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最悪の戦場に奇蹟はなかった -ガダルカナル・インパール戦記- [日本]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

高崎 伝 著の「最悪の戦場に奇蹟はなかった」を読破しました。

5月の「桜花―極限の特攻機」に続く、日本戦記モノ第2弾ですが、
本書を購入したのは2009年3月ですから、4年間もず~と本棚の隅っこに眠っていました。
う~む。一体全体、ナゼ本書を読んでみたいと思ったのか・・、まったく覚えていませんが、
まぁ、最近、日本軍に興味が湧いてきましたので、初版は1974年、
1999年に再刊され、2007年には文庫にもなっている329ページの本書に挑んでみます。

最悪の戦場に奇蹟はなかった.jpg

「私の部隊は、「菊の御紋章」からいただいた部隊号「菊部隊」という名と、
124代、今上天皇にちなんだ「歩兵第124連隊」という名を持つ、
帝国陸軍でもNo.1を誇る部隊であり、菊部隊敗るるときは日本敗るるときなり・・、
と自負していた精強部隊であった。」で本書は始まります。

原隊は北九州は博多の連隊で、硫黄島や沖縄戦といった「守備」はやらず、
緒戦から終戦まで攻撃専門で東南アジアを駆け回り、
中国戦線では「情け無用の残虐部隊」として、18師団中でも「ゴロツキ連隊」の異名を取り、
著者の知る限り、1人の捕虜も生かしておかず、敵国地では老若男女の容赦なく、
少しでもおかしい奴と思えば、日本的武士道の処置としてバッサリ・・。
部隊全員が戦犯者にもなりかねない猛者揃い・・という、強烈な自己紹介です。。

昭和17年(1942年)9月1日、完全軍装で大発艇に移乗し、ガダルカナル島を目指しますが
上陸直前、敵戦闘機6機の襲撃を受け、80名とすし詰めの艇内は阿鼻叫喚、
一瞬にして、阿修羅の地獄と化し、生き残ったのは著者を含め20余名・・。
この出だしも強烈で、イメージ的には「プライベート・ライアン」の血のオマハ・ビーチです。

Daihatsu-class landing craft.jpg

そして9月13日、オーステン山からルンガ飛行場(ヘンダーソン飛行場)への総攻撃を開始。
しかし真っ暗闇のジャングルの中で第2大隊は米軍迫撃砲の集中砲火にあい、
第1大隊も「大隊長以下全滅!」と、完全な失敗に・・。
博多時代からの仲の良い戦友は著者の顔を見て泣きながら言います。
「高崎っ! 自動小銃が欲しい! 三八(三八式歩兵銃)じゃだめだ。
自動小銃があったら、メリケン野郎に負けるもんか・・」。
こうしてその戦友は泣きながら死んでいくのでした。

Japanese dead after the failed attack on Henderson Field.jpg

翌月の第2次総攻撃も失敗に終わると、ガ島全体に飢えが迫り始めます。
そんなある日、米軍の若いパイロットが捕虜になっているのに出くわします。
過酷な拷問にも口を割らず、「殺せ!」と自ら言う姿に岡連隊長も感心して、
「敵ながら天晴れ!」と褒め称えます。
さらに「このアメリカの一青年の立派な態度に、皆も学ぶように・・」と訓示まで。
しかし、日が暮れて、兵隊たちの話すところによれば、
この天晴れなパイロットは文字通り「料理」されてしまったとのこと・・。
肝は栄養剤になるといって某隊長自らが、そして肉は兵隊たちが。。

著者は「戦後のガ島戦記では、日本兵が同胞の人肉を常食にしたように書かれているが・・」、
これについては完全否定しています。その一方で、敵兵の場合、
「米兵の人肉なら食ってやるという兵隊が多かったのは、それも戦闘の一つ・・
と思ったからだろう。憎き敵に噛みついて、ついでに喰ってやるというのも、
敵愾心の表れであったろうと思う。」としています。
あ~「戦争と飢餓」でも、同胞の死体は食べてはならないって命令がありましたね。

United States Marines.jpg

11月の終わりになると、部隊から離れ、勝手にエサを求めてガ島内を徘徊する
ガリガリに痩せ細った「ガ島ルンペン」が多く出没し始めます。
回虫性腸閉塞で倒れていた著者の元へ、牛肉といわれる肉が・・。
「こりゃきっと人肉だよ。いまごろガ島に牛なんかいるはずがない」と訝しがるも、
初年兵が「うまい、うまい」と言って食べるスープの肉を見ては、
遂に辛抱たまらず食べだします。
15㎝ほどのトカゲに至っては、一日に飯盒2杯も食べるほど美味。。

