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ヒトラー暗殺計画とスパイ戦争 [ナチ/ヒトラー]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ジョン・H. ウォラー著の「ヒトラー暗殺計画とスパイ戦争」を再度読破しました。

2005年発刊で701ページの分厚い本書を買ったのは6年以上前のこと。
まだこのBlogを始める前に読みましたが、知識も乏しい頃でしたので、
イマイチ理解できなかったように思います。
そんなわけで今回、再読してみました。

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第1次大戦にまつわる一つの小さなドラマから本書は始まります。
スペイン沖で潜航するド・ラ・ペリエール艦長のUボートの目的は、
秘密情報部員として暗躍していたカナリス中尉を救出すること・・。
それ以降、スペインではフランコ少将など多くの友人を作ったカナリスは、
1935年、国防軍防諜部(アプヴェーア)の長官に就任します。
なるほど・・、表紙に嘘偽りなく、カナリスが主役ですね。

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そしてSSの防諜機関SDのトップとしてハイドリヒが頭角を現し、
かつての上官であるカナリスとの複雑怪奇なライバル関係に・・。
ソ連赤軍の至宝、トハチェフスキーを粛清に追い込む陰謀などが紹介されます。
以前に紹介した「ヒトラーとスパイたち」と似た印象もありますね。

そのハイドリヒのゲシュタポが名付けた軍部内の「反ヒトラー派」である
「ブラック・オーケストラ」は、リーダーでありながらも陰の存在であるカナリスを筆頭に、
片腕であるハンス・オスター、ベルリン警察署長のヘルドルフ
刑事警察(クリポ)の長官ネーベといった重要な同志たちも・・。
やがてズデーテンラント危機が訪れると、ハルダーヴィッツレーベン両将軍も巻き込んだ
軍部による反乱も計画されます。

Erwin_v_Witzleben.jpg

このような展開はいろいろな書物で書かれていますが、
本書ではこの時期からの「穏健派」としてゲーリングを大きく取り上げています。
すなわち、彼にとっては大ドイツ帝国のNo.2として、優雅に暮らしたい・・という願望が強く、
チェコやポーランド、ましてやフランスや英国、ロシアとの戦争など望んでいません。
総統がいかなる形であれ排除されれば、自らが正式な後継者として平和を維持する・・
と考えるゲーリングの利用価値を見逃せないとする者もいれば、
ゲーリングは絶対に御免とするカナリス・・と反ヒトラー派でも意見は分かれます。

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1939年6月、反ヒトラー派が英国に送り込んだのはアダム・フォン・トロット・ツー・ゾルツです。
外務省の官僚としてオクスフォード留学経験もある人物ですが、
この人は「ベルリン・ダイアリー」に出てきましたねぇ。
そしてハリファクス外相と面会し、「ヒトラーの脅かしに屈しないことが重要」と警告しますが、
全面的には信頼されず、チャーチルのような強烈な反ナチ主義者も疑いの目で見るのでした。

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そんな英国に対して、SDの完璧な謀略家としてシェレンベルクが登場してきます。
オランダで英国MI6の2人を誘拐した「フェンロー事件」を詳細に・・。
また、フランスへの侵攻が計画されると、お偉いさんでもあたふたしてきます。
参謀総長のハルダーはヒトラーの占星術師に賄賂を送って買収し、
星座の配列が不吉であるから西部において攻勢に出る時期ではないと警告させようと提案。
ベルギーにドイツ空軍機が墜落して、侵攻計画が敵の手に渡ったのでは・・と大騒ぎになると、
面目丸つぶれとなったゲーリングは、千里眼だという人物に依頼して
重要書類の行方を透視してもらい、自宅の暖炉で書類を燃やすという模擬実験を行った結果、
両手に大やけどを負う始末。。

副総裁のヘスが英国に旅立ち、それをスターリンが独英の工作だと判断する展開では、
英国のMI6に巣食うNKVDのスパイとして、あの"キム"・フィルビーが・・。
これ以降、頻繁に名前の出てくるフィルビーは超有名な2重スパイですから、興味深く読みました。
その他、ドイツ国内のスパイ組織「赤いオーケストラ」や、ゾルゲといったソ連のスパイたちも・・。

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ドイツのアプヴェーアとSD、英国のMI6(SIS)、ソ連のNKVDと来て、
中盤から中心となるスパイ組織は1941年に発足した米国のOSSです。
戦後はCIAに形を変えたこの組織もある意味本書の主役であり、
長官のドノヴァンやスイス・ベルン支局長のアレン・ダレスについてもかなりページを割きます。
それというのも著者は戦時中、OSSのカイロ副支局長だったという経歴なんですね。

そういえば最近、ドイツのメルケル首相の携帯電話が
NSA(米国家安全保障局)に盗聴されていた事件から、さらに広がりを見せています。
どんなところに落ち着くのかはわかりませんが、
米国が作った通信技術を各国が使っている以上、そりゃ情報収集するでしょう。
これも、現代の「スパイ戦争」と呼べるのかもしれませんが、
ドイツの携帯電話も「エニグマ」的な、独自の防諜技術にするしかないですかね。。

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ハイドリヒ暗殺の章では、この「金髪の野獣」を生い立ちから詳しく紹介。
悪名高い女たらしの性癖について、ゲシュタポの資金で「サロン・キティ」という売春宿を作り、
外国の外交官をもてなす遊行の場として正当化したものの、
所詮は自分自身が楽しむための環境を作りたかっただけ・・と推測し、
異常性欲の持ち主で、深酔いするとサディストに変貌した・・ということです。
あんまり根拠はないような・・。

