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捕虜 -誰も書かなかった第二次大戦ドイツ人虜囚の末路- [収容所/捕虜]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

パウル・カレル、ギュンター・ベデカー共著の「捕虜」を再度、読破しました。

パウル・カレルを紹介するのも今回が最後になりますが、
その最後となる本書を再読するのは、4年ぶりくらいになるでしょうか。
いつものカレルのように多彩な人物たちが登場し、テンポ良く
ショートショートのような展開で飽きることなく読ませてくれます。
覚えている話もありましたが、数日かけて読んだ今回でも、
時間切れでページを閉じるのも切ない気持ちになりました。

捕虜.JPG

5章から成る本書はまず、開戦から間も無い1941年のUボート捕虜にまつわるものからです。
客船「アセニア号」を撃沈したことでも有名なレンプ大尉と、そのU-110の最後が紹介されると
続いてU-570のラームロー大尉があっさり降伏した末に
秘中の秘であるUボートとエニグマ暗号機を、敵に受け渡すという
Uボート艦長としてのあるまじき愚行を犯した挙句、捕虜となります。

u570-Kommandanten Rahmlow.jpg

しかし彼と先任が送られた英国の捕虜収容所で待っていた先輩Uボート捕虜仲間により
「有罪」となり、先任は名誉回復の脱走の末、射殺され、ラームローは最後まで
彼ら仲間と交わることが許されず、ひとり寂しく生きてゆくことになるのでした。

大エース、オットー・クレッチマー少佐のカナダでの捕虜生活は実に楽しく書かれています。
1942年の英加コマンドー部隊による、デュエップ奇襲作戦に端を発した
捕虜の手を縛るという問題では、ヒトラーにより連合軍捕虜の手を束縛する命令が出され
その報復によって、ボウマンヴィル収容所のクレッチマーたちも束縛されることに・・。
ここにドイツ人捕虜対カナダ人監視兵による戦争が勃発します。
この話、クレッチマーの伝記「大西洋の脅威U99」にも出ていましたが、
ほとんどスポーツのような、ほのぼのした戦いで実に楽しめます。

U-Boat Commanding Officers imprisoned at the Bowmanville POW Camp.gif

他にも地中海で空母アーク・ロイヤルを撃沈した、U-81のグッゲンベルガーの
捕虜生活と脱走も描かれ、その最後にはアーク・ロイヤルに乗船していた英国人将校から
「あの時は実にお見事でした」と手を差し出されます。いや~、感動的です・・・。

Friedrich-Guggenberger Kommandant von U 28, U 81, U 847 und U 513.jpg

第2章は仮装巡洋艦「コルモラーン」の戦記から、彼らが捕虜となったオーストラリア大陸での話、
アフリカ軍団のエジプトでの捕虜生活の様子と続き、終戦後、
英国での労働に駆り出されたドイツ人捕虜と、英国娘との恋と結婚の話などが紹介されます。
36万人という驚くべき人数の捕虜がアメリカ本土の収容所にばらまかれていたという話は、
意外な感じがしましたが、英国を含めて、ドイツ人捕虜のナチズムからの更生を図る過程は
なかなか興味深いものでした。

基本的に戦局の早い時期に捕虜となった者、例えばアフリカ軍団の兵士たちなどは
ドイツの攻勢の中心であった世代であり、1944年以降の旗色が芳しくなくなってきたことを
知らないことから、捕虜のなかでもいわゆるナチズム信奉者が多かったとしています。

Afrikakorps member.jpg

第3章はライン川からフランスまでの西ヨーロッパでの収容所の様子です。
終戦直後の西側連合軍に投降したドイツ兵たちは、想定しないほどの酷い捕虜生活を
強いられます。これは以前に紹介した「消えた百万人」そのものの悲惨な例が紹介され、
子供から老人、病院から引きずり出された病人から手足を失った者まで、
野ざらしのキャンプに数ヶ月間放置。。。

German POW. He was only 16 years old.jpg

フランスでの捕虜は連合軍の上陸を防ぐために仕掛けられた、ロンメルの遺産とも言うべき?
一千万個という地雷除去作業に4万人の捕虜が駆り出されます。
もちろん全員が元工兵などということはなく、シロウトの彼ら捕虜が
棒や素手で一個一個地雷を探り当てては除去するわけですが、
その失敗による損害も部隊によっては10%を超えています。

第4章は見方によっては中心部分となる章でしょう。
終戦時スウェーデンで捕虜となった3000名のドイツ人捕虜。
しかしソ連からの要請でスウェーデン政府は引き渡しを決定してしまいます。
これに猛反対するのは捕虜だけではなく、スウェーデン市民と監視に当たっていた軍。
スウェーデン将校はドイツ兵との連帯の証に、ベルトに白いハンカチを巻き、
国王へ陳情の手紙を送ります。が、結局は警察が投入されてしまい・・・。

