスプリュング(騎士の跳躍)作戦」を決行。
しかし、チトーを取り逃がし、1個小隊がユーゴ・パルチザンに包囲されてなぶり殺し・・。
墓地で包囲された部隊も夜を徹しての白兵戦を耐え凌ぐと、
遂にプリンツ・オイゲン師団が救援に現れ、降下猟兵たちの勝どきがあがるのでした・・。
以前に、「WW2ドイツの特殊作戦」でも紹介したこの作戦ですが、
9枚ほどの大きな写真で、8ページ、キッチリとした戦記として良い出来です。
最後は「SS装甲軍団 プロホロフカの激闘」と、「ヨーロッパSSの戦い」で、
前者はもう有名なクルスク南部の大戦車戦、
本書ではこのプロホロフカだけを取り上げて、「SSの勝ち」と分析。
神妙に会話するハウサー軍団長と、「ダス・ライヒ」の連隊長シュタドラーの2ショット・・
なんて激レアな写真がありますが、キャプションでは「LAH」連隊長となっており、
テンションを上げておいて、一気に落とすというイヤラシイ作りです。。
後者はオランダ人、デンマーク人らから成る「ノルトラント師団」を中心とした
「ナルヴァの戦い」を解説したものですが、「泥まみれの虎」は出てきませんよ。
「ドイツ武装親衛隊」でも書きましたが、本書はレア本のようでなかなか売っていません。
突っ込みどころが所々あるのは否めませんが、
まぁ、ソコはあくまで「雑誌」ですから、気楽に楽しむべきでしょう。
「武装SS戦場写真集」と、「第5SS装甲師団「ヴィーキング」写真集 大平原の海賊たちII 」も
ぼちぼちかな・・。
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タグ:パウル・ハウサー ルントシュテット リッベントロップ ユリウス・シャウプ ダリューゲ カチューシャ・ロケット 武装SS ゼップ・ディートリッヒ ヒムラー ゲーリング ハイドリヒ オットー・ディートリッヒ フォルスター オットー・ギレ アルトゥール・フェルプス ヴァルター・クリューガー ライプシュタンダルテ ダス・ライヒ トーテンコップ ヴィーキング ノルトラント シュヴァッペンブルク ラマーディング ヒトラー・ユーゲント フリッツ・ヴィット クルト・マイヤー ヴュンシェ SS警察師団 パンター ダッハウ チトー SS第500降下大隊 クルスク プロホロフカ シュタドラー ナルヴァ プリンツ・オイゲン師団
第2次大戦 ドイツ武装親衛隊 [武装SS]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
グランドパワー別冊の「ドイツ武装親衛隊」を再度、読破しました。
去年に2冊紹介したグランドパワー別冊の「ドイツ海軍 Uボート」。
本棚を整理していたら8年ほど前に購入した同じくグランドパワー別冊の本書が出てきました。
1996年に出版された160ページ、定価2350円のデルタ出版です。
もう内容はまったく覚えていませんし、
スッカリ武装SSに飢えていますので、気晴らしに楽しんでみましょう。
表紙をめくると、いきなり有名な「ヴィットマン・クルー」の写真がお出迎え・・。
それから8ページは「武装親衛隊カラー・アルバム」です。
そしてベルヒテスガーデンのゼップ・ディートリッヒ。
SS騎兵旅団など、ココで過去に紹介した写真の他、ポリツァイ師団、
コサック騎兵師団や、砲撃訓練に励む、ムスリムの「ハントシャール」のカラー写真など・・。
本文の100ページは白黒の「武装親衛隊写真集」です。
まずはポーランド戦の勝利を労うヒトラーが固く握手するヘルメット姿のゼップと、
それを見つめるマックス・ヴュンシェ。
続いては1930年代のライプシュタンダルテの写真が中心です。
1934年2月の第1中隊はフリッツ・ヴィットSS中尉がボスですね。
上段、真ん中からチョイ左 ↓ の将校帽がヴィットです。
「将軍と将校たち」では、ロンメルと談笑するゼップも良いですが、
降下猟兵の大御所マインドルとパウル・ハウサーの写真もナイスですね~。
本書には掲載されているものではありませんが、
ハウサー、ロンメル、マインドルのスリーショットはこんな感じ。同じときの写真かな??
いや~、こんな3人が前から歩いてきたら、反射的に直立不動。。漏らすかも・・。
「プリンツ・オイゲン」師団長のアルトゥール・フェルプスの写真は2枚。
ルーマニア軍の将軍から武装SSに転身したという変わり種の人で、
めでたく独破戦線初登場となりました。
その他、有名な武装SSの将軍が目白押しです。
シュタイナー、ギレ、ビットリッヒ、クリューガー、クム、フェーゲライン・・。
「眼つきが妖しい・・」とキャプションに書かれているのは、ディルレヴァンガーです。
ただ、1936年、ダッハウ強制収容所を視察したロベルト・ライと、アイケの写真ですが、
アイケとされているのはSS少佐ですし、別人でしょう。
本書のとは違う別の写真では ↓ 確かにアイケがいるんですけどね。
「闘う兵士たち」ではティーガー戦車の砲塔内の写真が良い感じです。
また「ヒトラーユーゲント」師団のオートバイ隊と書かれている下の写真ですが、
コレも1940年の西部戦線という説もある有名な写真です。
ただし、「兵士たちのゴーグルの形状が皆違うのが面白い」というキャプションは
そのとおりですね。
「Kar98K小銃を構えて歩哨に立つ"ダス・ライヒ"師団の兵士」。
1942年夏のロシアなので、藁の下は裸と推測しています。フルちんかな??
「ポーランド・バルカン・イタリア」では、「カマ(クロアチア第2)」という珍しい写真が・・。
しかし写っている氏名不詳の将軍がカール=グスタフ・ザウバーツヴァイクに似ているので、
「ハントシャール(クロアチア第1)」かも知れません。
「西部戦線」では、パリの凱旋門付近を走るパンターに、SS重戦車大隊のティーガー。
そして「バルジの戦い」での写真です。
「東部戦線」ではハリコフの戦いとクルスクの戦い、有名な写真も多いですね。
「捕虜・負傷・戦死」では、ヒトラーユーゲント師団の若い兵士たちの姿・・。
「武装親衛隊の小火器」。
MG34機銃から、対戦車地雷の設置まで。
ルガーP08、ワルサーP38の他に、モーゼルC96も出てきました。
あ~、コレは久しぶりに見ました。木製ストックが付けられた写真も掲載されていて、
子供の頃、憧れたもんです。。超合金の合体するヤツとか好きだったし。。
「武装親衛隊の戦車」は、ロシア南部と思われるヤークトパンターがまず出てきますが、
ホントに武装SSのヤークトパンターなのかは疑問です。
それから騎馬兵から書類をもらうナースホルン、いいアングルですね。
「武装親衛隊の求人ポスター」も10枚ありました。
ノルウェー向けや、ドイツの若者向けなど、いくつかは紹介しているものですが、
オランダ向けのポスターのオジさんは、著名なパウル・クルーガーという人物だそうで、
調べてみると、南アフリカ、トランスヴァール共和国の初代大統領として、
英国相手にしたボーア戦争の英雄のようです。
109ページからは文章を中心とした「武装親衛隊の歴史」です。
アルゲマイネ(一般)SSの誕生から、SA、レームの粛清「長いナイフの夜」、
そしてヒトラーの護衛部隊としての「ライプシュタンダルテ」と、
SS-VTの「ドイッチュラント」、「ゲルマニア」、「デア・フューラー」連隊。
前者はヒトラーとゼップ・ディートリッヒとの友情が、SS内でも独立的な地位を可能とし、
SS全国指導者であるヒムラーも戦前に、こう語っていたそうです。
「ライプシュタンダルテは治外法権である」。
そして陸軍バリの訓練を受けるSS-VTもパウル・ハウサーに仕切られ、
手出しの出来ないヒムラー・・。
そこで強制収容所部隊である、テオドール・アイケの「髑髏部隊」を
自分を目立たせるための戦闘部隊として訓練させ、前線に投入。
このようにシンプルながら面白い解説が続きますが、
誤植というか、誤字が多いのがイタイですね。
例えば、いきなり「セオドア・マイケ」って人が出てくると厳しいです。。
フェリックス・シュタイナーも度々、「スタイナー」になりますし、
ベオグラードに突入したフリッツ・クリンゲンベルクに至っては、