Japanese soldier throwing a Type 91 grenade, Guadalcanal,.jpg

12月、戦況がどうなっているかなどには無頓着となり、ただエサ拾いに懸命。
ジャングル内には無数の餓死したミイラのような死体が散乱し、昼間でも不気味です。
吉井上等兵が「飯盒のおかゆを食べるか」と言って持ってきますが、
その正体は「死体にわいたウジ虫」です。
「おも湯の中にシラミをたっぷり入れた」ものは食べていた著者ですが、
まだウジ虫はムリ・・。

A dead Japanese soldier on Guadalcanal.jpg

初年兵の森下一等兵はマラリアで脳症になり気が狂ってしまいます。
「高崎上等兵殿ッ、バスが出発しますから、森下はこれで失礼します」。
敬礼して、ジャングルの奥に向かって走り出すものの、泣きじゃくりながら戻ってくると、
「上等兵殿ッ、バスは出てしまいました。この次の稲築行きは何時ですか?」
あまりに哀れなその姿・・。
「高崎上等兵殿ッ、きょうは、おっ母ちゃんが御馳走こしらえて待っちょりますけん、
この次のバスで帰してつかさい」と何度も繰り返すのでした。

japanese prisoners guadalcanal.jpg

いよいよ撤退の日。
その時、藪の中から1メートル以上もあろうかというオオトカゲが突如姿を現します。
「ご馳走だ!」とぱかりに追い掛け回し、三八銃を棍棒代わりに大格闘。
ガ島最後のデラックスな食事を満喫します。
また連隊旗がとても重要で、撤退する際に必ず持ち帰らねばならず
このために命を落とす兵士が多かった・・など、興味深い話も多くありました。

歩兵第124連隊旗.jpg

こうして地獄のガ島から生還し、ブーゲンビル島で静養。
しかしガ島帰りは、かたい飯を食ったら胃拡張で死ぬと言われて、
スズメの涙ほどのおかゆに、梅干し一個が出されるだけ。。
実際、将校たちはわがままが利くためか、
食べ過ぎで死んだ例がいくつも見られたそうですが、
ヨーロッパの解放された街々でも良くあった話ですね。

Bougainville.jpg

そこからマニラのケソン病院へと搬送された著者。
綺麗な看護婦さんに、食べきれないほどのマンゴーとモンキーバナナ。
まさに「天国」です。
そして避暑地ルソンの療養所へと向かう汽車の中で、買ったゆで卵を割ってみると、
中身はなんと、血の付いた死んだヒヨコの姿が・・。
「ピリピン野郎に騙された!」と思っていると、現地人がこうして食べるんだとヒヨコをペロリ。。
ガ島でのゲテモノ食いで鳴らした著者も挑戦しますが、
2.3回噛むうちに「茹でヒヨコ」の腸がネチャネチャと飛び出してきて・・、敗北。

ヒヨコ入り茹で卵.jpg

130ページからは続いて向かったインドのインパール戦記です。
と言ってもガダルカナル戦記すら初めて読んだヴィトゲンシュタインですから、
インパール戦もなんとなく聞いたことがある程度です。。
まず著者はこの作戦を簡単に振り返り、
「愚将牟田口将軍のもとに、万骨枯れた英霊の無念さを思えば、
故人となった将軍の死屍にムチ打っても、なおあまりある
痛恨限りなき地獄の戦場であったといえる。」と、凄い憎しみを感じます。

Renya_Mutaguchi.jpg

まずはやっぱり食事です。
「久しぶりに犬のすき焼きでもやろうか」。
若い下士官たちは驚いて、「高崎古兵殿、犬はおいしいですか?」
「犬料理は白犬が最高だ。一白、二赤、三半黒と覚えておくんだな」と、
愛用の三八銃で白犬をズドンと一発。。

すき焼き味.jpg

そして前線での斥候任務から一転、いつ果てるともない撤退作戦へ。
一日に20回も30回も小川の中を靴ごと歩くため、足首に入った砂で、
歩くたびに大根おろしにかけられたように皮膚が剥け、赤くただれます。
歩くことにかけては世界一を自負する日本の歩兵でも、この苦しさには根を上げ、
初年兵は泣きながら、あるいはうめき声を上げながら、やがて行き倒れてしまうのです。
オマケに重たい三八歩兵銃は「菊の御紋」の入っているばっかりに捨てるに捨てられず、
それが多くの兵隊たちの命取りとなったのです。

