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深海の使者 [Uボート]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

吉村 昭 著の「深海の使者」を読破しました。

時々、無性に読みたくなるUボートもの・・。
そんな本を一心不乱に探していると、本書がヒットしました。
聞いたことのあるタイトルなので、内容を確認してみると、
日本とナチス・ドイツの連絡をつけるべく、命がけの航海をした
遣独潜水艦の活躍を描いたもので、最初に出版されたのは1973年。
本書は2011年の427ページ、文庫改訂版です。
この遣独潜水艦は何度か独破戦線でも取り上げていますし、
著者は「関東大震災」の方ですから、まず、間違いなさそうですね。

深海の使者.jpg

昭和17(1942)年4月22日、一隻の大型潜水艦がマレー半島西海岸のペナンを出港。
2ヵ月前に呉海軍工廠で完成したばかりの新造潜水艦、伊30です。
米・英・ソ・中の連合国側は共同作戦のための連絡会議や、兵器技術の交流、
軍事物資の支援を活発に行っているものの、対照的に枢軸国側、
特に日本とドイツ、イタリア両国間の連絡はまったくの杜絶状態であり、
双方の連絡は無線通信以外にないのです。
そんな状況を打破すべく、海面下のルートを開発しようという日本。
その第1便の遺独艦が伊30なのです。

ドイツの驚くべき電波深信儀(レーダー)を譲渡してもらうこともレーダー元帥が承諾済み。
ドイツ側へのお土産は生ゴムなどの物資に空母の設計図。
そのドイツ側が実物の譲渡を熱望する極秘の「酸素魚雷」だけは拒絶して、
代わりに航空魚雷の設計図を積み込みます。
そして8月6日、インド洋、大西洋を突破して、遂にロリアン軍港に近づいた伊30。
巨大なブンカーに向かって、艦の乗組員は紺の第1種軍装に着替えて舷側に整列。
彼らはドイツ海軍軍楽隊の「君が代」の吹奏に感動し、目を潤ませるのでした。

i-30 lorient.jpg

出迎えたデーニッツは遠藤艦長と握手し、その行動に賛辞を送ります。
基地内の歓迎会場では祝宴が繰り広げられ、
深い森に包まれたフランスの豪壮な館で疲労を癒す乗組員たち。
さらにパリ観光に、ベルリンのヒトラーに招待されて「クロス勲章」を授与された遠藤艦長。
「クロス勲章」って何でしょうね。1級鉄十字章あたりかな?

donitz and endo i-30.jpg

この伊30について調べていたら、「ドイツ週間ニュース」の映像を見つけました。
デーニッツにレーダー、ドイツ海軍兵と交流する伊30の乗組員たちの姿です。



Uボート関係者をまず驚かせたのが、伊30の大きさです。
主力UボートのⅦ型は700㌧級で全長67m、900㌧級のⅨ型でも77m。
それに比べ、伊30は2198㌧で109mという大きさゆえ、
Uボートブンカーに収まりきらず、艦尾がブンカーの外にはみ出すほど・・。

大きいエンジンを積み、その騒音に眉をしかめるドイツ士官。
しかし、作戦する海域の大きさと、戦艦などの機動部隊と共に行動する日本潜水艦には
水上での速度が必要であり、ジ~ッと身を潜めて通商破壊戦を行うUボートとは、
その設計思想が違うのです。
いや~、初めて知りましたが、これはデカい潜水艦です。
小型水上偵察機まで格納しているくらいですから・・。

Yokosuka E14Y-11 Glen launches from a submarine.jpg

8月22日にはレーダー元帥じゃない方のレーダーを積んで日本へ向けて出港。
無事シンガポールに帰着し、お土産のひとつ、エニグマ暗号機を陸揚げしますが、
内地への帰航の際、港内で機雷に触れて沈没してしまいます。。
死者は13名と少なかったものの、せっかくのレーダーや機密兵器類が
設計図と共に海中へ没してしまうという大失態です。

ちょうどそのころ、日伊の連絡路が空路によって開かれます。
イタリア軍首脳によるこの発案は、ドイツに後れを取る名誉挽回の策であり、
サヴォイア・マルケッティ SM-75という三発の長距離機で、
ドイツ軍占領下のクリミア半島から、日本軍占領下の中国北部へ無着陸飛行を行うというもの。
しかし日本としては、中立であるソ連領内の侵犯だけは絶対に避けなければならず、
それには距離も長く、気象条件も悪いペルシャ湾~インド洋コースを取るしかありません。
ソ連を挑発したくないという日本の危惧を了承したイタリア。
7月1日、東の空に消えて行った三発機は、ソ連領南部へ機首を向けるのでした・・。

