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ヒムラーとヒトラー -氷のユートピア- [SS/ゲシュタポ]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

谷 喬夫 著の「ヒムラーとヒトラー」を読破しました。

2000年発刊で250ページの本書は以前から気になっていた一冊です。
それと言うのも、タイトルが「ヒトラーとヒムラー」ではなくて、「ヒムラー」が先・・ということなんです。
だいたい、「ヒトラーなになに・・」という本は世の中に氾濫していて、「独破リスト」でも増殖中・・。
しかし、ヒムラーうんぬん・・というタイトルの本はほとんどありません。
副題の「ユートピア」からイメージされるように、ヒムラーが東方に求めた
オカルト的なユートピアと、その思想について研究しているもののようです。

ヒムラーとヒトラー.jpg

序文では、「本書はナチズムをユートピアとして理解しようとする試みである」と述べ、
その対象はヒトラーとヒムラー、2人の口から語らせようとしています。
すなわち、「わが闘争」や演説など、記録に残っている物を分析していこうという姿勢ですね。

第1章では、彼らのユートピア思想を理解する前に、帝国主義や社会ダーウィン主義、
第1次大戦に参加したドイツ・ユダヤ人10万人、
そのうち1/10以上が戦場に散った・・という話を紹介。
ナチスの反ユダヤ主義が始まる前に、ちょっとお勉強という感じです。
続く第2章では、ヒトラーがナチ党党首となり、1920年頃の演説の反ユダヤ主義に関する部分を
2ページほど抜粋し、「ユダヤ人は国民の血を吸うヒル」、
「国際金融資本とボルシェヴィズムはユダヤ人に操られている・・」という妄想を解説します。

Typical of Nazi propaganda, Der Ewige Jude.jpg

ヒトラーと電話をするときさえ、直立不動の姿勢を取ったというヒムラー
その生い立ちから、8歳年上のマルガレーテとの結婚から別居までを簡単に・・。
そして1931年、30歳以下の社会民主党員の割合が19%だったのに対し、
40万人を越えたナチ党員のその割合は40%であったという、若い世代に魅力があったとする数字。
官僚制支配を嫌うヒトラーによって、ある程度の自由裁量を持った適任者が都度、任命され、
巨大な国家と社会制度の中で、複雑な権限と機関、幹部との競合、
そして混乱をもたらすことになった・・と簡単にわかりやすく記述しています。

Hitler, Heinrich Himmler, Viktor Lutze, Adolf Hühnlein and other Nazi leaders attend a cornerstone ceremony at the Fallersleben Volkswagen Works on 25th June 1938.jpg

詳しく書かれるのはヒムラーの権限です。
ゲシュタポの歴史から武装SSブロムベルクとフリッチュ事件
片腕ハイドリヒも写真付きで登場し、
「われわれの闘争の変還」という1935年に出版された小冊子でハイドリヒが述べた、
SS隊員に向けた心構えともいえる内容を1ページほど掲載。
「敵をあらゆる領域から最終的に駆逐し、壊滅させ、血においても精神においても、
ドイツを敵の侵入から護るために、なお数年の激しい闘争を必要としている」。

Reinhard Heydrich and Werner von Blomberg at party.jpg

レーム率いる巨大で野蛮なSA(突撃隊)を粛清し、黒服に「忠誠こそ我が名誉」という
マゾヒスティックなスローガンで、中世の騎士団風エリート集団を作り上げようとするヒムラー。
さらに怪しげな歴史神秘主義と似非ロマン主義化を試み、敬虔なカトリック家庭で育った彼は、
キリスト教とゲルマン人についても都合の良いように解釈。
自らをハインリヒ一世の生まれ変わりと考え、ヴェーヴェルスブルク城での神秘的な儀式も・・。

Heinrichs-Feier, Heinrich Himmler.jpg

また「その祖先だけを信じている民族がどれほど勇敢か・・。日本を見よ!」と戦士階級であり、
家系を名誉として自決さえためらわないサムライのあり方からもアイデアを得るのでした。
「日本人からサムライの刀を贈られた・・」というシュペーアの回想録での話も思い出しますね。

samurai.jpg

情け容赦ない、非情な絶滅戦争となった独ソ戦については、
もとはアジア由来のチンギス・ハーンによってもたらされた野蛮への防御と考え、
「スターリンは新しいチンギス・ハーンであるとヒトラーは考えていた」・・というのは面白いですね。
そしてチンギス・ハーンの書物を総統からプレゼントされたヒムラーは
このモンゴル帝国の王が戦時に示した残忍さ、皆殺しに徹底的な破壊に魅せられ、
人間の生命をネズミほどにしか考えなかったハーンに
恐れと尊敬の入り混じった感情を持ったということです。

Hitler is presented with a painting of his hero, Frederick the Great, by Heinrich Himmler.jpg