三八歩兵銃.jpg

「白骨街道」と呼ばれるほどの日本兵の行き倒れた哀れな死体が・・。
その死体を辿って先発部隊を求め、ひたすら歩き続けます。
幅2~3mの浅いせせらぎには200ではきかないほどの日本兵の死体だらけ。
白髪と見間違うほどに、ウジ虫が全身にわきながらも、まだ生きている兵士も・・。
もはや生きた屍となったその兵士が、瞬きをしながら、こちらをジっと見つめ、
「私を殺してください。お願いします」と、かすかな声で訴えます。

インパール作戦2.jpg

第3部は「イラワジ会戦」です。
インパール白骨街道を命からがら連隊駐屯地へと辿り着いた著者。
このビルマにおける日本軍最後の決戦は勝てないのを百も承知で、
ただ帝国陸軍、日本人としての名誉を守るための生死を度外視した大戦闘。
しかし多くの兵士が馬鹿デッカイ三八歩兵銃を捨て、敵の戦利品である自動小銃を使ったことが
日本軍が奮戦した理由であり、数は少なくとも、敵と同じ武器を使ったら、
日本軍がいかに強かったかを如実に物語っているとしています。

インパール作戦.jpg

しかし英軍機だけでなく、米軍のP38ライトニングまで現れると、
「双胴の悪魔」の姿を初めて見た若い兵士は驚きを隠せません。
そして124連隊の古参兵を無視した言動で反感を買っていた連隊長が、
敵機の爆撃によって戦死すると、みんな小躍りして大喜びです。
「連公が死んだ!連公が死んだぞ!ざまぁ見やがれっ!」
「天誅だ!連公を殺した敵のパイロットに乾杯!」と水筒を掲げてはしゃぐ始末。

p38-lightning.jpg

敵の連合軍の将校は中隊長や大隊長、連隊長でさえ、自動小銃を携帯しているのに、
日本軍の将校はどこの戦場でも土壇場まで、五月人形の如く、軍刀を吊ったまま。
そんな文句を随所に挟みつつ、5月初旬、敵戦闘機から陣中新聞がばら撒かれます。
「ドイツ無条件降伏! 日本軍将兵のみなさん!
ヨーロッパ戦線は終了しました。
近々のうちに、ヨーロッパの連合軍が見参いたします。ご期待ください!」

高崎伝.jpg

この後、捕虜となり、やがて帰国するまでが描かれていますが、この辺りで・・。
綺麗ごとは一切なしで、良いも悪いも著者が経験し、思ったままを熱く語った
とても印象的な回想録でした。
食べ物の話を多く書いてしまいましたが、本書はソレがメインではなく、
軍部への批判も含んだ一冊ですが、読み終えてみて、
過去に紹介した「戦争と飢餓」や「レニングラード封鎖」と同様、
戦場での飢餓について知りたいというのが、本書を購入した経緯・・
だったと改めて思いました。





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NAL

こんにちは、いつもブログ拝見させていただいています。
この本偶然にも今週読んだばかりでした。
悲惨な話ですが、著者の人柄からくるものか、
カラッとした明るささえ感じられて読みやすい本に感じました。
『ガダルカナル戦記』の著者亀井宏さんが 高崎さんから取材した最に
「戦争に行って野糞垂れ流してきただけだ」とか語ったのが印象的
だったとか書いておられたのが記憶に残っています(この部分記憶で
書いているので適当です)
by NAL (2013-06-28 22:42) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。 NALさん。
今週読まれたばかりとは、また偶然ですね!
おっしゃる通り、著者の人柄が出ていて、良い意味で楽しめる一冊でした。
亀井氏の『ガダルカナル戦記』にも興味が出てきたところですが、アレはまたボリュームが・・。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-06-29 07:08) 

ジャルトミクソン

いつも楽しみに拝見させていただいております。
ガダルカナル、そして18師団というのはコアですね。
カニバリズムに関しては、友軍のものも食べたという説もあります。
「あれは間違いない」という推測が大半ですが、硫黄島では当事者が認めたケースもあります。
ガダルカナルはまだ勝てるように戦おうというつもりがあった気がします。
撤収というのが作戦になったわけですから。

インパールだと佐藤師団長無断撤退のエピソードが僅かに痛快です。
by ジャルトミクソン (2013-06-29 10:56) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。 ジャルトミクソンさん。
まぁ、日本軍戦記は大変です。。読む分には知らないことが多くて楽しいんですが、いざ、感想を書くとなると、裏取りやら、誤字はないか??などと、知識の無さからえらく時間が掛りますね。
「18師団」なんてのも初めて知りましたし、「三八式歩兵銃」も同様・・。

>硫黄島では当事者が認めたケースもあります。
日本軍のカニバリズムってのは、思っていたより大っぴらに書かれているんですねぇ。もっとタブーのように扱われているのかと・・。
ボクのカニバリズムの興味は、戦地に限ったことではなく、どのような心理が人を食うことになるのか・・?? ということなので、今後も知ることが出来そうですね。