バルカン方面で捕虜となったドイツ兵の運命は実に恐るべきものです。
捕虜に対する、あまりの残忍さにあまり細かいことは書きたくありませんが、
さわりだけをちょっと紹介すると・・
188機撃墜のエース・パイロット、ヨアヒム・キルシュナーはセルビア上空で
パラシュート脱出しますが、捜索隊が発見した彼の姿は、
ノド元を掻き切られ、両目をえぐられた遺体に柏葉騎士十字章が掛けられて・・。

Joachim Kirschner.jpg

降伏した武装SS「プリンツ・オイゲン」の兵士1600名が射殺されたり、
通信隊助手の女性は「体を杭に串刺しにされて殺された」。。。
この陰惨なバルカンの戦法については、なにもドイツ軍相手や今次大戦で起こったことではなく、
過去の好戦的なトルコ支配の残影であると詳しく分析しています。

以前に紹介したポール・ブルックヒルの「大脱走」もその経緯が書かれていて、
特に終戦後、捕えた捕虜たちを射殺したゲシュタポに対する裁判まで・・。
他にも「トーテンコープフ」のクネヒラインSS大尉が、降伏して来たロイヤル・ノフォーク連隊の
97名を機関銃で殺害した話と、その当事者クネヒラインの最後までが書かれていました。

Fritz Knöchlein2.jpg

最後の章はロシアの捕虜です。
悲惨ではあるものの最も良く知られた、かの地での捕虜生活ですが、
その悲惨さと絶望ゆえ、ロシア側に転向してしまうドイツ兵たちも紹介されます。
しかし武装SSの兵士と小柄な日本兵は、民族の誇りと団結を守り、
日本人将校が「切腹」した話までも披露しています。

飢えの問題は実に深刻で、スープなどの配給係は最も信頼のある者がなり、
さらに鑑定委員会が配られた食料・・豆の個数から葉っぱの長さまで厳格に測ります。
犬や猫は当然のこと、ネズミやトカゲも調理し、一度食べたものを胃から口に戻すという
「反芻テクニック」なるものも解説。。。

GermanPOWsRussia1944.jpg

やがてバイカル湖沿岸の収容所では「森で死んだ戦友の遺体を・・・」という
カニバリズムまでが報告されています。
エーリッヒ・ハルトマンの「不屈」ぷりが紹介されているのが救いですね。

ヘルマン・ビーラーが単身脱走に成功し、無事故郷へ辿り着いた話など
これらそれぞれが一冊書けそうなテーマであり、優れたドラマでもあります。
また、ルーマニアで捕虜となった国防軍婦人補助員たちの運命・・といった
特に女性の捕虜というのも本書でもいくつか紹介されていますが、
その運命が語られるだけ、まだマシというもので、
悲惨な最期や未帰還となってしまうことも多かったようです。

Queen of Luftwaffenhelferin.jpg

序盤は思わず目元が緩むような楽しい「捕虜生活」も紹介されますが、
読み進むにしたがって、徐々に眉間に皺が寄って来るという構成も見事です。
特に後半の3章~5章にかけては、単に「捕虜」という問題だけではなく、
「戦争」そのものの悲惨さを改めて感じる方もいるのではないでしょうか。

もともとはフジ出版から「捕虜―鉄条網のむこう側の1100万の生と死」というタイトルで
発刊されましたが、自分のは学研のハードカバーです。
数年前に文庫でも発売されたようで、全ての方に読んでもらいたい名作です。




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IZM

これも気になってた本なんですよねえ。。。。タイミング的に良すぎるレビューです。うーん、でも、本当に自分はその内容を全て知りたいんだろうかと、本の前で自問自答してしまうのです。地雷除去作業とか、すでに想像するだけでおそろしいです。
カニバリズムも、当時はあちこちであったんでしょうね。。。
また地元ネタですが。。。。
10年位前、お隣に住んでいたおじいちゃんが
「自分は昔15歳の少年兵で、オーストラリア(だったと思う・・・)に2年捕虜として拘留されていたよ。」と、話された事があり、驚いた事があります。
でも当時の自分は、それほど戦争への興味も知識も、さらにその話の続きを聞く勇気もなく、それだけで終わってしまい、彼が亡くなった今、滅茶苦茶後悔しております!!!あーあ、後悔先に立たずとは、まさにこの事だあ!(涙
by IZM (2010-07-07 04:48) 

ヴィトゲンシュタイン

いつもながらIZMさんの地元ネタ、面白いですねぇ。

本書は確かに地雷除去作業とか、カニバリズムも出てきますが、それほど、生々しくグロいものではないですよ。あくまで、事実のひとつで「こんなことがあった」という話で、そこから想像力逞しく頭でイメージするか、しないかの問題だと思います。
自分は映画好きですから、珍しいエピソードが出てくると、そのシーンを頭の中で勝手に映画化してみたりしますが、IZMさんのように「硫黄島からの手紙」がキツイ・・人でも、深く想像しなければ大丈夫。。というより、リスクを承知の上で、とにかく読んでみて、この本から何かを感じることの方が大事なような気もします。ちょっと言いすぎたかも知れませんが、陸海空老若男女問わず、オススメする一冊です。
ボリュームもあるので、少しづつ時間をかけてでも、ぜひど~ぞ。

by ヴィトゲンシュタイン (2010-07-07 18:53) 

