シリーズ 制服の帝国 -ナチスの群像- <上> [軍装/勲章]
ど~も。ヴィトゲンシュタインです。
山下 英一郎 著の「シリーズ 制服の帝国 <上>」を読破しました。
6月に紹介した「制服の帝国 -ナチスSSの組織と軍装-」は、6000円オーバーという大作で
腕が疲れる・・というほどものでしたが、今年の3月に発刊された、「月刊アームズマガジン」誌で
2008年から連載されていたモノを上下巻の単行本にまとめた本書は
ソフトカバーで160ページ、お値段も1890円となかなか手頃なものです。
副題の「ナチスの群像」からは本書のテーマや内容がイマイチ読み取れませんが、
「ナチス・ドイツの規則や制服等、当時の資料や実際の用品を元に、細部に渡り徹底的に紹介する」
ということで、さらに「必ずしも一般には馴染みのない人物、組織、出来事も扱っている」と、
著者らしいマニアックな内容が期待できますね。
最初の8ページは、嬉しいことにカラーでアルゲマイネSS(一般SS)の開襟服を紹介しています。
1933年頃のSS軍曹と1936年頃のSS准将の黒服、1943年頃のSS大尉と
1942年頃のRSHA少将とフィールドグレーの開襟服の4着が細かい解説で登場。
掴みはOKですね。
最初の章は「ナチス・ドイツの統治機構」と題して、
各省の大臣や党の全国指導者の関係を説明します。
といっても、これが実に大変に複雑怪奇なもので、例えばゲッベルスの宣伝大臣などは
良く知られていますが、それは首相ヒトラー内閣としての大臣であり、
ナチ党党首ヒトラーの元では「宣伝全国指導者」という役職であるわけです。
しかし閣僚や全国指導者全員がそうではなく、1936年の例を挙げて
全国指導者の18人中10人が政府での地位を持っていなかったということや、
その逆についても表を使って詳しく解説・・。また、それらも1945年まで、
常に変動していたというのが理解できます。
このような問題は似たような行政機関での混乱を招き、
青少年全国指導者フォン・シーラッハがヒトラー・ユーゲントの教育方針を巡り、
政府の文部省との軋轢が起きてしまいます。
このような話が15ページほど珍しい写真も掲載しながら進みますが、
いや~、凄い濃い内容ですねぇ。。所々、読み返しながらでないと
難しくてなかなか理解できませんでした。
これは本書の書き方の問題ではなく、それだけ党を含めたナチス政府というものが、
様々な地位と役職が混在し、その権力争いも熾烈を極めていたことが要因のようです。
もちろん、これはヒトラーの狙いでもあるわけですね。
また、本書には書かれていませんが、ゲッベルスはナチ政権獲得前からの首都ベルリンの
「大管区指導者」でもありますが、ここにもやっぱりベルリン市長なんかがいるんでしょうけど、
どうせナチ党員でしょうから、どっちが偉いかは考えるまでもありません。。
次はもうちょっと簡単な章で、「SSの高さに栄光あれ!」。
いわゆるアーリア人のエリート部隊であるSS隊員の入隊規定のひとつ、
最低身長170㎝であること、といった話ですね。
本書では年代ごとに変化したこの規定も細かく書かれ、
エリート中のエリートである「ライプシュタンダルテ」は178㎝以上であるものの
その他の一般SSなどは165㎝であり、また、これがSS独自の規定ではなく、
先に創設していた「ゲネラル・ゲーリング連隊」の基準を真似たものであるそうです。
他にもSSの個人記録簿に書かれた身長と写真から、著名なSS将校の身長を推定する・・
といった試みを行っており、フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガーや
バッハ=ツェレウスキ、マイジンガー、ダリューゲらのオリジナルの記録簿を掲載しています。
シュトロープはちゃんと当初の「ヨーゼフ」が消されて、「ユルゲン」と手書きで改名していました。
次の章はSSの結婚式です。
あるSS少尉の結婚式の連続写真が発見されたようで、式の後の食事や団らんの様子までが
コメントとともに掲載されています。
本書によると、このような写真は新郎新婦はもちろんのこと、出席者もSS隊員だったという
証拠になって、時効のない非ナチ化裁判で追及されてしまうので、出回らないそうです。
しかし、この奥さん、グレース・ケリー似の美人だなぁ。。と思ってたら、
次の章は「SSにおける女性キャリア」です。
SS女性補助員の組織図の「草案」を掲載し、女性全国指導者のショルツ=クリンクが
キング・オブ・アルゲマイネSSことハイスマイヤーSS大将の奥さんだった話も紹介。
次の強制収容所と髑髏部隊の章では、「ダンツィヒ郷土防衛軍」が詳しく書かれていました。
これは1939年のポーランド侵攻時に、ダンツィヒで活躍した部隊で、
先日の「ナチスドイツの映像戦略」でも紹介されていたので気になっていましたが、