>佐藤師団長無断撤退のエピソード
ちょっとググってみましたが、確かに面白そうですね。
ここ最近、日本軍戦記、いっぱい買いました。「武蔵」とか、「伏龍」とかですが、キリがないですね。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-06-29 19:15) 

レオノスケ

こんばんは、ヴィトゲンシュタイン様。
日本の戦史を読むと、その連隊がどの地方で編成されたかが書かれていますので非常に身近に感じてしまいます。ガダルカナルで戦った一木支隊は北海道旭川28連隊、第二師団の29連隊は福島県の若松連隊といったふうに。私の実家近くのお寺や神社にも忠魂碑があり、膨大な数の戦死者の名前が彫ってあります。
亀井宏さんの著作は「ミッドウェー戦記」もおススメです。一兵士から将官まで丹念にインタビューをして生き生きと物語を組み立てる才能は超一流だと思います。あたかも当事者が目の前にいるかのような感覚になりました。「ガダルカナル戦記」は上陸(敵前上陸ではない)した途端、先に上陸した戦友の大便を踏んでしまったというくだりが印象に残ってます。亀井氏の著作はたいへん人間臭いエピソードを交えながらも戦闘の記述も詳細で読みごたえがあります。
by レオノスケ (2013-06-29 21:41) 

NAL

こんばんは
ガダルカナル戦についての本を一冊だけ読むとしたら
NALは『ガダルカナル戦記』を選びます、詳しい方ならもっと
良い本があるとおっしゃる方がいるでしょうけれど。

ビルマ戦なら ルイス・アレン(ルイ・アレン)の『ビルマ 遠い戦場』
が日英双方公平な視点で書かれていて良いです。
オススメです。

>「どのような心理が人を食うことになるのか」
クレイグ・コリー、丸谷元人共著の『ココダココダ 遙かなる戦いの道―ニューギニア南海支隊・世界最強の抵抗』には 敵兵の肝の汁を吸ってしまった
方の談話が掲載されています、ちょうど参考になるのではないかと思います。

by NAL (2013-06-29 21:57) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。 NALさん。
『ビルマ 遠い戦場』と、『ココダ 遙かなる戦いの道―ニューギニア南海支隊・世界最強の抵抗』、確認しました。これらも面白そうです。
『ガダルカナル戦記』はやっぱり避けて通れないですかね。
ボクが初めて読んだドイツ軍戦記はビーヴァーの「スターリングラード」でした。ガダルカナルってなんとなく、似ている気がするんですね。まぁ、あくまで「今」の印象ですけど・・。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-06-30 18:59) 

ヴィトゲンシュタイン

レオノスケさん。ど~も、こんばんわ。
>その連隊がどの地方で編成されたかが
あ~、そうですね。といっても実はよくわからないんですが、映画「八甲田山」で弘前の第八師団の、弘前歩兵第31連隊と青森歩兵第5連隊なんかがソレに当たるんですよね? ちょっと時代が古いかな・・。

「ガダルカナル戦記」だけでなく、「ミッドウェー戦記」も良いんですか。
ミッドウェーは「今」のところ、「クルスク戦」のような位置づけだと考えています。ホントかな??

そういえばついさっきBSで「八重の桜」を初めて見ました。「白虎隊」が出るということだったので。いや~、いきなり自刃の連続でしたねぇ。
綾瀬はるかちゃんも頬のこけた感じも含めてカッコ良かったし、最初から観ておけば良かったです。
松方先生も出てたりしましたが、旦那さん役でなんだかな? 昔の狂気の宿った演技をするのを知っている人間からすると、モッタイナイ気がしました。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-06-30 19:19) 

でんこう

ヴィトゲンシュタイン様、こんばんは。
「高崎っ! 自動小銃が欲しい! 三八(三八式歩兵銃)じゃだめだ。
自動小銃があったら、メリケン野郎に負けるもんか・・」
という言葉ですが、以前にどこかで読んだ記憶はあるものの、出典が何かは思い出せないままでした。
この本でしたか…

インパール作戦の回想録では井坂源嗣著「弓兵団 インパール戦記」が印象に残っています。
こちらは第33師団「弓兵団」で戦った著者の体験を綴った作品であり、凄惨な描写だけでなくビルマの人々との交流や敗北した日本兵に温かい手を差し伸べるアジア各国の人々の姿も描かれ、冒険小説のような痛快さをも感じさせるものでした。
こちらもおすすめです。

