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ヒトラーの呪縛(上) - 日本ナチ・カルチャー研究序説 [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

佐藤 卓己 編著の「ヒトラーの呪縛(上)」を読破しました。

6月に出た文庫上下巻の本書は、もともとは2000年に発刊された単行本。
「日本のカルチャー、サブカルチャーにかくも浸透しているナチスの「文化」。
メディア、海外冒険小説、映画、ロック、プラモデルまで。」という謳い文句であり、
そういえば、この「独破戦線」もある意味、「ナチ・カルチャー」に属するのかもしれない・・と、
軽い気持ちで読んでみました。

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「序章」では、編著者の「ナチカル体験」を赤裸々に告白します。
1960年生まれですから、ヴィトゲンシュタインより、かなり年上ですね。。
戦争TVドラマ「コンバット」を見るために学校から走って帰った記憶、
そしてサンダース軍曹よりも、悪役のドイツ軍が妙にスマートに見えたことに始まり、
最初に作ったプラモデルは「タイガー戦車」、映画「大脱走」を観れば、学校で大脱走ごっこ・・。

プロレス黄金時代の悪役は、「アイアン・クロー」のフリッツ・フォン・エリックで、
ドイツ系米国人のザ・デストロイヤーは、和田アキ子と出演した「うわさのチャンネル!!」で、
シュタールヘルムをかぶって登場・・。

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実物以上にインパクトのあったプロレスラーなら、「タイガーマスク」のハンス・ストライザー。
ハンブルク出身で、リングネームは「ナチス・ユンケル」です。。
へえ~、アニメ版のみの登場のようで、原作を持っていましたけど、初めて知りました。

ナチス・ユンケル(ナチスの貴族).jpg

もちろん、「仮面ライダー」のショッカーはナチ残党の秘密組織であり、初代幹部はゾル大佐
本を読めば、1970年代から刊行された「第二次世界大戦ブックス」が徐々に欧州戦線化し、
別巻「ナチ独逸ミリタリー・ルック」まで刊行されるほどの人気。
当然、「宇宙戦艦ヤマト」のデスラー総統の声にもシビレるのでした。

デスラー.jpg

このような本では、やっぱり著者の年齢と経験というのは大事な要素で、
ヴィトゲンシュタインでいえば、ナチス歴はこの10年弱しかありませんし、
子供の頃に同様な経験をしていても、ナチスに目覚めたり、意識したことはありませんでした。
逆に著者と同年代で、同じようなナチス文化を経験してきた読者も多いでしょう。
特にそのような読者には、懐かしさを持って楽しく読み進められると思います。

また、15年後に再刊された本書は各章のおわりに「21世紀追補」として、最新情報を記載。
映画なら、ヒトラーを人間化した作品として注目を浴びた「ヒトラー~最期の12日間~」、
本ならヒトラーの趣味や食習慣に病歴まで証言によって書かれた「ヒトラー・コード」に、
萌え萌えナチス読本」まで、丁寧に紹介。
ヒトラー サラリーマンがそのまま使える自己PR術とマネジメント術」に至っては
日本における21世紀のヒトラー・イメージの典型として挙げています。
このような本の表紙や人物写真も、ちょくちょく掲載されていてわかりやすいですね。



第1章は「ジャーナリズム」です。
リビアのカダフィ大佐、イラクのフセイン大統領、ロシアのプーチン大統領まで、
独裁的な政治家は「現代のヒトラー」呼ばわりすることが定番となっている日本の報道。
麻生さんの「あの手口を学んだら」発言は、その部分が強調して報道され、
靖国神社参拝問題では、「ヒトラーの墓」と例えた報道も見受けられる現在。

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一連のオウム真理教報道でも1995年に「FLASH」誌が特集を組み、
上祐史浩=ゲッベルス、早川紀代秀=ヒムラー、井上嘉浩=ゲーリングとの類似性を指摘し、
「ヒトラーは敵の報復をおそれてサリンを使わなかったが、
麻原教祖は悪魔の兵器については、ナチス以上の虐殺行為を犯したのである」。
その他、「ガス室はなかった」で有名な、「マルコポーロ廃刊事件」なども取り上げます。

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第2章は「海外ノンフィクション文庫」。いや~、大好物ですねぇ。
本書が取り上げるのは、ヒトラー闘争そのものを舞台とした軍事冒険小説で、
まず、そもそもの冒険小説の定義も説明します。
19世紀、財宝を発見し、美女を救い出す冒険小説には海賊にインディアン、人食い人種など、
「撃ち殺して当然」の敵役をいくらでも供給できたものの、戦後の人種思想ではとても無理。。
そこで、ヒーローが思う存分「正義の暴力」を振るえる悪役としては、
同じ白色人種であり、「過去時制に属する」ナチスしか見当たらない・・ということに。。