「クリンゲルベルク」だったり、「クリンゲン・ベルク」と、残念ながら全て不正解。。
フォン・ファルケンホルスト将軍も「フォン・ファルケン・ホルスト」になったり、
余計な区切りが笑えます。
騎士十字章受章者も詳しく書かれているのは良いんですが、
クルト・マイヤー・・・最終経歴:SS旅団指揮官兼武装SS少尉(HJ師団長で柏葉)
とか、少尉で師団長はないだろう・・ってトコですね。
まぁ、それでも40ページほど、写真も1ベージに1枚以上掲載しながら、
この複雑な武装SS興亡史をうまくまとめていると思います。
1944年~1945年の師団一覧表もありますし、充分ですね。
148ページからは最後の章、「武装親衛隊紳士録」です。
ドイツ語名はありませんがアルファベット順で、まずはバッハ=ツェレウスキから。
次はウィルヘルム・ビトリシですか、本書はビットリッヒはビトリシで統一しています。
第6SS山岳師団「ノルト」を率いたカール・ハインリヒ・ブレンナーは、
「ドイツ武装SS師団写真史〈1〉」で、元妻がゼップに・・・って話で登場しましたっけ。
あとは先に名前を挙げた有名どころは写真付きで紹介され、
クルト・フォン・ゴットベルクは第12SS軍団長という経歴、
ハインツ・ハルメル、フリードリヒ・イェッケルン、
マティアス・クラインハイスターカンプは、ビットリッヒの次の「ダス・ライヒ」師団長。
フーゴ・クラース、ハインツ・ラマーディング、ヴィルヘルム・モーンケ、
「フロリアン・ガイエル」師団長などを務めたグスタフ・ロンバルトはフェーゲラインと並ぶ
SS騎兵史に残る名として紹介されます。
ヴェルナー・オステンドルフは「ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン」師団長を務め、
ノルマンディで、あのフォン・デア・ハイデと激論した人ですね。。
それからヘルマン・プリースも。
ライネフェルトは1940年の西方戦で陸軍軍曹として騎士十字章を受章し、
「どこをどう出世したのか不明だが、1944年夏には警察少将になっており・・」と、
ワルシャワ蜂起鎮圧の顔つきその他、個人的にも興味ある人物なんですよね。
まだまだ、マックス・ジーモンにスコルツェニー、シルベスター・シュタドラー、
ユルゲン・ヴァーグナー、テオドール・ヴィッシュにフリッツ・ヴィットなどと続きます。
この下の写真も本書に掲載されているものではありませんが、好きな一枚、
ヴィッシュに「お前はアホか・・」とばかりに睨まれているのは、ヨッヘン・パイパー。。
写真中心の一冊とはいえ、鮮明じゃないもの、有名すぎる写真も多いですし、
キャプションも100%信じられないですが、なかなか楽しめました。
続編も持っていますので、また武装SSロスになったら読んでみます。
また本書は現在、レア物なようで、ヤフオクにはありますが、amazonでは手に入りません。
amazonに「グランドパワー別冊 ドイツ武装親衛隊【改訂版】2010年11月号」がありますが、
調べたところ、こちらは本書の改訂版ではなく、
1990年の別冊「武装SS大平原の決闘(1),(2)」の合本再編集版のようです。
グランドパワー別冊の「ドイツ武装親衛隊」を再度、読破しました。
去年に2冊紹介したグランドパワー別冊の「ドイツ海軍 Uボート」。
本棚を整理していたら8年ほど前に購入した同じくグランドパワー別冊の本書が出てきました。
1996年に出版された160ページ、定価2350円のデルタ出版です。
もう内容はまったく覚えていませんし、
スッカリ武装SSに飢えていますので、気晴らしに楽しんでみましょう。
表紙をめくると、いきなり有名な「ヴィットマン・クルー」の写真がお出迎え・・。
それから8ページは「武装親衛隊カラー・アルバム」です。
そしてベルヒテスガーデンのゼップ・ディートリッヒ。
SS騎兵旅団など、ココで過去に紹介した写真の他、ポリツァイ師団、
コサック騎兵師団や、砲撃訓練に励む、ムスリムの「ハントシャール」のカラー写真など・・。
本文の100ページは白黒の「武装親衛隊写真集」です。
まずはポーランド戦の勝利を労うヒトラーが固く握手するヘルメット姿のゼップと、
それを見つめるマックス・ヴュンシェ。
続いては1930年代のライプシュタンダルテの写真が中心です。
1934年2月の第1中隊はフリッツ・ヴィットSS中尉がボスですね。
上段、真ん中からチョイ左 ↓ の将校帽がヴィットです。
「将軍と将校たち」では、ロンメルと談笑するゼップも良いですが、
降下猟兵の大御所マインドルとパウル・ハウサーの写真もナイスですね~。
本書には掲載されているものではありませんが、
ハウサー、ロンメル、マインドルのスリーショットはこんな感じ。同じときの写真かな??
いや~、こんな3人が前から歩いてきたら、反射的に直立不動。。漏らすかも・・。
「プリンツ・オイゲン」師団長のアルトゥール・フェルプスの写真は2枚。
ルーマニア軍の将軍から武装SSに転身したという変わり種の人で、
めでたく独破戦線初登場となりました。
その他、有名な武装SSの将軍が目白押しです。
シュタイナー、ギレ、ビットリッヒ、クリューガー、クム、フェーゲライン・・。
「眼つきが妖しい・・」とキャプションに書かれているのは、ディルレヴァンガーです。
ただ、1936年、ダッハウ強制収容所を視察したロベルト・ライと、アイケの写真ですが、
アイケとされているのはSS少佐ですし、別人でしょう。
本書のとは違う別の写真では ↓ 確かにアイケがいるんですけどね。
「闘う兵士たち」ではティーガー戦車の砲塔内の写真が良い感じです。
また「ヒトラーユーゲント」師団のオートバイ隊と書かれている下の写真ですが、
コレも1940年の西部戦線という説もある有名な写真です。
ただし、「兵士たちのゴーグルの形状が皆違うのが面白い」というキャプションは
そのとおりですね。
「Kar98K小銃を構えて歩哨に立つ"ダス・ライヒ"師団の兵士」。
1942年夏のロシアなので、藁の下は裸と推測しています。フルちんかな??
「ポーランド・バルカン・イタリア」では、「カマ(クロアチア第2)」という珍しい写真が・・。
しかし写っている氏名不詳の将軍がカール=グスタフ・ザウバーツヴァイクに似ているので、
「ハントシャール(クロアチア第1)」かも知れません。
「西部戦線」では、パリの凱旋門付近を走るパンターに、SS重戦車大隊のティーガー。
そして「バルジの戦い」での写真です。
「東部戦線」ではハリコフの戦いとクルスクの戦い、有名な写真も多いですね。
「捕虜・負傷・戦死」では、ヒトラーユーゲント師団の若い兵士たちの姿・・。
「武装親衛隊の小火器」。
MG34機銃から、対戦車地雷の設置まで。
ルガーP08、ワルサーP38の他に、モーゼルC96も出てきました。
あ~、コレは久しぶりに見ました。木製ストックが付けられた写真も掲載されていて、
子供の頃、憧れたもんです。。超合金の合体するヤツとか好きだったし。。
「武装親衛隊の戦車」は、ロシア南部と思われるヤークトパンターがまず出てきますが、
ホントに武装SSのヤークトパンターなのかは疑問です。
それから騎馬兵から書類をもらうナースホルン、いいアングルですね。
「武装親衛隊の求人ポスター」も10枚ありました。
ノルウェー向けや、ドイツの若者向けなど、いくつかは紹介しているものですが、
オランダ向けのポスターのオジさんは、著名なパウル・クルーガーという人物だそうで、
調べてみると、南アフリカ、トランスヴァール共和国の初代大統領として、
英国相手にしたボーア戦争の英雄のようです。
109ページからは文章を中心とした「武装親衛隊の歴史」です。
アルゲマイネ(一般)SSの誕生から、SA、レームの粛清「長いナイフの夜」、
そしてヒトラーの護衛部隊としての「ライプシュタンダルテ」と、
SS-VTの「ドイッチュラント」、「ゲルマニア」、「デア・フューラー」連隊。
前者はヒトラーとゼップ・ディートリッヒとの友情が、SS内でも独立的な地位を可能とし、
SS全国指導者であるヒムラーも戦前に、こう語っていたそうです。