ガ島での戦いについては私も特に思い入れがあります。
というのも、私の大叔父が第29連隊の兵士だったからです。
戦争に興味がなかった頃に本人から「ガダルカナルに行った」と聞いていたものの、その戦いの実態を知ったのは大分後になってからでした。
大叔父はどちらかと言えば無口で穏やかなだけに、とてもそんな地獄を生き抜いて来たようには見えず、大いに驚きました。
もし大叔父が戦死していたら一家の運命は大きく変わり、おそらく私は生まれていなかったでしょう。

「八重の桜」は、私も毎週観ています。
色々と突っ込み所もあるのですが、会津ゆかりの人間としてはついつい感情移入してしまいます…

by でんこう (2013-07-01 01:50) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、でんこうさん。
>「高崎っ! 自動小銃が欲しい!・・
コレってなぜか印象に残ったセリフでした。振り返ってみても、なんでかなぁ??
でんこうさんの大叔父様がそうでしたか。確かに他人事じゃないですね。
「弓兵団 インパール戦記」。早速、確認しました。いやいや、本当に皆さん、日本軍モノにお詳しい・・。

>「八重の桜」は、私も毎週観ています。色々と突っ込み所も
おぉ、そうですか。ボクは「あまちゃん」は毎日観ています・・。
「君はヒトラー・ユーゲントを見たか?」の時に書きましたが、子供の頃、白虎隊を演じて切腹で果てたことがあるだけに、昨日は白虎隊を楽しみに観たんですが、いきなりそのシーン。切なかったです。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-01 18:53) 

NAL

ヴィトゲンシュタイン様、こんばんは
>『ガダルカナル戦記』はやっぱり避けて通れないですかね。
お読みになりたい本を読まれるのが一番だと思います、避けても
いいのではないでしょうか、とかいいつつ、亀井宏さんの『ミッドウェー戦記』
(単行本版での題名は『あ丶軍艦旗』)はレオノスケ様が書いておられる
通りの良書です、とか書いて圧力をかけてみる。

>ボクが初めて読んだドイツ軍戦記はビーヴァーの「スターリングラード」でした。
そうですかあ、この本も面白かったですよねえ、いつか再読してみたいなあ。NALはプラモデルの解説書とか子供向け本(秋田書店の『空戦』とか)
から入門しました。
by NAL (2013-07-01 22:35) 

レオノスケ

じぇじぇ!
でんこう様の大叔父様が第29連隊の兵士だったとは!
私の親父の従兄弟も第29連隊所属で日中戦争の話を聞いたことがあります。「軍犬には何度も助けられた」と言ってました。負傷して動けなかった自分を見つけてくれたそうです。亡くなる数年前、近所のお寺にその軍犬のお墓を建ててました。「軍犬ボドーの墓」でググると出てきます。
「あまちゃん」、面白いですねー。時折出てくる80年代の香りが実に懐かしい・・・。

by レオノスケ (2013-07-02 00:10) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。NALさん。
しっかり圧力を受けました。
これから日本軍モノが多くなりそうです。
ナチス中心ですが、まぁ、今までも米英仏ソポと各国紹介してきましたし、気にせず読んで、書いてみようと思っています。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-02 06:37) 

ヴィトゲンシュタイン

じぇじぇじぇっ!
実はレオノスケさんとでんこうさんは遠い御親戚なんてことはありませんか?? なぜかボクが気になります・・。
「あまちゃん」は先週から東京編になって、アメ横センタービルとか、谷中の寮とか、徒歩圏内なので余計に親近感が湧いています。
>時折出てくる80年代の香りが実に懐かしい・・・。
中学生のときに表参道から「一世風靡セピア」と同じ電車に乗ったこととか(まだ売れてなかったから単なる愚連隊でしたけど・・)、いろいろ懐かしいです。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-02 06:45) 

りかの配偶者

少ない知識ですがガ島とインパールの両方に参加とは
もうそれだけでオソロシイのひと言に尽きます。
犬のすき焼き…画像が笑えました。
ぜひ日本偏も続けて下さい、細々とで構いませんので。
by りかの配偶者 (2013-07-02 12:33) 

ヴィトゲンシュタイン

りかの配偶者さん。こんばんわ。
ガ島は概要程度の知識はあったんですが、インパールは本書を読んでも全体像が理解できなくて、なにかしら戦記を読んでみるしかありません。
犬のすき焼きで喜んでもらえて嬉しいデス。ど~も日本軍戦記はジョークが書きづらいので、こんな写真で遊んでしまいます。あんまりストイックで、悲惨な写真ばかりではやってられないですからねぇ。。
日本軍戦記はちょこちょこ続けていこうと思います。
『人間機雷「伏龍」特攻隊』と、『妻と飛んだ特攻兵 8・19 満州、最後の特攻』の2冊を読みましたので、今月はちょっと多くなりそうですね。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-02 19:06) 