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ボルマンゲシュタポのミュラーがソ連のスパイ、またはソ連に寝返ったという例の説にも言及。
しかしシェレンベルクの"若干怪しい"回想録と、ゲーレンの回想録がネタとなっており、
まぁ、やっぱり推測の域は残念ながら出ませんね。

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ただし、戦後にチェコ防諜部から西側へ亡命したヨセフ・フロリックという人物によると、
1955年にミュラーが変名を使い、南米で暮らしていることが突き止められ、
チェコのバラク内相によって誘拐、プラハに連行、投獄して尋問・・という話も・・。

なーんてことを書いていたら、ゲシュタポ本のレビューのアクセス数が突然、爆発したので
何があったのかとWebで調べてみたら、「ユダヤ人墓地に埋葬か=ゲシュタポのトップ」
というニュースがありました。



『ナチス・ドイツのゲシュタポのトップを務めたハインリヒ・ミュラーについて、ビルト紙は
10月31日、遺体がベルリンのユダヤ人共同墓地に埋葬されていることが判明したと報じた。
ビルト紙によると、ベルリンの「ドイツ抵抗運動記念館」のトゥヘル所長が発見した資料で
埋葬が確認された。トゥヘル所長は「遺体は45年8月には見つかっていた」と指摘。
将官の制服を身に着け、内ポケットには写真入りの身分証明書が入っていたという。』 

さぁ、どうでしょうか?? コレだけじゃまだ信じられないですねぇ。
あの時期に「将官の制服に写真入りの身分証明書」って、そんな馬鹿とは思えません。
自分と似た拘留者を殺して、替え玉にするくらいは朝飯前の男ですよ。
それにしても先月のチトーの奥さんが亡くなった件といい、こういうタイミングが多いですね。

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ハイドリヒがいなくなった後、ヒムラー、シェレンベルクが直接ライバルとなったカナリス。
アプヴェーアとしては連合軍の北アフリカ上陸の「トーチ作戦」の情報も入手できず、
ヒトラーからも信用を失いつつあります。
反ヒトラー派の逮捕も始まり、陰のボスであるカナリスにも魔の手が迫りますが、
ギリギリになると、なぜかヒムラーが手を引くのです。
コレについてはカナリスがヒムラーの決定的な「何か」を握っていたと推測し、
「かつてヒムラーとハイドリヒが同性愛の関係にあった」という噂話も挙げています。
まぁ、ヒムラー自身がSS隊員の同性愛者は死刑って決めちゃってますから、
そんなことが暴露されたら、まさに自爆です。。

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スターリングラードで第6軍が降伏すると、「ドイツ将校同盟」、「自由ドイツ国民委員会」といった
捕虜から成る反ナチ組織がソ連の指導で登場してきます。
そしてパウルス元帥の他、フォン・ザイトリッツ=クルツバッハ大将にも触れられますが、
名門の出で柏葉章を持つこの人は以前からかなり気になっているんですね。

というのもロシアから「ヒトラー打倒」を訴え、母国では当然、反逆罪で死刑判決が下りますが、
戦後、捕虜として10年もの間、拘留されて1955年になってようやく帰国できたものの、
新生ドイツ連邦軍は彼の階級と年金支給を拒否・・。
「ソ連に寝返った裏切り者」という解釈は理解できますが、
同じ「反ヒトラー」として名誉を回復されたシュタウフェンベルクとの差は、一体なんなんでしょう?

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1944年7月20日の「ワルキューレ作戦」は失敗し、シュタウフェンベルクらは銃殺。
逃亡していたゲルデラーを尋問したのが、オーレンドルフだったというのは面白いですね。
そしてイタリアでは元ヒムラーの幕僚長だったSSのカール・ヴォルフ
OSSを相手に降伏交渉に明け暮れます。
いままでなぜヴォルフが左遷させられたのかがわからずにいましたが、本書によると
ヴォルフが妻と離婚し、再婚を認めて欲しいとの要請をヒムラーが断ったことで、
ヴォルフは直接ヒトラーに訴え、それが了承されたことでヒムラーが激怒。
自分の頭越しに訴え出た行為に、ヴォルフのヒトラーに対する強い影響力、
これらがヒムラーの心の中に深い怨恨を植え付けた・・ということです。
SS全国指導者だって、「鬼嫁」から逃げたくせにねぇ・・。

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そして最後にはフロッセンビュルク強制収容所で処刑されるカナリスの姿。。
ロープではなくワイヤーで吊るす、緩慢な死が訪れるような残忍な殺し方です。
ここの所長はシュタルヴィツキという名のサディストと書かれていますが、
マックス・ケーゲルではないでしょうか?
そういえば本書ではフランスの将軍がゲオルグ将軍だとか、ギャメラン将軍といった表記ですし、
ドイツの将軍もマンスタインとか、一般的な戦記の人名は結構無視されていました。
ロンメルが飛行機で重傷を負った・・という記述も出てきましたが、
コレは「飛行機に攻撃された・・」の翻訳ミスのような気がします。

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原題は「ヨーロッパの見えない戦争」というものです。
「スパイ戦争」は良いとしても、「ヒトラー暗殺計画」がバーンとタイトルに来るのは
ちょっとどうか・・、微妙なところですね。
1930年代からの参謀本部のヒトラー排除計画は前半から書かれていますが、
実際、1944年の「ワルキューレ作戦」は最後に少し出てくる程度ですし、
それを期待する読者には拍子抜けかも知れません。
そう言うヴィトゲンシュタインも、ワルキューレだと思って買ったのかも・・。
ただし、反ヒトラー派と英米の諜報機関との関係などを知りたい方には
申し分ない一冊だと思います。



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