「ライプシュタンダルテは治外法権である」。
そして陸軍バリの訓練を受けるSS-VTもパウル・ハウサーに仕切られ、
手出しの出来ないヒムラー・・。
そこで強制収容所部隊である、テオドール・アイケの「髑髏部隊」を
自分を目立たせるための戦闘部隊として訓練させ、前線に投入。
このようにシンプルながら面白い解説が続きますが、
誤植というか、誤字が多いのがイタイですね。
例えば、いきなり「セオドア・マイケ」って人が出てくると厳しいです。。
フェリックス・シュタイナーも度々、「スタイナー」になりますし、
ベオグラードに突入したフリッツ・クリンゲンベルクに至っては、
「クリンゲルベルク」だったり、「クリンゲン・ベルク」と、残念ながら全て不正解。。
フォン・ファルケンホルスト将軍も「フォン・ファルケン・ホルスト」になったり、
余計な区切りが笑えます。
騎士十字章受章者も詳しく書かれているのは良いんですが、
クルト・マイヤー・・・最終経歴:SS旅団指揮官兼武装SS少尉(HJ師団長で柏葉)
とか、少尉で師団長はないだろう・・ってトコですね。
まぁ、それでも40ページほど、写真も1ベージに1枚以上掲載しながら、
この複雑な武装SS興亡史をうまくまとめていると思います。
1944年~1945年の師団一覧表もありますし、充分ですね。
148ページからは最後の章、「武装親衛隊紳士録」です。
ドイツ語名はありませんがアルファベット順で、まずはバッハ=ツェレウスキから。
次はウィルヘルム・ビトリシですか、本書はビットリッヒはビトリシで統一しています。
第6SS山岳師団「ノルト」を率いたカール・ハインリヒ・ブレンナーは、
「ドイツ武装SS師団写真史〈1〉」で、元妻がゼップに・・・って話で登場しましたっけ。
あとは先に名前を挙げた有名どころは写真付きで紹介され、
クルト・フォン・ゴットベルクは第12SS軍団長という経歴、
ハインツ・ハルメル、フリードリヒ・イェッケルン、
マティアス・クラインハイスターカンプは、ビットリッヒの次の「ダス・ライヒ」師団長。
フーゴ・クラース、ハインツ・ラマーディング、ヴィルヘルム・モーンケ、
「フロリアン・ガイエル」師団長などを務めたグスタフ・ロンバルトはフェーゲラインと並ぶ
SS騎兵史に残る名として紹介されます。
ヴェルナー・オステンドルフは「ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン」師団長を務め、
ノルマンディで、あのフォン・デア・ハイデと激論した人ですね。。
それからヘルマン・プリースも。
ライネフェルトは1940年の西方戦で陸軍軍曹として騎士十字章を受章し、
「どこをどう出世したのか不明だが、1944年夏には警察少将になっており・・」と、
ワルシャワ蜂起鎮圧の顔つきその他、個人的にも興味ある人物なんですよね。
まだまだ、マックス・ジーモンにスコルツェニー、シルベスター・シュタドラー、
ユルゲン・ヴァーグナー、テオドール・ヴィッシュにフリッツ・ヴィットなどと続きます。
この下の写真も本書に掲載されているものではありませんが、好きな一枚、
ヴィッシュに「お前はアホか・・」とばかりに睨まれているのは、ヨッヘン・パイパー。。
写真中心の一冊とはいえ、鮮明じゃないもの、有名すぎる写真も多いですし、
キャプションも100%信じられないですが、なかなか楽しめました。
続編も持っていますので、また武装SSロスになったら読んでみます。
また本書は現在、レア物なようで、ヤフオクにはありますが、amazonでは手に入りません。
amazonに「グランドパワー別冊 ドイツ武装親衛隊【改訂版】2010年11月号」がありますが、
調べたところ、こちらは本書の改訂版ではなく、
1990年の別冊「武装SS大平原の決闘(1),(2)」の合本再編集版のようです。
タグ:オステンドルフ シュタドラー イェッケルン ティーガー パウル・ハウサー マインドル ロンメル フリッツ・ヴィット ライプシュタンダルテ ヴュンシェ ハントシャール 武装SS ヴィットマン プリンツ・オイゲン師団 アルトゥール・フェルプス ビットリッヒ ヴァルター・クリューガー オットー・クム フェーゲライン ディルレヴァンガー ロベルト・ライ アイケ ヒトラー・ユーゲント ダス・ライヒ パンター SS重戦車大隊 バルジの戦い ハリコフ クルスク ルガーP08 ワルサーP38 モーゼルC96 ヤークトパンター ナースホルン アルゲマイネSS 長いナイフの夜 ヒムラー クリンゲンベルク ファルケンホルスト クルト・マイヤー バッハ=ツェレウスキ ハルメル フーゴ・クラース ラマーディング モーンケ ヘルマン・プリース ライネフェルト マックス・ジーモン スコルツェニー ユルゲン・ヴァーグナー テオドール・ヴィッシュ
第5SS装甲師団「ヴィーキング」写真集 大平原の海賊たちⅠ [武装SS]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
石井 元章 著の「第5SS装甲師団「ヴィーキング」写真集 大平原の海賊たちⅠ」を読破しました。
今年の10月に出た、264ページで3990円の大判写真集。
スッカリ武装SSとはご無沙汰だったのもあって、新品を購入しました。
本書の写真は「SS戦友会」関係者からもたらされたもので、
大隊長(少佐)以上の指揮官クラスのみに配られたアルバムから提供された
1300枚を超える写真が掲載されているようです。
とりあえず、表紙をジックリと見てみましょう。
大きく書かれた「大平原の海賊たち」の文字。
コレは「ロシアの大平原で戦い続けたバイキング」という意味ですね。
上部の写真はパンター、下部のメガネの将官はオットー・ギレです。
そして「Viking」のカフタイトルをイメージした帯。ほぼ実物大のように感じます。
以上の4点を、手に取ってパッと理解できる人向けの一冊と言えます。
著者は40年に渡るドイツ軍装品と写真のコレクターだそうで、
過去にはあの「プライベート・ライアン」のドイツ語台詞を翻訳したり、
「最強の狙撃手」の軍事用語などのチェック、
「第2次大戦ドイツ軍装ガイド 」の監訳を行っているとのことです。
最初の10ページ程度は、ヴィーキング師団史です。
デンマーク、オランダ、ノルウェー、エストニア、フィンランド、ベルギー、スイスの義勇兵、
それから東部などのドイツ国外に住むドイツ人から成る特異なSS師団。
SS特務部隊(SS-VT)のひとつである「ゲルマニア連隊」に、新設の2個連隊、
「ノルトラント連隊」(デンマーク、ノルウェー出身)、
「ヴェストラント連隊」(オランダ、ベルギー出身)が誕生して、
第5SS機械化師団「ヴィーキング」が編成されます。
しかし、この師団史は、「SSと密接なキーワード」として、
反ユダヤ主義と反共産主義についても並行して語られているため、
正直、なんだか良くわかりません。。
リイド社の「SS-WIKING -第5SS師団の歴史1941-45-」の方が
師団史だけならわかりやすいでしょう。
また、本書の大きな特徴としては、「アルファベットに忠実な表記をする」ことで、
例えば、ゲルマニアは「ゲルマーニア」、ノルトラントは「ノルトゥラントゥ」、
ヴェストラントなら「ヴェストゥラントゥ」、デア・フューラーは「デル フューラー」という具合で
徹底されています。
こうして19ページから写真集が始まります。
「ヴィーキング師団の東方戦役」戦況図が掲載されていて、
1942年7月~1944年4月までの動きがわかります。
ただ、コーカサス(カフカス)山脈に行ったのはわかるにしても、
「青作戦」におけるA軍集団隷下・・といったことは一切わからないので、
まぁ、それが読み取れる人じゃないと・・。
そして早速、初代師団長のフェリックス・シュタイナーが不敵な笑みを浮かべて登場。
困ったことに、日付と場所がキャプションに書かれていないため、
「1943年4月14日まで師団長を務めた」ということと、背後に写っているSS兵の軍装、
それから戦況図などを組み合わせて、1942年夏から秋のコーカサスかな??