コメコン

どーも。

こちら独破しました。
共著という形ですが久々のパウル本でした。
改めて切れ味の良い、程良くドラマチックな文体が好きだなぁと思いました。
冒頭のUボート捕虜の部分では笑みさえこぼれそうな内容に対して、それ以降の展開はひたすら重く凄まじいですね。
特にフランスでの地雷処理とユーゴが強烈でした。ユーゴすげえな・・・
いつも思うんですが、もし自分がその境遇に置かれていたらどうするだろうなって考えます。
脱獄するほど気も長くないので自殺してしまうだろうか、でも自殺するほどの勇気もないから敵に協力するスパイにでもなるだろうな、など。

独破が近づくと次は何読もうかなと書棚の前であれこれ悩むのがこれまた愉しいひとときなのですが、
冒頭のUボート乗組員の男気に惚れた事もあり「デーニッツと灰色狼」に決定しました。
初めての海本ということもあるのでこれまた楽しみです。

ではまた読破後に!
by コメコン (2010-09-11 07:46) 

ヴィトゲンシュタイン

自分もコメコンさんと同じように、その人物の立場になって読んでいます。
ヒトラーから死守命令を受けた将軍になりきって、苦しんでみたり、
リディツェ村で住民銃殺のSS射殺班に任命されてしまったら・・と、
どんな本でも、主役や敵、悪役それぞれの状況と立場で考えています。
まぁ、そういう人間の心理を少しでも理解したくて独破を続けている・・と言っても良いでしょうか。

本書でもハルトマンの「不屈」が出てきましたが、これは尋常な「不屈」ではなく、同じ大エースでもロシアに転向したことで、「裏切り者」と言われ続けているヘルマン・グラーフは可哀想だと思います。

いつ帰れるともわからない悲惨な状況のなかで、例えば戦友が転向し、
待遇が改善されて、清潔な太った姿で「こっちに来いよ!」なんて言われたら、それを断る精神力は自分にはないでしょうね。。

次は「デーニッツと灰色狼」ですかぁ。これも名著ですね。
コメコンさんなら、フジ出版のを独破されるんでしょうか。
ご感想を楽しみにしています。

by ヴィトゲンシュタイン (2010-09-11 10:21) 

mafia

はじめまして。
いつも楽しく拝見し、購入の参考にしています。
さて、冒頭にあるU-570の話が気になったのでネットで調べてみたのですが、
http://www.u-96.net/U571.html

http://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Graph_%28P715%29
を見るとU-570の艦長やクルーはきちんと暗号機と暗号表を処分していたようにも見えます。
余り海軍は詳しくないので詳細は分かりませんが、下のウィキペディアにあるように、U-570のクルーがU-110の捕獲を隠ぺいするためのスケープゴートに使われて、捕虜収容所でいじめられたのだとしたらとてもかわいそうな話です。
…とこんな古いエントリにコメントしてしまい申し訳ありません。
by mafia (2011-02-12 03:09) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も。 mafiaさん。はじめまして。
コメントありがとうございます。
U-110とU-570のお話ですが、mafiaさんのご指摘のとおりですね。
それは本書に書かれていることが違う、という意味ではなく、
自分のレビューがU-110とU-570をまとめて書いているので、
いま、読み直してもU-570が暗号機と暗号表を渡してしまった・・という印象になってますね。
「U-570のクルーが捕虜収容所でいじめられた」件については、なぜUボートを自沈させずに引き渡したのか・・ということで「有罪」であり、Uボートが鹵獲されたことで、性能も含めてその秘密も明らかになり、挙句、敵が使用するかも・・ということです。実際、英艦グラーフとなってしまいましたし・・。

ということで、自分のレビューが変なせいでmafiaさんにご心配おかけしました。本書はちゃんと書いてありますよ。
by ヴィトゲンシュタイン (2011-02-12 07:16) 

mafia

ヴィトゲンシュタインさん

早速のお返事ありがとうございます。
そうでしたか。こちらの勘違いによりお手数をおかけして申し訳ありませんでした。
確かに航行可能なまま潜水艦を渡してしまったのはまずかったですが、そこは色々事情があるでしょうから、やっぱりいじめられてかわいそうだなあとも思ってしまいます。
by mafia (2011-02-13 01:28) 

アヒル

検索でたどり着きました。

世界大戦について調べれば調べるほど、関東軍のシベリア抑留とか、広島・長崎の原爆が、何も飛びぬけて悲惨なことでもなかったような気がしてきました。

戦争は恐ろしいものですね。今はそれくらいしか分かりません。
by アヒル (2012-08-12 10:54) 

ヴィトゲンシュタイン

アヒルさん。はじめまして。
おっしゃるとおり、ボクもこの数年でいろいろなことを知りました。ドイツは各都市が壊滅的な被害を受け、ソ連もレニングラードという大都市が大変な目に遭いました。
戦争を望んでいない人々や、一般市民が犠牲になるのはやるせないですね。
by ヴィトゲンシュタイン (2012-08-12 17:02) 

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