The SM 75 RT in China.jpg

この1942年の夏といえば、イタリア軍は東部戦線でソ連と戦っているわけですから、
日本の要望が受け入れられないようで、結局、この連絡ルートは消滅。
ここからインド独立の為に対英戦を唱えて、ドイツへと亡命していたチャンドラ・ボースを
日本へと招く計画へと進み、洋上での移乗作戦が始まります。
日本側からはあの友永技術中佐らが伊29に乗り込んでドイツへと向かい、
チャンドラ・ボースを乗せたU-180とマダガスカル島沖で見事、会合を果たすのでした。

U-180 meets I-29.jpg

この話は何度か紹介していますが、「Uボート ファイティングシップ・シリーズ」を読んでから、
Uボートのエンブレム(紋章)がいつも気になって、U-180を調べてみると、
なぜか「メルセデス・ベンツ」でした。

u180_emblmes_Mercedes Benz.jpg

またドイツ海軍は突如、「2隻のUボートを贈呈するから、取りに来て」と言ってきます。
あ~、コレはヒトラーがデーニッツへの相談なく、勝手に決めたってヤツですね。
1隻はドイツ海軍の手で日本へ送るが、もう1隻は日本海軍で回航して欲しいという要望に、
1943年6月1日、またしても大型の潜水艦である伊8が呉軍港を出港。
100名の乗組員の他、Uボート回航要員の60名も載せて、ギュウギュウ詰め。。
上等水兵一人が熱帯性マラリアで死亡するなど、2ヶ月に及ぶ航海です。

8月20日、アゾレス諸島でU-161と会合することに成功。
最新式の電波探知機を受け取ったお礼に、コーヒーの一斗缶を送った内野艦長。
コーヒー大好きなのにコーヒー不足のドイツ兵は大喜びです。
ちなみにU-161のエンブレムは「ブラック・バイキング」でした。

emblem-u161 _Black Viking Ship.jpg

ようやく、ブレストのブンカーに辿り着いた伊8。
整列する彼らに、やっぱり日本国歌とドイツ国歌が演奏され、胸を熱くします。
出迎えには西部管区海軍長官、あのクランケ提督がやって来て、祝辞を述べるのでした。

i-8_Bunker de Brest.jpg

Uボートの2隻のうち1隻、U-511はすでに7月、ドイツ海軍によってペナン基地へと辿り着き、
翌月、呉軍港に入って、シュネーヴィント艦長南雲中将らの出迎えを受け、
9月、日本の乗員に引き継がれたU-511は、呂500と命名されます。

Reception in honor of the sailors of U-511 in Penang.jpg

ドイツがUボートを譲渡した目的は、コレを大量生産して欲しいというものですが、
現実には金属材料の不足、工作機械も不備であり、魚雷なども日本海軍のとは寸法も違うため、
U-511は研究対象としてしか存在意義はないのです。
しつこいようですが、U-511のエンブレムは秤・・。

u511 emblm_Scale.jpg

10月、伊8はブレストをひっそりと出て、12月にはシンガポールまで帰ってきます。
しかしその間に遣独潜水艦の3番艦として出港した伊34は、英海軍潜水艦によって撃沈・・。
潜水艦によるドイツとの連絡は、このように確実性がないばかりか、
片道に2ヵ月を要し、往復の期間となると、半年という長丁場です。
そこで日本軍も長距離飛行機に目を向け、「キ77」を開発します。
なんと言っても2ヶ月どころか、2日で到着できるんですから・・。
ですが、7月シンガポールから飛び立った双発の「キ77」は行方不明に・・。

ki-77.jpg

すでにイタリアは降伏し、戦局が悪化する中、ドイツとの連携のためには
やっぱり潜水艦しかないことを悟った日本軍は、チャンド・ボースを乗せて帰って来た伊29を
遣独潜水艦の4番艦として送り出します。
襲いくる英軍機から必死の思いで逃れながら、ドイツ駆逐艦4隻と戦闘機の護衛を受け、
なんとかロリアンに辿り着いたのは昭和19(1944)年3月。
シンガポールを出港後、実に86日間の航海です。
この時期にUボートがどれだけやられているか知っていれば、奇跡的に感じますね。

u183_u1224 Rising sun and Kriegsmarine flag.jpg

と、ココでそういえば・・の、ドイツが贈呈したもう1隻のUボートの話がありました。
乗田艦長の指揮のもと、バルト海で急速潜航訓練も行ったU-1224。
ロケット戦闘機Me-163、ジェット戦闘機Me-262に関する資料の譲渡をミルヒから承諾され、
2月、キールにて正式にU-1224を受領。呂-501と命名して翌月、出港します。
しかし悲しいかな、大西洋上で米海軍駆逐艦の餌食になってしまうのです。

IJN Submarine RO-501 (Ex-U-1224).jpg

4月にロリアンから帰路についた木梨艦長の伊29は、7月にシンガポールに到着します。
もっとも機密性の高い設計図などは降ろされて、空路、東京へ向かいます。
そして内地帰投を目前に、米潜水艦の魚雷攻撃を受けて轟沈する伊29・・。
それでもこのとき、東京に送られた設計関係資料をもとに、「秋水」、「橘花」が試作され、
桜花」が誕生するのでした。