と、推測するしかありません。
次のページは雪を積って「クリスマス休暇であろうか?」という笑顔のSS兵の写真。
1942年の12月といえば、B軍集団がスターリングラードで絶体絶命になっている時であり、
ヴィーキングのA軍集団も、急いで撤退しなきゃ!って感じだと思ってたんですけどね。
それからラクダとロシア兵捕虜のほのぼのした写真など、切羽詰まった風ではありません。
破壊された装甲列車や、鹵獲したヴァレンタイン戦車を珍しげに検分するSS中尉と下士官。
「1942年の暮と思われる」とキャプションがありますが、その下には英語でも書かれています。
まるで洋書写真集の翻訳版みたいですが、この英文も著者が書いてるんでしょう。
SS中尉やSS大尉クラスでも氏名不明で、元の写真にはなんの情報もないのがわかります。
その分、軍装についての細かい解説は楽しめますね。
例えばの襟章のSSルーンの位置がおかしいと、
かつての「第2SSゲルマニア連隊」の襟章「SS2」から「2」を取っただけ・・と、
これでもかというほど分析します。
78ページにはドン川に架かる「マルシャル・アントネスク橋」を渡ります。
この写真で1943年2月、ロストフまで撤退したことがわかります。
ロストフの街でドイツ兵を恐れないロシア人たちや、女性を検診するSS軍医中尉殿。
誘っているかのような視線がなかなかエロくてよろしい・・と誉めたい1枚です。
シュタイナー以来の人名が。
高射砲大隊長のカール・ディービッチュSS大佐です。
そして97ページでは、巨大なアドラーのモニュメントが設置されたドニエプル川を・・。
もう1944年になりそうですね。
制帽に軍服、装備品と、軍装はバラエティ豊かです。
長い前線での生活、個人の好みに作り替えたり、いろいろとやっていますが、
実は帯の「Viking」のカフタイトルを付けている将兵は少ないんです。
カフをしているほんどがゲルマニア連隊のカフタイトルで、
それも旧型のゴシック文字タイプだったり、新型のラテン文字だったり・・。
「恐らくオットー・ペチュ中佐」と書かれた騎士十字章拝領者とナチス厚生省(NSV)女性職員。
彼女たちは安全地帯での食糧配給や負傷兵介護、避難民の世話が仕事だそうです。
肝っ玉の据わったおばちゃんたち見えるのはヴィトゲンシュタインだけでしょうか。。
ゲルマニア連隊長のユルゲン・ヴァーグナーSS准将はたっぷり出てきました。
著者はもともとドイツ軍装品コレクターですから、本書全体のキャプションは実に細かく、
将校服はテーラーメイドで、1929年~1942年に使用されたI型の襟章は准将だが、
肩章は大佐、手刺繍で縫い付けたドイツ十字章金章は私費購入品である・・などなど。
また、彼のような人物はキャプション以外にも、生年月日から詳しく経歴が書かれています。
こういうのは嬉しいですね。
勲章授与の閲兵式の様子も10数枚の連続写真で詳しく。
主役は第1装甲擲弾兵大隊長アウグスト・ディークマンSS少佐で、
20人程度の軍楽隊まで参加。
東部戦線でもデカいバスドラムまで帯同しているんですね。
ただ、連続写真というのは、動画を見ているかのような楽しさがある反面、
同じような写真を続けて見せられてもツマラナイ・・という方もいるでしょう。
途中、撃破したT-34や、Ⅲ号戦車は出てきましたが、
145ページからはティーガーにパンターが登場してきます。
このような戦車や各種砲など、掲載された兵器についても詳しく解説。
新兵器「パンツァーファウスト」の試射に立ち会うのは、
第3歩兵連隊長フランツ・ハックSS少佐です。
この後、MP43で掃討戦に参加するハック。
大喜びしていますが、右頬を怪我して、出血・・。
以前に紹介したことのある有名人、ハンス・ドーア(ハンス・ドル)SS少佐が姿を現します。
白兵戦章に、柏葉騎士十字章だけあって、貫録が違います。
名も無きSS伍長らの食事風景や、散髪の様子なども収められていて、
戦い続けながらも西へと撤退する彼らの生活もよく伝わってきます。
そして185ページから登場してきたのは、表紙の師団長、オットー・ギレ。
知らない方には学者風のおっさんにしか見えないかも知れませんが、
フィギアにもなっているほどの武装SSの超有名人。
続いて、パンターの砲塔から姿を現すのは、ヨハネス・ミューレンカンプSS大佐。
この辺りから1944年3月のコーヴェル(コヴェリ)の戦いの写真のようです。
小さな塹壕内にSS兵士と国防軍兵士が身を寄せ合い・・。
ミューレンカンプとハックも真剣な表情で指示を出しています。
この直前、1月から2月にかけては、あの「チェルカッシィ包囲戦」に巻き込まれた
ヴィーキングですが、さすがにその写真はないようです。
師団付きカメラマンにもそんな余裕がなかったか、
撮られたにしても、指揮官クラスに配るには不適切だったのかも知れません。
通話をする2等兵の向こうを通り過ぎるパンターの写真は良いですね。
特に迷彩が独特です。
それからこの写真も良い味出しています。
BMW750サイドカーに、Sd Kfz251装甲兵員輸送車、その後ろにパンターと
まさに「ザ・ドイツ軍」ですね。
撃破された3両のパンターから戦友の遺体を回収する連続写真は生々しい。
砲塔から何だかわからないほど焼け焦げた物体を運び出したり、
パンターの脇に置かれた2遺体の無残な姿・・。
途中、ギレ師団長の詳しい経歴で触れられていましたが、
このコーヴェルで包囲された部隊との連絡を回復したことで、
4月、ギレはヒトラーからダイヤモンド章を授かり、
疲弊していた師団にも8月まで休養が与えられたそうです。
1942年から時系列で進んできた本書はここで終わりますが、
この12月には本書の続編が出るようです。
詳しい内容はわかりませんが、流れからすると1944年5月~終戦まで・・、
ということになるのでしょうか。
何度か書いたように、とてもマニアックな写真集で、
初見の写真が多く、そしてとても鮮明です。
軍装についてのキャプションは異常と言えるほど詳細を極めていて、
お好きな方には大変、参考になるでしょう。
「SS戦友会」の写真ということでは大日本絵画の「武装SS戦場写真集」がありますが、
ひょっとしたら重複している写真があるかも知れませんね。
ず~と未読のままでしたから、買ってみようかなぁ。
その一方、大尉以下の氏名は不明で、日時と場所もキッチリ特定できていません。
ですから、ヴィーキング戦闘記録集や師団史といった類を期待したり、
戦記マニアの方には物足りなく感じるかも知れませんが、
東部戦線におけるドイツ軍の実像に興味がある方、
もちろん武装SSに飢えている方なら、買って損はないと思います。
石井 元章 著の「第5SS装甲師団「ヴィーキング」写真集 大平原の海賊たちⅠ」を読破しました。
今年の10月に出た、264ページで3990円の大判写真集。
スッカリ武装SSとはご無沙汰だったのもあって、新品を購入しました。
本書の写真は「SS戦友会」関係者からもたらされたもので、
大隊長(少佐)以上の指揮官クラスのみに配られたアルバムから提供された
1300枚を超える写真が掲載されているようです。
とりあえず、表紙をジックリと見てみましょう。
大きく書かれた「大平原の海賊たち」の文字。
コレは「ロシアの大平原で戦い続けたバイキング」という意味ですね。
上部の写真はパンター、下部のメガネの将官はオットー・ギレです。
そして「Viking」のカフタイトルをイメージした帯。ほぼ実物大のように感じます。
以上の4点を、手に取ってパッと理解できる人向けの一冊と言えます。
著者は40年に渡るドイツ軍装品と写真のコレクターだそうで、
過去にはあの「プライベート・ライアン」のドイツ語台詞を翻訳したり、
「最強の狙撃手」の軍事用語などのチェック、
「第2次大戦ドイツ軍装ガイド 」の監訳を行っているとのことです。
最初の10ページ程度は、ヴィーキング師団史です。
デンマーク、オランダ、ノルウェー、エストニア、フィンランド、ベルギー、スイスの義勇兵、
それから東部などのドイツ国外に住むドイツ人から成る特異なSS師団。
SS特務部隊(SS-VT)のひとつである「ゲルマニア連隊」に、新設の2個連隊、
「ノルトラント連隊」(デンマーク、ノルウェー出身)、
「ヴェストラント連隊」(オランダ、ベルギー出身)が誕生して、
第5SS機械化師団「ヴィーキング」が編成されます。
しかし、この師団史は、「SSと密接なキーワード」として、
反ユダヤ主義と反共産主義についても並行して語られているため、
正直、なんだか良くわかりません。。
リイド社の「SS-WIKING -第5SS師団の歴史1941-45-」の方が
師団史だけならわかりやすいでしょう。
また、本書の大きな特徴としては、「アルファベットに忠実な表記をする」ことで、
例えば、ゲルマニアは「ゲルマーニア」、ノルトラントは「ノルトゥラントゥ」、
ヴェストラントなら「ヴェストゥラントゥ」、デア・フューラーは「デル フューラー」という具合で
徹底されています。
こうして19ページから写真集が始まります。
「ヴィーキング師団の東方戦役」戦況図が掲載されていて、
1942年7月~1944年4月までの動きがわかります。
ただ、コーカサス(カフカス)山脈に行ったのはわかるにしても、
「青作戦」におけるA軍集団隷下・・といったことは一切わからないので、
まぁ、それが読み取れる人じゃないと・・。
そして早速、初代師団長のフェリックス・シュタイナーが不敵な笑みを浮かべて登場。
困ったことに、日付と場所がキャプションに書かれていないため、
「1943年4月14日まで師団長を務めた」ということと、背後に写っているSS兵の軍装、
それから戦況図などを組み合わせて、1942年夏から秋のコーカサスかな??