でんこう

度々お邪魔します。
レオノスケ様のご親戚に第29連隊で戦った方がいらしたとは。
何とも奇遇です。
ちなみに母の実家は二本松です。
私の大叔父は中国戦線には出向いていませんので、レオノスケ様のご親戚の方の方が軍歴は長くてらっしゃるようです。
軍犬ボドーのお話、教えてくださってありがとうございます。
いわきに行く機会もありますので、その時にお墓参りに行こうと思います。

ヴィトゲンシュタイン様、白虎隊士を演じられたことがおありですか。
その時の記事は後でまた拝見いたします。
飯盛山にはムッソリーニ寄贈の記念碑もあったりと、ファシズム的見地からも白虎隊が英雄として捉えられたことが窺えますね。
ベルリン攻防戦で散ったヒトラーユーゲントの少年達は会津白虎隊や二本松少年隊を彷彿とさせます。
ところで、今頃になって犬のすき焼きがじわじわと効いてきました…(笑)
by でんこう (2013-07-02 21:53) 

レオノスケ

でんこう様、本当に奇遇ですね。
第29連隊で出征した私の父の従兄弟は、2度召集されて日中戦争に従軍しました。太平洋戦争中も召集されましたがガ島の後で、もしガ島に行ってたら生きて帰って来れなかっただろうと生前語ってました。命の恩人(恩犬?)の軍犬は除隊したとき払い下げてもらってきたみたいです。田舎の好々爺といった風貌でしたがすごい体験した人だと驚きました。もっといろんなことを聞いておけば良かったと思ってます。
出征した「おんちゃん(おじさんの意味)」の家は福島県いわき市で、軍犬ボドーの墓がある遍照寺は「いわき百景」では小川町芝原となってますが正しくは「柴原」です。とんでもない田舎ですのでナビなしではきついかもしれません。

「八重の桜」の舞台、会津若松市にはいろんな史跡があって飽きません。あの山本五十六の妻も会津若松の士族出身だそうです。太平洋戦争の戦記を読み始めると人脈やら派閥やら幕末明治を調べないといけなくて大変です・・・。
by レオノスケ (2013-07-03 11:14) 

ヴィトゲンシュタイン

でんこうさん、レオノスケさん、こんにちわ。
いや~、なんかボクまで嬉しくなるような奇遇な展開になってきました。
「君はヒトラー・ユーゲントを見たか?」の時もレオノスケさんにコメント戴いていましたが、でんこうさんにもよろしければコメントして戴いて、第2回戦やりますか。。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-03 12:02) 

でんこう

何度もお邪魔します。
ヴィトゲンシュタイン様、「君はヒトラーユーゲントを見たか?」の書評、確認いたしました。
日本舞踊にもそのような演目があるのですね。
初めて知りました。
ヴィトゲンシュタイン様がどのように演じられたのか、気になります。
ちなみに「君はヒトラーユーゲントを見たか?」は怪しげなナチス研究サイトでも取り上げていたと記憶しています。

レオノスケ様、再びコメントありがとうございます。
ご親戚の方がボドーの飼い主でいらしたとは。
お二方ともに、生きて日本に帰ることができて本当によかったですね。
「ガ島に行ってたら帰って来れなかっただろう」と仰っていたとのことですが、何とも重みのあるお言葉です。
事実、軍医としてガ島に行った他の親戚はそこで戦死しています。
中国戦線には私の父方の親戚が出征していましたが、おそらく彼も第29連隊だと思います。
ガ島での戦いには参加していなかったようですが、何かにつけて軍刀で敵を斬った話をするので、私の母などは大層嫌がっておりました。(苦笑)
曰く、すぐに刃が駄目になるので時代劇のように上手くは斬れないとのことです。
そんなおんちゃん(私の出身地でも使っています)も既に故人となり、レオノスケ様の仰るようにもっと話を聞いておくんだったと今更ながらに思います。
ひょっとしたら、レオノスケ様のご親戚やボドーにも会っていたかも知れませんね。
今回はこのコメント欄で色々なお話をさせていただき、とても嬉しく思いました。
ヴィトゲンシュタイン様、レオノスケ様、改めて御礼申し上げます。
by でんこう (2013-07-04 04:19) 