なるほど、面白い解釈ですねぇ。
最初の敵役、KGBのソ連が徐々に姿を消していき・・と、ヴィトゲンシュタインも今年、数冊読んだ
「007シリーズ」の悪役遍歴も辿りながら進みますが、現存する国では多少の気も使うからか、
冒険小説に登場する「ナチス」は、決してドイツ人ではなく、
過去に繁栄し、滅亡した「魔人ヒトラー率いるナチス第三帝国」人ということなんでしょう。
その意味では、戦争映画でも機関銃でバタバタとなぎ倒されるドイツ兵は、
ショッカーの戦闘員とほとんど変わらない・・と言えるかもしれません。

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その代表的な例として紹介されるのは「ナヴァロンの要塞」です。
日本でも1980年代以降に「ヒトラー小説」ブームが起こった・・として、
キルスト著「長いナイフの夜」に、ポロック著の「略奪者」など20冊程度を挙げていますが、
「略奪者」は内容はまったく覚えていないものの、しっかり本棚にありました。再読しよう。。



また、小説と言うかはアレですが、デズモンド・ヤング著「ロンメル将軍」が
「ロンメル神話」を創り上げた記念碑的作品とし、その後もロンメル物は大人気。
SSの出てこない、国防軍による「キレイな戦争」なのも、砂漠の戦いが人気である要因の一つ。

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海洋冒険小説では、「眼下の敵」にブーフハイム著の「Uボート」が・・。
こちらにもロンメル的騎士道精神が投影されたものが多く、Uボート艦長はヒトラー嫌いで、
同じ船舶に乗っていれば、階級による危険性も関係なく、SSにゲシュタポ、
ユダヤ人問題も絡まないため、不純物の少ない「海の男たち物語」に・・。
アドミラル・シェア艦長が書いた回顧録「ポケット戦艦」でさえ、さながらチェスか、
フットボールの試合記録であり、戦争の悲哀はほとんど感じられない・・と。

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ヒギンズ著「鷲は舞い降りた」は特別扱いで6ページも書かれています。
細かい記述は割愛しますが、最後はこのように・・。
「シュタイナ中佐は現代人を魅了して止まないだろう。コミケに集うドイツ軍おたくにとっても
「鷲舞」はバイブルであり、シュタイナの名前は殉教聖者の響きを帯びている」。

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他にもスパイ小説としては「偽りの街」、映画しか観てない「針の眼」などを挙げていますが、
カナリス、ハイドリヒ、SIS、キム・フィルビーといった英独スパイ組織が複雑に絡み合った
テイラー著「総統暗殺」というのが秀作だということで、ちょっと気になりますね。

また、ヒトラーは生きていた風の小説では「ファーザーランド」に「SS‐GB」。
片田舎に25年間潜伏していたヒトラーが自ら公開裁判を求めて姿を現す・・という、
「ヒトラー裁判」なんてのも奇想天外ながら面白そう。
なんとなく、ミュンヘン一揆の裁判を彷彿とさせる内容のような気もします。



SF小説の「鉄の夢」は休止期間中だったのでレビューを書きませんでしたが、印象的でしたし、
人間性の闇を描いたモダンホラーなら、「ブラジルから来た少年」と「ゴールデンボーイ」。
ここ最近のものとしては「HHhH」の他、「帰ってきたヒトラー」を大きく取り上げて、
20世紀であれば、こんな作品がドイツ本国でヒットすることはなかっただろうと分析しますが、
全体的に21世紀の「ヒトラー小説」は、前世紀よりもインパクトに欠けると締め括ります。

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その「帰ってきたヒトラー」も10月にドイツで映画が公開されるように第3章は「映画」。
章タイトルは「絵になる不滅の悪役たち」です。
まずは「地獄に堕ちた勇者ども」に始まるイタリア映画の系譜。
日本では「ナチ女秘密警察 SEX親衛隊」としてポルノ扱いで公開された「サロン・キティ」など、
詳しいことは「ナチス映画電撃読本」をご覧いただきたい・・とのことです。