と、推測するしかありません。
次のページは雪を積って「クリスマス休暇であろうか?」という笑顔のSS兵の写真。
1942年の12月といえば、B軍集団がスターリングラードで絶体絶命になっている時であり、
ヴィーキングのA軍集団も、急いで撤退しなきゃ!って感じだと思ってたんですけどね。
それからラクダとロシア兵捕虜のほのぼのした写真など、切羽詰まった風ではありません。
破壊された装甲列車や、鹵獲したヴァレンタイン戦車を珍しげに検分するSS中尉と下士官。
「1942年の暮と思われる」とキャプションがありますが、その下には英語でも書かれています。
まるで洋書写真集の翻訳版みたいですが、この英文も著者が書いてるんでしょう。
SS中尉やSS大尉クラスでも氏名不明で、元の写真にはなんの情報もないのがわかります。
その分、軍装についての細かい解説は楽しめますね。
例えばの襟章のSSルーンの位置がおかしいと、
かつての「第2SSゲルマニア連隊」の襟章「SS2」から「2」を取っただけ・・と、
これでもかというほど分析します。
78ページにはドン川に架かる「マルシャル・アントネスク橋」を渡ります。
この写真で1943年2月、ロストフまで撤退したことがわかります。
ロストフの街でドイツ兵を恐れないロシア人たちや、女性を検診するSS軍医中尉殿。
誘っているかのような視線がなかなかエロくてよろしい・・と誉めたい1枚です。
シュタイナー以来の人名が。
高射砲大隊長のカール・ディービッチュSS大佐です。
そして97ページでは、巨大なアドラーのモニュメントが設置されたドニエプル川を・・。
もう1944年になりそうですね。
制帽に軍服、装備品と、軍装はバラエティ豊かです。
長い前線での生活、個人の好みに作り替えたり、いろいろとやっていますが、
実は帯の「Viking」のカフタイトルを付けている将兵は少ないんです。
カフをしているほんどがゲルマニア連隊のカフタイトルで、
それも旧型のゴシック文字タイプだったり、新型のラテン文字だったり・・。
「恐らくオットー・ペチュ中佐」と書かれた騎士十字章拝領者とナチス厚生省(NSV)女性職員。
彼女たちは安全地帯での食糧配給や負傷兵介護、避難民の世話が仕事だそうです。
肝っ玉の据わったおばちゃんたち見えるのはヴィトゲンシュタインだけでしょうか。。
ゲルマニア連隊長のユルゲン・ヴァーグナーSS准将はたっぷり出てきました。
著者はもともとドイツ軍装品コレクターですから、本書全体のキャプションは実に細かく、
将校服はテーラーメイドで、1929年~1942年に使用されたI型の襟章は准将だが、
肩章は大佐、手刺繍で縫い付けたドイツ十字章金章は私費購入品である・・などなど。
また、彼のような人物はキャプション以外にも、生年月日から詳しく経歴が書かれています。
こういうのは嬉しいですね。
勲章授与の閲兵式の様子も10数枚の連続写真で詳しく。
主役は第1装甲擲弾兵大隊長アウグスト・ディークマンSS少佐で、
20人程度の軍楽隊まで参加。
東部戦線でもデカいバスドラムまで帯同しているんですね。
ただ、連続写真というのは、動画を見ているかのような楽しさがある反面、
同じような写真を続けて見せられてもツマラナイ・・という方もいるでしょう。
途中、撃破したT-34や、Ⅲ号戦車は出てきましたが、
145ページからはティーガーにパンターが登場してきます。
このような戦車や各種砲など、掲載された兵器についても詳しく解説。
新兵器「パンツァーファウスト」の試射に立ち会うのは、
第3歩兵連隊長フランツ・ハックSS少佐です。
この後、MP43で掃討戦に参加するハック。
大喜びしていますが、右頬を怪我して、出血・・。
以前に紹介したことのある有名人、ハンス・ドーア(ハンス・ドル)SS少佐が姿を現します。
白兵戦章に、柏葉騎士十字章だけあって、貫録が違います。
名も無きSS伍長らの食事風景や、散髪の様子なども収められていて、
戦い続けながらも西へと撤退する彼らの生活もよく伝わってきます。
そして185ページから登場してきたのは、表紙の師団長、オットー・ギレ。
知らない方には学者風のおっさんにしか見えないかも知れませんが、
フィギアにもなっているほどの武装SSの超有名人。
続いて、パンターの砲塔から姿を現すのは、ヨハネス・ミューレンカンプSS大佐。
この辺りから1944年3月のコーヴェル(コヴェリ)の戦いの写真のようです。
小さな塹壕内にSS兵士と国防軍兵士が身を寄せ合い・・。
ミューレンカンプとハックも真剣な表情で指示を出しています。
この直前、1月から2月にかけては、あの「チェルカッシィ包囲戦」に巻き込まれた
ヴィーキングですが、さすがにその写真はないようです。
師団付きカメラマンにもそんな余裕がなかったか、
撮られたにしても、指揮官クラスに配るには不適切だったのかも知れません。
通話をする2等兵の向こうを通り過ぎるパンターの写真は良いですね。
特に迷彩が独特です。
それからこの写真も良い味出しています。
BMW750サイドカーに、Sd Kfz251装甲兵員輸送車、その後ろにパンターと
まさに「ザ・ドイツ軍」ですね。
撃破された3両のパンターから戦友の遺体を回収する連続写真は生々しい。
砲塔から何だかわからないほど焼け焦げた物体を運び出したり、
パンターの脇に置かれた2遺体の無残な姿・・。
途中、ギレ師団長の詳しい経歴で触れられていましたが、
このコーヴェルで包囲された部隊との連絡を回復したことで、
4月、ギレはヒトラーからダイヤモンド章を授かり、
疲弊していた師団にも8月まで休養が与えられたそうです。
1942年から時系列で進んできた本書はここで終わりますが、
この12月には本書の続編が出るようです。
詳しい内容はわかりませんが、流れからすると1944年5月~終戦まで・・、
ということになるのでしょうか。
何度か書いたように、とてもマニアックな写真集で、
初見の写真が多く、そしてとても鮮明です。
軍装についてのキャプションは異常と言えるほど詳細を極めていて、
お好きな方には大変、参考になるでしょう。
「SS戦友会」の写真ということでは大日本絵画の「武装SS戦場写真集」がありますが、
ひょっとしたら重複している写真があるかも知れませんね。
ず~と未読のままでしたから、買ってみようかなぁ。
その一方、大尉以下の氏名は不明で、日時と場所もキッチリ特定できていません。
ですから、ヴィーキング戦闘記録集や師団史といった類を期待したり、
戦記マニアの方には物足りなく感じるかも知れませんが、
東部戦線におけるドイツ軍の実像に興味がある方、
もちろん武装SSに飢えている方なら、買って損はないと思います。
東部戦線 ―SS未公開写真集― [武装SS]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
イアン・バクスター著の「東部戦線―SS未公開写真集」をなんとか読破しました。
姉妹編である「西部戦線―SS未公開写真集―」を読んだのが、もう3年以上前。
同時に買っていた本書ですが、その「西部戦線」の内容にやられてスッカリ読む気は失せ・・。
その後、同じ出版社である「リイド社」の武装SS師団シリーズも読みましたが、
「SS-WIKING -第5SS師団の歴史」を最後に本書は無かったことにしていました。
しかし、それから2年半も経つと、顔も見たくないほどムカつくアイツがどうしているか、
久しぶりに会ってみたい・・という悲しい人間の性によって、本書を開いてみることに。。
最初のバルバロッサ作戦の章の概要説明では、いきなりお約束「ヴァッヘンSS」が登場。
本書の「ヴァッフェンSS」との割合も、7:3くらいでしょうか。
そして、「トーテンコープフ師団は当初、マンシュタイン(訳注:ドイツの陸軍元帥で
南方軍集団の第11軍司令官)の猛攻を左側面から援護した」と書かれます。
この後、ラトヴィアからレニングラードへ進む「トーテンコープフ師団」の話が続きますが、
マンシュタインの「訳注」ヒド過ぎますね。。
トーテンコープフとマンシュタインが南方軍集団にいたのかと思ってビックリしました。
ここで翌年の話すんなよ・・。
さらに「ダス・ライヒ師団」がオリョールへ向けて前進すると、
「エリョーメンコ(訳注:ソ連軍陸軍元帥でスターリン方面軍の司令官)が指揮する
ブリャンスク方面軍の背後を・・・」。
う~む。。結局エリョーメンコ(エレメンコ)はドコの司令官なんでしょうか?
そもそも「スターリン方面軍」ってのは何でしょう??
彼も翌年、スターリングラード(南東)方面軍の司令官にはなりましたけどね。。
そしてこの3ページの概要説明は「もはやロシアで冬季戦を戦う以」
で突然、終わりを告げ、次のページから、写真とキャプションが始まります。
ここでもダス・ライヒのⅢ号戦車の写真のキャプションが凄い。
「ダス・ライヒ、トーテンコープフ、ヴィーキング、ポリツァイの各師団は
ボック元帥の中央軍集団に属していた」。
え~、もう、正解はなにか?? を書くのがバカバカしくなってきたので、
いっそのこと、ジョーク本のように面白かった部分を紹介しましょう。
本書にはかなりの「ポリツァイ師団」の写真が出てきます。
後に正式に第4SS警察装甲擲弾兵師団となるこの部隊の当時の制服は
完全に武装SSとは違って、警察と国防軍のごったまぜのような感じであり、
鮮明ではないものの、これはこれでなかなか珍しいなぁ・・と思うんですが、
1941年9月レニングラード戦線の写真では、
このポリツァイ師団の兵士たちが敬意を表している墓が
「ライプシュタンダルテ」の兵士のものだそうです。
さすがライプシュタンダルテ・・、どこでも戦ってんですね。。
休息を取るダス・ライヒ士官連の写真では、
「乗車の後部にダス・ライヒのマークである「G」が白地で記されているのに注目。
当然、この師団がSSの一翼を担っていたことを示す」。
こうして書きながらも笑いが込み上げてきて、キーボードを叩く指が震えます。。
そのダス・ライヒの師団長の「パウル・ハウサーによる閲兵のようす」では、
いまいちハウサーに似ていないのも気になりますが、やっぱりキャプションが・・。
「ハウサーはドイチュラント、ゲルマニア、デア・フューラーの各連隊を統合して
SS-VTを編成したが、この師団が後にダス・ライヒのライバルとなっていく」。
・・コレはいくらなんでもヒド過ぎます。翻訳が完全に間違っているとしか思えません。
たぶん原文は「ライバルの各連隊を統合してSS-VTを編成し、
後にダス・ライヒ師団となった」とか、そんなところなんじゃないでしょうか?