ヴィトゲンシュタイン

>どのように演じられたのか、気になります。
恥ずかしながら簡単に書きますと、子供が刀持って一人で踊る演目です。
確か8歳くらいでしたかねぇ。舞台は新橋演舞場だったような・・??
4分くらい踊って、切腹でフィニッシュします。
1か月ほど自宅でお稽古して、自分では納得できる出来だったんですが、ある日の夜、トイレに行った際、両親の部屋から「白虎隊」の音楽が・・。「ビデオで観てるんだ・・」と部屋の前で聞き耳を立てていると、ラストの切腹シーンで、「うははは」と笑い声が。。いや~、傷つきましたよ・・。この話は結局、両親にはできませんでした。
でも今ならわかります。8歳のカワイイ??三男坊が見事に切腹して果てたら、ボクが親でも爆笑しますね。
失礼しました。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-04 19:03) 

レオノスケ

ヴィトゲンシュタイン様、でんこう様、こんばんは。
こちらこそいろいろな話をさせていただき、また貴重なお話を聞かせていただきまして改めてお礼申し上げます。
親戚のおんちゃんは重機関銃中隊に属していたとのことで、重機の撃ち方とか重くて疲れることとか、そんなことも語ってました。また初年兵が砲弾でやられて内臓がとびだしてしまい、「かあちゃん、かあちゃん」と泣きながらその内臓を自分の腹に収めようとしていたなど、強烈な話をしてました。
このコメント覧で改めて思い出した次第です。
また白虎隊については今日会津若松に仕事で行っていたのでついでに飯盛山に行きました。ムッソリーニから贈られた鷲の像やドイツ大使館から贈られた十字章の入った石碑が昔と変わらずにありました。土産屋の商品は木刀よりもスペンサー銃のおもちゃが主流のようです。

by レオノスケ (2013-07-04 23:42) 

ヴィトゲンシュタイン

>ムッソリーニから贈られた鷲の像やドイツ大使館から贈られた十字章の入った石碑が
あ~、去年は結局行けなかったので、今年は狙っています。来月、行ければ・・。
日本軍戦記がこんなに盛り上がるとは意外でした。今後も遠慮なく書きますのでお楽しみに。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-05 07:24) 

IZM

コメント欄がすごい展開になっていますねww 不思議なご縁があるものですねえ。。。と、しみじみしちゃいます。ヴィト様にとって、白虎隊の演目が特別なものになっていたのには、やっぱり何かそこに意味があるんでしょうね。八重の桜、帰国時にちょっと見ました。面白そうだなと思いましたが。。。侍が鉄砲や大砲ガンガン使ってる映像をはじめて見たうちの2号が何故か大興奮してました。www
蛆虫の飯を日本兵がガツガツっていうのは、昔ホラー漫画家の御茶漬海苔先生が描かれていたように記憶していまして、当時は「いくらなんでも。。。」とか思っていたものです。バブル期にそんな事言われても想像もつかずよく分からなかったのでした。そんなワタシは人からインパール作戦ものを勧められましたが、怖くてまだまったく手が出ませんwwww
by IZM (2013-07-06 08:39) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、IZMさん。
試行錯誤しながら書いてみた日本軍戦記なんですが、こんな展開になるとは本当、ビックリです。
ゲテモノ食いの連続ですが、まさにホラーのようなイメージですね。
>ホラー漫画家の御茶漬海苔先生
存じ上げませんが、名前が・・。検索するのが怖いです。。
これから日本軍モノ多くなりそうですが、それもこれも昭和館に行ったことが実に大きいですね。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-06 12:02) 

IZM

昨夜遅くにコメを書いたので、何か又支離滅裂になっちゃっていますね。
御茶漬海苔先生を深夜に検索したら本当に怖かったですwww もう一つ漫画ネタで恐縮ですが、「巨人の星」のTVアニメで伴が野球部員に蛆虫食べるように勧めて、部員がドン引きする中ガツガツ食べるシーンがあったような気がして、それを見たのも子どもの時だったので意味不明ながら忘れられない一場面ですね。
昭和館、もっとゆっくり見れる時間があると、映像や図書館とか楽しめそうでしたね。
by IZM (2013-07-06 21:48) 

ヴィトゲンシュタイン

御茶漬海苔先生、想像通りでした・・。
>伴が野球部員に蛆虫食べるように勧めて、部員がドン引きする中ガツガツ食べる
いや~、コレは記憶にないですねぇ。ありましたか?? 結構、気になります。。
by ヴィトゲンシュタイン (2013-07-07 07:27) 

岩城群

が島、がタルカにいった
生き残りのひとりに私の父がいます。

13年前に亡くなりましが、
あまり、本人から詳しく聞いた記憶がありません。
ただ、母がよく
ボロボロの服でやっと帰って来たんだわ〜。と
でもまだ二人は結婚はしていませんが、
そして、確か私が小学校時に
父は、一度マラリア?のような
高熱と震え
母が、マラリアだ、マラリア!
早く親戚の人を呼んできた記憶が。