収容所映画ではスピルバーグの「シンドラーのリスト」vs「長編ドキュメンタリー「ショア」の戦い。
圧倒的多数のユダヤ人が救われなかったのに、1200人を救った1人のドイツ人の物語では、
ホロコーストは語れないはずだという批判が相次ぐのです。
しかし、いかにドキュメンタリーであろうとも、そこには「構成」と「意図」が存在するわけで、
絶対的中立ではなく、また、スピルバーグの「まず知ってもらう」という意図も評価されるべきと・・。

そのようなドキュメンタリーのヒトラーとしては、「意志の勝利」に、1960年の「我が闘争」。
後者はDVDも出ていますが、日本で公開されてたんですね。しかもリバイバルまで。。

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娯楽冒険映画では「インディ・ジョーンズ・シリーズ」を取り上げ、
ダース・ヴェイダーのようにナチスを連想させるものなど、「とりあえず悪い奴は黒い奴」論を展開。

まぁ、それでも単なる敵ではなく、ドイツ兵の素顔を見せる映画もあり、「橋」や、
スターリングラード」、「戦争のはらわた」、もちろん「Uボート」も含めてシッカリと解説します。

21世紀に入ると、「ワルキューレ」に、「イングロリアス・バスターズ」といった大作の他、
不謹慎で、ナチカル映画史上、最も画期的・・という「アイアン・スカイ」が・・。
どうやら来年に総統がティラノサウルスに乗ってやって来るという続編が公開されるそうで、
世界上の映画ファンからすでに100万ドル以上の寄付が集まっているそうです。
笑えるのが出資額によって特典があり、15ドルで監督のサインが貰え、
100ドル出すと映画のエンドロールに名前が出る・・。
200ドルなら月面基地の兵士や住人としてエキストラ出演が可能で、
1250ドルからは恐竜に殺される役、5000ドルならアップで喰われるという無上の喜びが・・。

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第4章は「ロック音楽」です。
ここ数年では「氣志團」やら、サザンの桑田のちょび髭事件など、日本のミュージシャンによる
ヒトラー、ナチスファッションも物議を醸していますが、
1966年にはローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズがSSの制服で「BORGE」に登場。

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1970年代後半のパンク、特にセックス・ピストルズのジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスが
ハーケンクロイツのファッションでステージに立ち、新聞・雑誌をにぎわせますが、
別に彼らは思想的にナチズムなのではなく、あくまでファッションとして、
大人たちが眉をひそめるようなことがやりたいという反抗の象徴として・・と解説します。
まぁ、そうでしょう。ヴィトゲンシュタインも中学生のとき、彼らの真似してましたからね。。

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日本では1978年にジュリーが「サムライ」でSS風のファッションで歌番組に登場するも、
ハーケンクロイツの腕章は黒柳徹子や野坂昭如らからクレームがついて「X」に変更。
GS時代にストーンズ憧れていたジュリーにとって、SSの制服も憧れだったのかもと推測します。

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そして最近の日本のヴィジュアル系バンドにも言及し、彼らがナチの軍服に身を包むことに
「彼らが擬装したいのはゲルマン民族のナチ将校ではない。
ナチズムという妖しいイメージに包まれた夢の世界に存在する現実社会への
対抗価値と呼ぶべきものだろう」とまとめます。

最後の第5章は「プラモデル」。
日本の老舗「タミヤ」、「ハセガワ」を押しのけて、「ドラゴンモデル」や「トランペッター」などの
中国メーカーの進出が著しい現在。
1990年代からは「アーマーモデリング」といった戦車モデル専門誌が相次いで創刊され、
ドイツ軍の特定の戦車を特集した豪華本も出るようになり、なかでも圧巻なのが、
「ティーガー戦車」などのシュピールベルガー著「軍用車両」シリーズだとします。

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ドイツ軍AFVばかりを特集した「グランドパワー」は、別冊「ドイツ武装親衛隊」を出し、
兵器、軍装、デザインについて細かく解説。
思想的な部分は排除され、あくまで「マニア」のかっこいいと思う部分が強調されたこれらの世界。
2000年代には「ワールドタンクミュージアム」が大ヒット商品となり、
最近の「ガールズ&パンツァー」に至っては、ドイツ戦車が出てくるものの、
ヒトラーやナチスといった政治的背景は完全に姿を消している・・とします。



433ページの上巻、本文は315ページであり、残りは「ナチカル資料編」となっています。
章によって著者が違うことから、なかなか専門的な解説と考察がありました。
特にナチス研究の単行本よりも、ナチス兵器の雑誌の方が圧倒的に売れている・・
という話は印象的でしたね。
日本における現在のナチスものというのは、「主義」ではなく、「趣味」だということです。
続けて、下巻に進みますか。



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