32ページのトーテンコープフの写真では、
「マンシュタイン率いる北方軍集団第56装甲軍団に配属され・・」と出てきました。
もう、最初からそう書けよ・・。
1942年の「デミャンスク・ポケット」でのトーテンコープフの写真は多いですね。
しかしやっぱり「ヂェミャーンスク」となっては、
「第1戦闘団の指揮官テオドール・アイケが包囲網南部の守備を命ぜられ、
第2戦闘団を率いるSS上級大将マックス・ジーモンは北西端の・・」。
まったく、アイケとジーモンのどっちが偉いんだか・・。
ちなみに本書で階級付きで書かれているのはハウサーSS上級大将に
ゼップ・ディートリッヒSS大将、グデーリアンとホトは大将となっています。
109ページの伝令用オートバイの写真になっても、再び、
「消えかけた白い「G」のマークが残っていて、これが一時期ダス・ライヒの偵察連隊に
所属していたことがわかる」と、完全に自信満々ですが、
さすがに訳注では、「G」はダス・ライヒが所属したグデーリアンの第2装甲集団を
意味すると思われる・・と気弱な突っ込みが入っていました。
ビビってないで、最初から訂正しましょう。
「ツィタデレ作戦」あたりから戦車の写真も増えてきました。
しかしⅣ号戦車の写真のキャプションはこんな感じです。
「SS3個師団で約422両の突撃砲を擁していたが、そのうち170両がⅣ号戦車だった」。
クルスクで敗北すると「国防軍」の記述も多くなってきます。
わさわざ「ヴェーアマハト」と振りがな付きですが、後半はほとんど「ヴェーヤマハト」。。
前半の中央軍集団も、「中部軍集団」に改名します。
ダス・ライヒも突如として、「ドイツ国家」という師団名になったり・・。
その東部戦線で戦い続けるダス・ライヒも5000名と消耗すると、
「戦闘集団ラマーディング」と呼ばれます。
ラマーディングが何の名前か・・? には一切触れず、その編成は、
「第1大隊がドイチュラント連隊、第2大隊としてデア・フューラー連隊、
その他に1個歩兵連隊があった」そうです。
結局、大隊なのか連隊なのかはわかりません。
写真そのものは帯に「東部戦線秘蔵写真集」とアピールしているとおり、
未見の写真がほとんどでした。
これらは個人所有の250枚の写真だということですが、
まぁ、同じような写真や連続写真もあったり、特に第4SS「ポリツァイ」と
第6SS山岳師団「ノルト」の冬装備の写真が多かった印象ですね。
後半にはティーガーの写真も出てきて、ヴィットマンの戦車キラーぶりがキャプションで
書かれていますが、もちろんヴィットマン本人の写真はありませんし、
国防軍の戦車兵の写真が堂々と出てきたりして、
果たして、これらが本当に武装SSの戦車なのか・・? と疑問に思ってしまいます。
それは将校の写真にしても一緒で、SS大佐クラスでも「誰か」は不明で、
その代わりに写真と直接関係ないことがダラダラと書かれていて、やっぱり眠くなりました。
無理やり大人な姿勢で評価するならば、初めて武装SSの本を読まれる方には
「ほ~・・」という印象を与えられるかも知れません。
しかし、独ソ戦や武装SSに詳しい方が読まれた場合には、
その知識を激しく揺さぶられる衝撃的な一冊であり、
怒るか、呆れるか、笑うかしかありません。
怖いもの見たさで読んでみるのも、アリですよ。。
まぁ、コレでやっと「リイド社」のシリーズは終了です。 めでたし、めでたし。
イアン・バクスター著の「東部戦線―SS未公開写真集」をなんとか読破しました。
姉妹編である「西部戦線―SS未公開写真集―」を読んだのが、もう3年以上前。
同時に買っていた本書ですが、その「西部戦線」の内容にやられてスッカリ読む気は失せ・・。
その後、同じ出版社である「リイド社」の武装SS師団シリーズも読みましたが、
「SS-WIKING -第5SS師団の歴史」を最後に本書は無かったことにしていました。
しかし、それから2年半も経つと、顔も見たくないほどムカつくアイツがどうしているか、
久しぶりに会ってみたい・・という悲しい人間の性によって、本書を開いてみることに。。
最初のバルバロッサ作戦の章の概要説明では、いきなりお約束「ヴァッヘンSS」が登場。
本書の「ヴァッフェンSS」との割合も、7:3くらいでしょうか。
そして、「トーテンコープフ師団は当初、マンシュタイン(訳注:ドイツの陸軍元帥で
南方軍集団の第11軍司令官)の猛攻を左側面から援護した」と書かれます。
この後、ラトヴィアからレニングラードへ進む「トーテンコープフ師団」の話が続きますが、
マンシュタインの「訳注」ヒド過ぎますね。。
トーテンコープフとマンシュタインが南方軍集団にいたのかと思ってビックリしました。
ここで翌年の話すんなよ・・。
さらに「ダス・ライヒ師団」がオリョールへ向けて前進すると、
「エリョーメンコ(訳注:ソ連軍陸軍元帥でスターリン方面軍の司令官)が指揮する
ブリャンスク方面軍の背後を・・・」。
う~む。。結局エリョーメンコ(エレメンコ)はドコの司令官なんでしょうか?
そもそも「スターリン方面軍」ってのは何でしょう??
彼も翌年、スターリングラード(南東)方面軍の司令官にはなりましたけどね。。
そしてこの3ページの概要説明は「もはやロシアで冬季戦を戦う以」
で突然、終わりを告げ、次のページから、写真とキャプションが始まります。
ここでもダス・ライヒのⅢ号戦車の写真のキャプションが凄い。
「ダス・ライヒ、トーテンコープフ、ヴィーキング、ポリツァイの各師団は
ボック元帥の中央軍集団に属していた」。
え~、もう、正解はなにか?? を書くのがバカバカしくなってきたので、
いっそのこと、ジョーク本のように面白かった部分を紹介しましょう。
本書にはかなりの「ポリツァイ師団」の写真が出てきます。
後に正式に第4SS警察装甲擲弾兵師団となるこの部隊の当時の制服は
完全に武装SSとは違って、警察と国防軍のごったまぜのような感じであり、
鮮明ではないものの、これはこれでなかなか珍しいなぁ・・と思うんですが、
1941年9月レニングラード戦線の写真では、
このポリツァイ師団の兵士たちが敬意を表している墓が
「ライプシュタンダルテ」の兵士のものだそうです。
さすがライプシュタンダルテ・・、どこでも戦ってんですね。。
休息を取るダス・ライヒ士官連の写真では、
「乗車の後部にダス・ライヒのマークである「G」が白地で記されているのに注目。
当然、この師団がSSの一翼を担っていたことを示す」。
こうして書きながらも笑いが込み上げてきて、キーボードを叩く指が震えます。。
そのダス・ライヒの師団長の「パウル・ハウサーによる閲兵のようす」では、
いまいちハウサーに似ていないのも気になりますが、やっぱりキャプションが・・。
「ハウサーはドイチュラント、ゲルマニア、デア・フューラーの各連隊を統合して
SS-VTを編成したが、この師団が後にダス・ライヒのライバルとなっていく」。
・・コレはいくらなんでもヒド過ぎます。翻訳が完全に間違っているとしか思えません。
たぶん原文は「ライバルの各連隊を統合してSS-VTを編成し、
後にダス・ライヒ師団となった」とか、そんなところなんじゃないでしょうか?