もともとは髑髏連隊「オストマルク」の第3大隊で、ダンツィヒ市議会から要請を受け、
侵攻直前の8月に派遣され、後には第3SS師団トーテンコップの歩兵連隊に編入された・・
ということです。
「巴里の独逸人」の章では以前に紹介した「ナチ占領下のパリ」と「ゲシュタポ・狂気の歴史」でも
なかなか良く書かれていた、フランスでのSS、ゲシュタポのお話となっています。
最初に派遣されたクノッヘンSS大佐の頑張りと、オーベルクSS少将の登場。。
「フランスにおけるドイツ保安警察とSDの組織図」の分析では、
リヨン支部の指揮官がクナップSS中佐、代理がホラート大尉であり、
1942年からゲシュタポの長だった、かの悪名高きバルビーの名前は載っていないということで、
著者は「予想外に小物なのだろうか?」
ポーランドのユダヤ人を一掃する「ラインハルト作戦」の章に続き、
アインザッツグルッペンに焦点を当てた次の章では、ハインツ・ヨストSS少将が主役です。
1904年生まれの彼は、SD外国局局長を勤めますが(シェレンベルクの前任者ですね)、
「行動するインテリ」を求めるハイドリヒからの要請と、出世レースで必要な前線任務・・、
すなわちロシアでのアインザッツグルッペン指揮官としての任務に就きます。
しかし庇護者のハイドリヒが暗殺されると、彼も局長の座を解任され、役職もなくし、
東部へ左遷。。かつて同格だったオーレンドルフの指揮下で精神も病み、
挙句の果てには、武装SS軍曹として転属・・。対戦車猟兵としての訓練を受けることに・・。
ハイドリヒが大学出のインテリに過酷な任務を求めたことや、
そのハイドリヒが死ぬと、ヒムラーによってハイドリヒ派が人事によって飛ばされた・・
というのは過去に読んだ話ですが、このヨストのような具体例を知ると、ちょっと同情しますね。
最後にはSS襟章とワシの袖章、そして金枠党員章とパルチザン掃討章が紹介されます。
当初は160ページというボリュームと、写真もタップリ掲載されていることから
2時間程度で独破してしまうかと思っていましたが、いや~・・、コレはとてもとても・・。
章ごとの内容が濃くて(マニアックで)、部分的には読み返しながらでないと理解できない・・
という程の素晴らしいものでした。
結局、2日間に分けて4時間かけて読了しましたが、ちょっとグッタリしました。
すぐに下巻に突入するのをためらうほど、疲れました。。。実に濃い~です。。
山下 英一郎 著の「シリーズ 制服の帝国 <上>」を読破しました。
6月に紹介した「制服の帝国 -ナチスSSの組織と軍装-」は、6000円オーバーという大作で
腕が疲れる・・というほどものでしたが、今年の3月に発刊された、「月刊アームズマガジン」誌で
2008年から連載されていたモノを上下巻の単行本にまとめた本書は
ソフトカバーで160ページ、お値段も1890円となかなか手頃なものです。
副題の「ナチスの群像」からは本書のテーマや内容がイマイチ読み取れませんが、
「ナチス・ドイツの規則や制服等、当時の資料や実際の用品を元に、細部に渡り徹底的に紹介する」
ということで、さらに「必ずしも一般には馴染みのない人物、組織、出来事も扱っている」と、
著者らしいマニアックな内容が期待できますね。
最初の8ページは、嬉しいことにカラーでアルゲマイネSS(一般SS)の開襟服を紹介しています。
1933年頃のSS軍曹と1936年頃のSS准将の黒服、1943年頃のSS大尉と
1942年頃のRSHA少将とフィールドグレーの開襟服の4着が細かい解説で登場。
掴みはOKですね。
最初の章は「ナチス・ドイツの統治機構」と題して、
各省の大臣や党の全国指導者の関係を説明します。
といっても、これが実に大変に複雑怪奇なもので、例えばゲッベルスの宣伝大臣などは
良く知られていますが、それは首相ヒトラー内閣としての大臣であり、
ナチ党党首ヒトラーの元では「宣伝全国指導者」という役職であるわけです。
しかし閣僚や全国指導者全員がそうではなく、1936年の例を挙げて
全国指導者の18人中10人が政府での地位を持っていなかったということや、
その逆についても表を使って詳しく解説・・。また、それらも1945年まで、
常に変動していたというのが理解できます。
このような問題は似たような行政機関での混乱を招き、
青少年全国指導者フォン・シーラッハがヒトラー・ユーゲントの教育方針を巡り、
政府の文部省との軋轢が起きてしまいます。
このような話が15ページほど珍しい写真も掲載しながら進みますが、
いや~、凄い濃い内容ですねぇ。。所々、読み返しながらでないと
難しくてなかなか理解できませんでした。
これは本書の書き方の問題ではなく、それだけ党を含めたナチス政府というものが、