チンギス・ハーンについてはあまり詳しくないんですが、個人的には日本(アジア?)では
反町隆史が演じた「蒼き狼」という映画も作られたりと英雄扱いで、
ヨーロッパでは残忍で野蛮な征服者と、イメージされている気がしますね。
それにヴィトゲンシュタインの世代はどうしてもチンギス・ハーンと言うより、「ジンギスカン」。
となると、まるでテーマ曲のように「ジン、ジン、ジンギスカ~ン。エ~ラカ、ホ~ラカ・・・」と
頭の中で曲が流れてしまいます。。脱線してすいません。ウッ!ハッ!

gengfis khan.jpg

いよいよ東方へのユートピア・・。
長期的には北方人種を含む、1億人のゲルマン人を占領した東方の地に開拓者として入植させ、
ロシア人、その地の劣等民族は教育も受けさせずに奴隷として扱う・・、
このようなヒトラーの考えを「ヒトラーのテーブル・トーク」を抜粋しながら進みます。
ここでは「スターリンのような容赦なき措置によってのみ、目標を達成できる・・」と
ヒトラーが語っているのが印象的です。まさに「グラーグ」を知っていたんでしょうね。

ポーランド戦以降、占領地で絶滅作戦を繰り広げるハイドリヒ指揮するアインザッツグルッペン。。
その一方でポーランド人やチェコ人であってもゲルマン的血を引いていると思われる子供を
ドイツに連れ帰ってゲルマン化したい・・という「生命の泉」にも触れています。

Himmler_Wolff and boy.jpg

ベルリン大学教授でSS大佐でもある、コンラート・マイヤー=ヘトリンクを中として作成された
「東部総合計画」の見取り図も3枚掲載され、具体的なSSのユートピア計画にも言及。
ヒムラーの夢想するユートピアは、彼らしい農業を中心とした世界です。
引退したら、ソコで牧場を営みたい・・なんて語っていたというのも何かで読みましたね。

Planung und Aufbau im Osten_Heß und Himmler,Bouhler, Daluege,Konrad Meyer.jpg

しかし、戦局の悪化やパルチザンの抵抗などによって占領地に入植するどころではありません。
当初、ユダヤ人はマダガスカル島へ強制移住させると計画していたものの、
制海権を掌握する英国に勝利する見通しも喪われ、計画は夢の彼方へ・・。
ウラル山脈の向こう、シベリアやアラスカへユダヤ人を追放しようとする案も、
対ソ戦に手こずっている現状では、やっぱり夢の彼方です。

poland-ghetto-warsaw-persecution-of-jews-nazi-germany.jpg

本書では「ヒトラーがユダヤ人絶滅指令を(おそらく口頭で)出したのは1941年」としています。
そしてこの命令にはさすがのヒムラーも動揺。。
いくらユダヤ人が世界支配の陰謀を企み、ゲルマン民族の血を汚染する寄生虫だと言われても、
多くの無防備なユダヤ人、しかも老人や、必死に子供を守ろうとする母親を
子供もろとも射殺し続けるには、格別の「正当化イデオロギー」が必要になります。
こうしてSS隊員に対し、「ユダヤ人駆除はシラミ駆除と同様であり、
世界観の問題ではなく、衛生上の問題である」と説くヒムラー。

Einsatzgruppen35.jpg

そう言ってはみたものの、大量射殺現場に立ち会って卒倒しそうになったSS全国指導者・・、
忠誠と服従をモットーにした騎士団であるSSは、いかなる非人道的な、
過酷な任務にも耐えられねばならず、耐えがたいほど残酷な命令であればあるほど、
ヒムラーの自虐的ヒロイズムは燃え上がります。

Heinrich Himmler.jpg

中止となった「安楽死計画」に使用されていた「青酸ガス」方式を導入し、
アウシュヴィッツトレブリンカ、ゾビボルなどの絶滅収容所が誕生。
ゾンダーコマンドに選ばれたユダヤ人が死体の処理も行うという、
ユダヤ人によってユダヤ人を絶滅させる、地獄のシステムが完成するのでした。

Death Gate_ auschwitz.jpg

著者の経歴を見ると、あの強烈だった「普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊」の
訳者さんなんですね。後半のホロコーストはさすが、詳しく書かれていました。
正直、ヒムラーとヒトラーが東部の生存圏をユートピアとしてどのように考えていたか・・
については知っていたことと、さほど変わりはありませんでしたが、
もともとはヒトラーの思想であった東部のユートピア構想に、ヒムラーのオカルト的な要素が加わり、
戦争が激化する中、そのユートピアの夢は挫折し、とにかくユダヤ人だけでも絶滅させようという
本来の目的とは違う方向に進んでいった・・という面白い視点でよく研究された一冊だと思います。









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