32ページのトーテンコープフの写真では、
「マンシュタイン率いる北方軍集団第56装甲軍団に配属され・・」と出てきました。
もう、最初からそう書けよ・・。
1942年の「デミャンスク・ポケット」でのトーテンコープフの写真は多いですね。
しかしやっぱり「ヂェミャーンスク」となっては、
「第1戦闘団の指揮官テオドール・アイケが包囲網南部の守備を命ぜられ、
第2戦闘団を率いるSS上級大将マックス・ジーモンは北西端の・・」。
まったく、アイケとジーモンのどっちが偉いんだか・・。
ちなみに本書で階級付きで書かれているのはハウサーSS上級大将に
ゼップ・ディートリッヒSS大将、グデーリアンとホトは大将となっています。
109ページの伝令用オートバイの写真になっても、再び、
「消えかけた白い「G」のマークが残っていて、これが一時期ダス・ライヒの偵察連隊に
所属していたことがわかる」と、完全に自信満々ですが、
さすがに訳注では、「G」はダス・ライヒが所属したグデーリアンの第2装甲集団を
意味すると思われる・・と気弱な突っ込みが入っていました。
ビビってないで、最初から訂正しましょう。
「ツィタデレ作戦」あたりから戦車の写真も増えてきました。
しかしⅣ号戦車の写真のキャプションはこんな感じです。
「SS3個師団で約422両の突撃砲を擁していたが、そのうち170両がⅣ号戦車だった」。
クルスクで敗北すると「国防軍」の記述も多くなってきます。
わさわざ「ヴェーアマハト」と振りがな付きですが、後半はほとんど「ヴェーヤマハト」。。
前半の中央軍集団も、「中部軍集団」に改名します。
ダス・ライヒも突如として、「ドイツ国家」という師団名になったり・・。
その東部戦線で戦い続けるダス・ライヒも5000名と消耗すると、
「戦闘集団ラマーディング」と呼ばれます。
ラマーディングが何の名前か・・? には一切触れず、その編成は、
「第1大隊がドイチュラント連隊、第2大隊としてデア・フューラー連隊、
その他に1個歩兵連隊があった」そうです。
結局、大隊なのか連隊なのかはわかりません。
写真そのものは帯に「東部戦線秘蔵写真集」とアピールしているとおり、
未見の写真がほとんどでした。
これらは個人所有の250枚の写真だということですが、
まぁ、同じような写真や連続写真もあったり、特に第4SS「ポリツァイ」と
第6SS山岳師団「ノルト」の冬装備の写真が多かった印象ですね。
後半にはティーガーの写真も出てきて、ヴィットマンの戦車キラーぶりがキャプションで
書かれていますが、もちろんヴィットマン本人の写真はありませんし、
国防軍の戦車兵の写真が堂々と出てきたりして、
果たして、これらが本当に武装SSの戦車なのか・・? と疑問に思ってしまいます。
それは将校の写真にしても一緒で、SS大佐クラスでも「誰か」は不明で、
その代わりに写真と直接関係ないことがダラダラと書かれていて、やっぱり眠くなりました。
無理やり大人な姿勢で評価するならば、初めて武装SSの本を読まれる方には
「ほ~・・」という印象を与えられるかも知れません。
しかし、独ソ戦や武装SSに詳しい方が読まれた場合には、
その知識を激しく揺さぶられる衝撃的な一冊であり、
怒るか、呆れるか、笑うかしかありません。
怖いもの見たさで読んでみるのも、アリですよ。。
まぁ、コレでやっと「リイド社」のシリーズは終了です。 めでたし、めでたし。
武装親衛隊とジェノサイド -暴力装置のメタモルフォーゼ- [武装SS]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
芝 健介 著の「武装親衛隊とジェノサイド」を読破しました。
久しぶりに「武装SS」モノを読みたいなぁ~・・と、amazonで探していると
3年ほど前に刊行された本書のレビューがあまりに切ないので、
どうしようか・・と悩みつつも、買うのは控えてとりあえず図書館で借りてみました。
なんといっても、このタイトルで表紙の写真が「国防軍兵士」であるのはイタイですが、
(1934年、ヒンデンブルク大統領に最後の挨拶をする国防軍兵士のようです)
これは著者のミスとは言えない気もします・・。
しかし内容についてもあそこまでケチョンケチョンに書かれていると
いったい、どんな内容なのかと、怖いもの見たさも手伝って・・という感じですが、
まぁ、いつものように人の評価は忘れて、自分なりに読んでみました。
ということで、これまたいつものように「あとがき」から・・。
ギュンター・グラスが武装SSだったと告白した話や、パウル・カレルについても
国防軍はもとより、武装SSも戦争犯罪は犯していなかった・・という伝説を散布し続けたと、
戦記作家として断罪しているようにも感じます。
また「武装SS神話」なるものの存在と、国防軍や武装SSはホロコーストに関与していない
純粋な軍事組織であるということへの反論的な解説。
そしてヘルマン・フェーゲラインがどうした・・とか、本書の内容にも触れていて「おぉっと・・」
最近、日本人の著者の「あとがき」を先に読むのはやめるつもりだったんですが、
ついつい読んでしまいました。。。
そんなわけで、本文を読む前にまずは自分が武装SSをどうイメージしているのか・・
改めて考えてみました。
まさしくパウル・カレルの「バルバロッサ作戦」や「焦土作戦」から
この世界に入った自分ですが、著者の心配はまったく無用であって、
これらを読んでドイツ軍が戦争犯罪は犯していなかったとは、別に思ったこともありません。
それはカレルの本には書かれていないだけで、それがドイツ軍の全てであり
真の姿であるなどと思ってしまうようなアホではないからです。
本書に限ったことではないですが、カレル批判の話を読むと、
正直、「読者を馬鹿にしてんのか!」と腹立ちますねぇ。
それから武装SSや国防軍が「ホロコースト(ジェノサイド)」に関与していたのか・・
ということでは「関与していた」と思っています。
ただ、だからと言ってそれらの組織全体が黒だとか白だとかという意味ではなく、
「関与していた人間もいただろう」という意味ですね。
だいたい100万人の組織をひと括りに黒か白か評価しようというのは無茶な話ですし、
そんなことはニュルンベルク裁判とその後の継続裁判で結果はどうあれやっていたこと・・。
それと同じレベルのことを50年、60年経った今頃やることにどんな意味があるのか・・
疑問に思ってしまいました。
この「独破戦線」を以前から読まれている方ならお分かりのとおり、
ヴィトゲンシュタインは「組織」ではなく、その「組織のなかの個人」に興味があるんですね。
極悪な組織にいるマトモな人間と獣のような人間、
神聖な組織にいる邪悪な人間と清廉潔白な人間。。
その組織のなかの誰をピックアップするかによって、組織全体の印象と評価も変わるわけです。
だいぶ、前置きが長くなりましたが、以上のようなことをいったん頭で整理してから、
いざ、本文に突入しました。
第1章は、この手の本ではお馴染み「SSの起源」などを解説し、アウシュヴィッツ絶滅収容所所長
ルドルフ・ホェース(ヘース)の戦後の回想から、彼らの忠誠心を分析します。
第2章では反ユダヤ主義がナチの政策で実践されていく過程。
ヒムラーにハイドリヒ、水晶の夜といったキーワード。新聞では反ユダヤ「シュテュルマー」以外に
SS隊員向け「ダス・シュヴァルツェ・コーア」の論調を解説します。
90ページを過ぎた第3章からアインザッツグルッペンが登場してきて、ユダヤ人を虐殺しはじめると
構成員の内訳を掲載して、武装SSが一番多い・・と解説します。
そしてフェーゲライン率いるSS騎兵連隊がバッハ=ツェレウスキの配下に入ると
「あ~、そういうことね・・」という感じです。
バッハ=ツェレウスキはパルチザン掃討作戦の親玉ですから、
このフェーゲラインの部隊がパルチザンを掃討しつつ、ユダヤ人も一緒に殺した・・、
すなわち、ホロコーストに関与した・・と言いたいんだろうなぁと。。
このバッハ=ツェレウスキがパルチザン掃討作戦の任務に異常なまでに忠実で、
パルチザンしか殺さなかった・・などということは誰も思っていませんから、
これは新発見というより、単なる解釈の違い・・ですね。
そして第6軍司令官ライヒェナウの「狡猾で残忍なこの異人種を容赦なく根絶しなくてはならない」
という訓示を紹介して、ユダヤ人絶滅政策は国防軍の戦争政策にもなっていたのである・・・
と、まとめています。
しかし、ナチ派のライヒェナウだけ(しかも、この後1942年1月に急死してますし)の言葉を取って、
これが国防軍全体の戦争政策とするのは、かなり荒っぽい・・というか、
「写真で見る ヒトラー政権下の人びとと日常」よりも短絡的で、
読んでいて、思わず苦笑いしてしまいました。。。
SSの医師の章では、ヒトラーの元主治医で安楽死計画にも関与したカール・ブラントなど
戦後、裁判を受けた第三帝国の医師たちの名が列挙され、
武装SS「保険局・衛生部」に配属されて、チクロンBの輸送に携わった
「抵抗のアウトサイダー」こと、クルト・ゲルシュタインが登場してきます。
本書ではこのことによって、アウシュヴィッツなどのガス室による大量殺戮に
武装SSが大きく関与していた・・という書きっぷりです。
最後の章では、ポーランドのゲットー解体に武装SSが駆り出され、大いに貢献した話。
収容所の看守についても元々は「髑髏部隊」という独立した部隊でしたが、
やがてそれを母体として第3SS師団トーテンコップが創設されると、
収容所任務の「髑髏部隊」も武装SSとなった・・ということは良く知られたことですから、
本書に書かれているようなことを、ここで改めて論じるまでもありませんね。。
247ページの本書ですが、50ページほどは注記と参考文献なので、実質190ページほどです。
それでもアッという間に読める本ではなく、なんだろうなぁ・・言い回しなのか、
カッコ書きが多い割にはその意味が良くわからなかったり、ちょっと読みづらいし、
知ってる話も仰々しく書いているトコも多いことから、眠くなったりもしました。
結局のところ本書は、重箱の隅を突いたようにフェーゲラインやゲルシュタインを
取り上げて、「ほ~ら、武装SSは悪いことをやってたんだぞ~」というモノでした。
巨大で、生き物のように変化した怪物のような組織「SS」、
そのなかの1つの組織である「武装SS」がホロコーストに関与した部分だけを検証する・・
という本書の狙いが果たして妥当なのか・・?