様々な地位と役職が混在し、その権力争いも熾烈を極めていたことが要因のようです。
もちろん、これはヒトラーの狙いでもあるわけですね。
また、本書には書かれていませんが、ゲッベルスはナチ政権獲得前からの首都ベルリンの
「大管区指導者」でもありますが、ここにもやっぱりベルリン市長なんかがいるんでしょうけど、
どうせナチ党員でしょうから、どっちが偉いかは考えるまでもありません。。
次はもうちょっと簡単な章で、「SSの高さに栄光あれ!」。
いわゆるアーリア人のエリート部隊であるSS隊員の入隊規定のひとつ、
最低身長170㎝であること、といった話ですね。
本書では年代ごとに変化したこの規定も細かく書かれ、
エリート中のエリートである「ライプシュタンダルテ」は178㎝以上であるものの
その他の一般SSなどは165㎝であり、また、これがSS独自の規定ではなく、
先に創設していた「ゲネラル・ゲーリング連隊」の基準を真似たものであるそうです。
他にもSSの個人記録簿に書かれた身長と写真から、著名なSS将校の身長を推定する・・
といった試みを行っており、フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガーや
バッハ=ツェレウスキ、マイジンガー、ダリューゲらのオリジナルの記録簿を掲載しています。
シュトロープはちゃんと当初の「ヨーゼフ」が消されて、「ユルゲン」と手書きで改名していました。
次の章はSSの結婚式です。
あるSS少尉の結婚式の連続写真が発見されたようで、式の後の食事や団らんの様子までが
コメントとともに掲載されています。
本書によると、このような写真は新郎新婦はもちろんのこと、出席者もSS隊員だったという
証拠になって、時効のない非ナチ化裁判で追及されてしまうので、出回らないそうです。
しかし、この奥さん、グレース・ケリー似の美人だなぁ。。と思ってたら、
次の章は「SSにおける女性キャリア」です。
SS女性補助員の組織図の「草案」を掲載し、女性全国指導者のショルツ=クリンクが
キング・オブ・アルゲマイネSSことハイスマイヤーSS大将の奥さんだった話も紹介。
次の強制収容所と髑髏部隊の章では、「ダンツィヒ郷土防衛軍」が詳しく書かれていました。
これは1939年のポーランド侵攻時に、ダンツィヒで活躍した部隊で、
先日の「ナチスドイツの映像戦略」でも紹介されていたので気になっていましたが、
もともとは髑髏連隊「オストマルク」の第3大隊で、ダンツィヒ市議会から要請を受け、
侵攻直前の8月に派遣され、後には第3SS師団トーテンコップの歩兵連隊に編入された・・
ということです。
「巴里の独逸人」の章では以前に紹介した「ナチ占領下のパリ」と「ゲシュタポ・狂気の歴史」でも
なかなか良く書かれていた、フランスでのSS、ゲシュタポのお話となっています。
最初に派遣されたクノッヘンSS大佐の頑張りと、オーベルクSS少将の登場。。
「フランスにおけるドイツ保安警察とSDの組織図」の分析では、
リヨン支部の指揮官がクナップSS中佐、代理がホラート大尉であり、
1942年からゲシュタポの長だった、かの悪名高きバルビーの名前は載っていないということで、
著者は「予想外に小物なのだろうか?」
ポーランドのユダヤ人を一掃する「ラインハルト作戦」の章に続き、
アインザッツグルッペンに焦点を当てた次の章では、ハインツ・ヨストSS少将が主役です。
1904年生まれの彼は、SD外国局局長を勤めますが(シェレンベルクの前任者ですね)、
「行動するインテリ」を求めるハイドリヒからの要請と、出世レースで必要な前線任務・・、
すなわちロシアでのアインザッツグルッペン指揮官としての任務に就きます。
しかし庇護者のハイドリヒが暗殺されると、彼も局長の座を解任され、役職もなくし、
東部へ左遷。。かつて同格だったオーレンドルフの指揮下で精神も病み、
挙句の果てには、武装SS軍曹として転属・・。対戦車猟兵としての訓練を受けることに・・。
ハイドリヒが大学出のインテリに過酷な任務を求めたことや、
そのハイドリヒが死ぬと、ヒムラーによってハイドリヒ派が人事によって飛ばされた・・
というのは過去に読んだ話ですが、このヨストのような具体例を知ると、ちょっと同情しますね。
最後にはSS襟章とワシの袖章、そして金枠党員章とパルチザン掃討章が紹介されます。
当初は160ページというボリュームと、写真もタップリ掲載されていることから
2時間程度で独破してしまうかと思っていましたが、いや~・・、コレはとてもとても・・。
章ごとの内容が濃くて(マニアックで)、部分的には読み返しながらでないと理解できない・・
という程の素晴らしいものでした。
結局、2日間に分けて4時間かけて読了しましたが、ちょっとグッタリしました。
すぐに下巻に突入するのをためらうほど、疲れました。。。実に濃い~です。。