父からは、畑からじゃがいもと


って食べたりとかは言ってたよいな?
現在いわき市からは
何部隊でなぜ
父だったのか?
知りたいし、今になり凄く
気になりだしました。
by 岩城群 (2014-01-09 14:07) 

IZM

ヴィト様どうも、ご無沙汰しております。
お変わりありませんか?
しかし、休止中のはずの貴ブログが今だに本カテゴリ1位をキープしている事に驚きを隠せません。。。。
本日は、久々に思い出した大江千里のクリスマスソングの歌詞をググッている最中になぜかこの本のタイトルに行き当たり、はて、これはヴィト様が紹介しておられた1冊だったはず?、と再度見に来たのですが、やっぱり気になるのでこの次はこの本ゲットするかもしれません。とうとう地獄のインパールの扉を、と思いますが。
ちなみに歌詞は「異国の戦場で星になった愛する人・・・」みたいな感じで、あんまりPOPsに登場しない歌詞が気になったので。
あと、こちらの記事を読み返したら、昨日見つけた別の事件記事を連想したので、リンク張ってから去ります。
お忙しい時期ですが、お体にお気をつけて。

by IZM (2014-12-10 21:29) 

ヴィトゲンシュタイン

あ~ら、ど~も、お久しぶりです。

今晩は気分よくスペイン・ワインを呑んで美味しいもの食べて
いい気持ちなんで、このネタはキツイなぁ。。

なのでアクセス数の話にしますけど、ホント落ちないですねぇ。
いろんなニュースから検索で来る一見さんも多いようです。
例えば11月は「水晶の夜」の件で、このblogが拡散されたり、
高倉健さんと菅原文太さんが亡くなったんで、「実録やくざ映画大全」のアクセスが増えたり、
ナチ戦犯だったアロイス・ブルンナーが死んでいたことがニュースになって、「密告者ステラ -ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女-」が、
「卍とハーケンクロイツ」の違いがtwitterで盛り上がったり・・。

今日はスタローンの映画「ランボー」の原作を読み終えたり(面白かった!)、独破リスネタなど、書きたいこともいくつかあるんですけど、まだしばし仮死状態です。





by ヴィトゲンシュタイン (2014-12-10 22:32) 

お名前(必須)

今更ながら、びっくり!
第124連隊はまさに地元、しかも母方の曾祖父が連隊副官で奉職し、遠縁が応召してビルマで戦死しています。
敗戦後も相当「凄い」連隊だったらしいですね。
ビルマでの抑留生活から日本人の国民性を考察した「アーロン収容所」にも、英軍が強いた労働へのサボタージュについて述べた件で、
『徹底していたのは「菊」部隊である。二十一年夏、この部隊が先に帰り、私たちはその働いたあとへ行ったのだが、たとえば道路工事用のコールタールの集積所は、ドラム缶がピラミッド型に山のようにつみあげてある。それがほとんど空っぽなのである。「菊」部隊が穴をあけて、みんな中身を流してしまったのだ。』
引き揚げの時は、埠頭に整列した兵士の面構えを見て、英軍将校が、
「こいつらは、何者だ。ただの日本兵ではあるまい。尋問する」
と言い出した。通訳は咄嗟に、
「確かに日本兵だが、険しい峰を渡り歩く山岳民で、気性が荒く、怒らせると危険である。関わらないほうが良い」
引き揚げ船の中でこのやり取りが広まり、福岡市にある山に掛けて、
「俺たちゃ、険しい峰を渡り歩く油山族ぞ。危なかとぜ」
と、ふざけていたとか。
因みに油山は、小学校の鍛練遠足で登る、ハイキング向きの山です(^-^)
by お名前(必須) (2015-05-22 09:11) 

たちはく

 かなり以前、市ヶ谷駅近くの皆行社で資料を借りてノートに書き移していたところ、1階で宴会が始まりました。
聞けは青葉城連隊(仙台)の戦友会とか。
当時の私は福岡の連隊に所属する自衛官だったので知らん顔は出来ないと思い、ガ島で先輩達が極めて乱暴だった事をきちんと頭を下げて謝罪したところ。笑顔で赦してくれました。
「あぁ、岡部隊の連中は育ちが悪いから致仕方無い」と(笑)。
福岡駐屯地で124連隊の元下士官のご老人から聞いていたのです。「ガ島では青葉城連隊の糧末天幕を襲って米を奪取した」と。
衛兵を棍棒で殴って強奪したそうです。
by たちはく (2019-09-08 03:56) 

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