本書を理解するにはホロコースト、SS全般はもとより、アイザッツグルッペンやSD、
警察、髑髏部隊などの関連性や、それぞれどんな組織や部隊だったのかを
ある程度知っている人でなければ難しい1冊だと思います。
逆に言うと、それらを知っている読者が、武装SSは純粋な軍事組織であり、一般SSとは違い、
戦争犯罪 = ホロコースト(ジェノサイド)に関わっていないとする「武装SS神話」なるものを
信じているとはとても思えません。
となると、自分も含めた読者からしてみれば「なんのこっちゃい」となってしまいますし、
「武装SS神話」を信じている若い方がもしいるならば、
ごたまぜで混乱するような知識しか与えられないような気もしました。
amazonのように「★☆☆☆☆」は付ける気はありませんが、
本書を読むにあたって、個人的に武装SSという組織を改めて整理する
キッカケになったことには間違いありませんね。
芝 健介 著の「武装親衛隊とジェノサイド」を読破しました。
久しぶりに「武装SS」モノを読みたいなぁ~・・と、amazonで探していると
3年ほど前に刊行された本書のレビューがあまりに切ないので、
どうしようか・・と悩みつつも、買うのは控えてとりあえず図書館で借りてみました。
なんといっても、このタイトルで表紙の写真が「国防軍兵士」であるのはイタイですが、
(1934年、ヒンデンブルク大統領に最後の挨拶をする国防軍兵士のようです)
これは著者のミスとは言えない気もします・・。
しかし内容についてもあそこまでケチョンケチョンに書かれていると
いったい、どんな内容なのかと、怖いもの見たさも手伝って・・という感じですが、
まぁ、いつものように人の評価は忘れて、自分なりに読んでみました。
ということで、これまたいつものように「あとがき」から・・。
ギュンター・グラスが武装SSだったと告白した話や、パウル・カレルについても
国防軍はもとより、武装SSも戦争犯罪は犯していなかった・・という伝説を散布し続けたと、
戦記作家として断罪しているようにも感じます。
また「武装SS神話」なるものの存在と、国防軍や武装SSはホロコーストに関与していない
純粋な軍事組織であるということへの反論的な解説。
そしてヘルマン・フェーゲラインがどうした・・とか、本書の内容にも触れていて「おぉっと・・」
最近、日本人の著者の「あとがき」を先に読むのはやめるつもりだったんですが、
ついつい読んでしまいました。。。
そんなわけで、本文を読む前にまずは自分が武装SSをどうイメージしているのか・・
改めて考えてみました。
まさしくパウル・カレルの「バルバロッサ作戦」や「焦土作戦」から
この世界に入った自分ですが、著者の心配はまったく無用であって、
これらを読んでドイツ軍が戦争犯罪は犯していなかったとは、別に思ったこともありません。
それはカレルの本には書かれていないだけで、それがドイツ軍の全てであり
真の姿であるなどと思ってしまうようなアホではないからです。
本書に限ったことではないですが、カレル批判の話を読むと、
正直、「読者を馬鹿にしてんのか!」と腹立ちますねぇ。
それから武装SSや国防軍が「ホロコースト(ジェノサイド)」に関与していたのか・・
ということでは「関与していた」と思っています。
ただ、だからと言ってそれらの組織全体が黒だとか白だとかという意味ではなく、
「関与していた人間もいただろう」という意味ですね。
だいたい100万人の組織をひと括りに黒か白か評価しようというのは無茶な話ですし、
そんなことはニュルンベルク裁判とその後の継続裁判で結果はどうあれやっていたこと・・。
それと同じレベルのことを50年、60年経った今頃やることにどんな意味があるのか・・
疑問に思ってしまいました。
この「独破戦線」を以前から読まれている方ならお分かりのとおり、
ヴィトゲンシュタインは「組織」ではなく、その「組織のなかの個人」に興味があるんですね。
極悪な組織にいるマトモな人間と獣のような人間、
神聖な組織にいる邪悪な人間と清廉潔白な人間。。
その組織のなかの誰をピックアップするかによって、組織全体の印象と評価も変わるわけです。
だいぶ、前置きが長くなりましたが、以上のようなことをいったん頭で整理してから、
いざ、本文に突入しました。
第1章は、この手の本ではお馴染み「SSの起源」などを解説し、アウシュヴィッツ絶滅収容所所長
ルドルフ・ホェース(ヘース)の戦後の回想から、彼らの忠誠心を分析します。
第2章では反ユダヤ主義がナチの政策で実践されていく過程。
ヒムラーにハイドリヒ、水晶の夜といったキーワード。新聞では反ユダヤ「シュテュルマー」以外に
SS隊員向け「ダス・シュヴァルツェ・コーア」の論調を解説します。
90ページを過ぎた第3章からアインザッツグルッペンが登場してきて、ユダヤ人を虐殺しはじめると
構成員の内訳を掲載して、武装SSが一番多い・・と解説します。
そしてフェーゲライン率いるSS騎兵連隊がバッハ=ツェレウスキの配下に入ると
「あ~、そういうことね・・」という感じです。
バッハ=ツェレウスキはパルチザン掃討作戦の親玉ですから、
このフェーゲラインの部隊がパルチザンを掃討しつつ、ユダヤ人も一緒に殺した・・、
すなわち、ホロコーストに関与した・・と言いたいんだろうなぁと。。
このバッハ=ツェレウスキがパルチザン掃討作戦の任務に異常なまでに忠実で、
パルチザンしか殺さなかった・・などということは誰も思っていませんから、
これは新発見というより、単なる解釈の違い・・ですね。
そして第6軍司令官ライヒェナウの「狡猾で残忍なこの異人種を容赦なく根絶しなくてはならない」
という訓示を紹介して、ユダヤ人絶滅政策は国防軍の戦争政策にもなっていたのである・・・
と、まとめています。
しかし、ナチ派のライヒェナウだけ(しかも、この後1942年1月に急死してますし)の言葉を取って、
これが国防軍全体の戦争政策とするのは、かなり荒っぽい・・というか、
「写真で見る ヒトラー政権下の人びとと日常」よりも短絡的で、
読んでいて、思わず苦笑いしてしまいました。。。
SSの医師の章では、ヒトラーの元主治医で安楽死計画にも関与したカール・ブラントなど
戦後、裁判を受けた第三帝国の医師たちの名が列挙され、
武装SS「保険局・衛生部」に配属されて、チクロンBの輸送に携わった
「抵抗のアウトサイダー」こと、クルト・ゲルシュタインが登場してきます。
本書ではこのことによって、アウシュヴィッツなどのガス室による大量殺戮に
武装SSが大きく関与していた・・という書きっぷりです。
最後の章では、ポーランドのゲットー解体に武装SSが駆り出され、大いに貢献した話。
収容所の看守についても元々は「髑髏部隊」という独立した部隊でしたが、
やがてそれを母体として第3SS師団トーテンコップが創設されると、
収容所任務の「髑髏部隊」も武装SSとなった・・ということは良く知られたことですから、
本書に書かれているようなことを、ここで改めて論じるまでもありませんね。。
247ページの本書ですが、50ページほどは注記と参考文献なので、実質190ページほどです。
それでもアッという間に読める本ではなく、なんだろうなぁ・・言い回しなのか、
カッコ書きが多い割にはその意味が良くわからなかったり、ちょっと読みづらいし、
知ってる話も仰々しく書いているトコも多いことから、眠くなったりもしました。
結局のところ本書は、重箱の隅を突いたようにフェーゲラインやゲルシュタインを
取り上げて、「ほ~ら、武装SSは悪いことをやってたんだぞ~」というモノでした。
巨大で、生き物のように変化した怪物のような組織「SS」、
そのなかの1つの組織である「武装SS」がホロコーストに関与した部分だけを検証する・・
という本書の狙いが果たして妥当なのか・・?
本書を理解するにはホロコースト、SS全般はもとより、アイザッツグルッペンやSD、
警察、髑髏部隊などの関連性や、それぞれどんな組織や部隊だったのかを
ある程度知っている人でなければ難しい1冊だと思います。
逆に言うと、それらを知っている読者が、武装SSは純粋な軍事組織であり、一般SSとは違い、
戦争犯罪 = ホロコースト(ジェノサイド)に関わっていないとする「武装SS神話」なるものを
信じているとはとても思えません。
となると、自分も含めた読者からしてみれば「なんのこっちゃい」となってしまいますし、
「武装SS神話」を信じている若い方がもしいるならば、
ごたまぜで混乱するような知識しか与えられないような気もしました。
amazonのように「★☆☆☆☆」は付ける気はありませんが、
本書を読むにあたって、個人的に武装SSという組織を改めて整理する
キッカケになったことには間違いありませんね。