まだまだ終わらない遣独潜水艦。
連合軍がノルマンディに上陸・・という時期になって向かっているのは5番艦の伊52です。
最新レーダーなどの電波兵器は日本軍に必要不可欠であり、そのような機密兵器入手と
ヨーロッパ駐在員の活動費として、金の延べ棒2㌧を積み込んでいます。
ロリアンへの到着予定日は8月1日・・。
そこへ向かって「ガソリンある限り前進」しているのはパットンです。ドキドキするなぁ。。

patton-movie-poster-1970.jpg

ノルウェーに向かうよう暗号電文を打ちますが、結局、伊52は2度と姿を現すことはありません。
本書は1973年と古いモノですから、伊52は撃沈されたもの・・と推測するだけですが、
近年、深海に眠る伊52が発見されたそうです。
2㌧の金の延べ棒は手つかずだそうな・・。

Japanese submarine I-52.jpg

1945年にはもうドイツへ向かう遣独潜水艦はありません。
それでも最後のクライマックスはU-234で日本に向かう友永、庄司両技術中佐が・・。
天才的な潜水艦技術士官であり、「海軍技術有功章」を唯一、2回授与された
友永技術中佐はガッチリと書かれており、
以前に読んだ「深海からの声」は、本書の影響を受けてたんですね。

海軍技術有功章.jpg

クドいようですが、U-234のエンブレムは「ライジング・デビル」・・。

U234 Rising Devil.jpg

大島大使らドイツ駐在員らの脱出行もなかなか詳細です。
ハインケルの工場からジェット戦闘機He-162の技術資料を入手して、
スウェーデンに脱出を図る一行もいれば、
日本大使館には河原参事官と、あの新関欽哉氏の2人が留まり、
大使館付首席補佐官渓口大佐と安倍中将が4月20日に総統ブンカーを訪れて、
総統誕生日を祝する記帳を行っていたり・・。

ドイツ降伏時に、東洋地域には6隻のUボートがいたそうです。
通商破壊戦を行うと同時に、南方資源の輸送に従事していたそうで、
U-511で日本に来たシュネーヴィントも、U-183の艦長となって1945年に戦死。。
これらはいわゆる「モンスーン戦隊」のことでしょう。
日本軍ともかなり連携していたようで、もっと詳しく知りたいですね。
Uボートではないですが、
帰れなかったドイツ兵 -太平洋戦争を箱根で過ごした誇り高きドイツ海軍将兵-」も
なかなか感動しましたから。。

Fritz Schneewind di atas U-183.jpg

8月15日、「一切の敵対行動を停止すべし」との電文を受けた伊401。
3機の小型水上偵察機が格納できる3500㌧の巨大な最新艦です。
「全員自決」が日本海軍軍人の取るべき態度・・と全員が同調しますが、
無条件降伏は天皇の命令であり、それに反することは天皇に背くことを意味します。

i-401.jpg

結局、自決は中止され、米潜水艦の監視のもと、横須賀に回航する伊401。
そして乗艦していた指令、有泉大佐は、1人軍刀を掴んで椅子に座り、
左手で掴んだ拳銃を口にくわえて自決を決行します。その遺書には、
「最も誇りとする軍艦旗を下ろして、星条旗を掲揚しなければならないことが忍びない」。

Ariizumi_Tatsunosuke.jpg

このように本書はドイツへ命がけの航海に挑んだ伊号潜水艦が主役ですが、
日本へと向かうUボート、長距離機で空路、枢軸の連絡を図ろうとする努力、
そして友永技術中佐など、ドイツへ派遣された軍人や武官たちの運命にまで言及し、
単なる第2次大戦の潜水艦戦記を超えた、とても充実した一冊でした。
あえて「名著」と呼んでも差し支えないでしょう。

ドイツの潜水艦を描いた「Uボート」という超が付く名作映画がありますが、
日本においても映画の題材となって然るべき、このような伊号潜水艦が存在したのです。
大和や零戦ばっかりで、これを映画化できない現在の日本映画界は、
あえて腑抜けと言わせてもらいます。
戦時中のエピソードのひとつ、アクション映画として製作すればいいのであって、
特攻や反戦だったり、映画の中で終戦を迎えて悲しむ必要はないと思います。
「真夏のオリオン」、アレは・・。



吉村 昭氏の作品を調べてみると、興味深いドキュメンタリー小説や短編が沢山あります。
大正4年12月に北海道で起った、巨大ヒグマが6人を殺したという「羆嵐」、
タイトルだけは知っていた「漂流」と、「破船」、
ソ連参戦で宗谷海峡を封鎖された南樺太の危険な脱出行を描いた「脱出」。
そんななかで、帰艦できずに銃殺刑を怖れて逃亡した海軍機関兵の話である「帰艦セズ」。
沈没した[伊33号]を襲った悲劇、樺太の看護婦の集団自決事件などが収められた
「総員起シ」を購入してしまいました。














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