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電撃戦という幻〈上〉 [戦記]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

カール=ハインツ・フリーザー著の「電撃戦という幻〈上〉 」を遂に読破しました。

以前にオススメのコメントを戴いていたものの、下巻が廃刊でプレミア価格にもなっていること、
そしてタイトルの「幻」というのが、いかにも「電撃戦などなかったのだ・・」といった
ネガティブな雰囲気を醸しだしていることから、ずるずると手を出さずに過ごしていましたが、
やっぱり気になるものは読まないと、身体にも良くないし・・ということで、
2003年発刊の本書をとりあえず、上下巻まとめて図書館で借りてみました。
まず下巻の訳者あとがきに目を通すと、このタイトルの説明が・・。
原著のタイトルは「Blitzkrieg Legende = 電撃戦伝説」というもので、
これだと電撃戦を肯定的にしていると思われることから、翻訳版では
若干、否定的なニュアンスである「幻」にしたそうです。
個人的には・・「電撃戦伝説」だったら、もうとっくに買っていたかも知れません。。。
いや~、タイトルっていうのはホント重要ですね。

電撃戦という幻〈上〉.jpg

著者フリーザー氏はドイツ連邦国防軍の大佐であり、軍の戦史研究機関の
「第2次世界大戦担当」の部長という肩書です。
その彼の研究として書かれた本書は、その立場だからこそ可能な、第1級の資料と
人脈によって、電撃戦と呼ばれた西方戦役を徹底的に分析していくわけですが、
「電撃戦」という本で最初に問題になるのは、その「電撃戦の定義」です。
以前に紹介したレン・デイトンの「電撃戦」でも、コレを「定義」していましたし・・。
それは本書でも同様で、そもそも「電撃戦」とは一体なんなのか?
誰が、いつ、「電撃戦」と言い出したのか?
または、西方作戦は初めから「電撃戦」として計画されていたのか?
具体的にどのような戦い方が戦略的、作戦的、戦術的に「電撃戦」と言われるのか?

まずは西方戦役の前史として、本来、英仏との戦争を考えていなかったヒトラーが
ポーランド侵攻によって宣戦布告を受けてしまい、陸軍参謀次長シュテルプナーゲル
「これが無責任な政治ゲームの請求書であり、このプレイヤーはとうとう間違ったカードを・・」
と、ここ数年、ツキまくっていたギャンブラーに対して憤激するところからです。
ポーランド戦用の作戦は出来ていたものの、西側諸大国との戦いは全く考慮しておらず、
ヒトラーも参謀本部も総合的な戦争計画は何の準備もしていません。

Hitler during maneuvers at St. Poelten in Austria.jpg

しかし、あっという間にノックアウトしたポーランド戦が終わると、
すぐさま西方作戦を口にして将軍たちを驚かせるヒトラー。
陸軍総司令官ブラウヒッチュは「正気の沙汰ではない」、C軍集団司令官のフォン・レープ
「常軌を逸した構想」と憤慨し、ナチ派のライヒェナウでさえ「犯罪的」と断定します。
さらにはOKW長官のイエスマン、カイテルまでも職務を解いてくれるよう願い出る有様。。
が、結局は兵器や、特に弾薬が底をついているなど、物資面の問題からも
攻撃開始日は何度も変更されて、やっと1940年5月10日に落ち着きます。

本書では当時の装備計画は古色蒼然たる「塹壕戦構想」から出発しているとして、
ヒトラーの気持ちが、まるでヴェルダンの復讐戦をやるかのように重砲に向けられ、
竣工したばかりの巡洋戦艦シャルンホルストとグナイゼナウの主砲を外して、
マジノ線を制圧することを思いつく始末だったと・・。

Walther Von Brauchitsch;Adolf Hitler.jpg

こうした状況で国防軍内に参謀総長のハルダーを中心としたクーデター派が登場してきます。
手提げカバンにピストルを忍ばせたハルダーですが、結局は挫折・・。そして戦後の彼の告白も・・。
「クーデターをやればよかったというのか? 参謀本部の長である私が暗殺者に?」
そして、ヒトラー暗殺を諦めたハルダーは「どうせやるなら勝つしかない」とばかりに
本来の職務である西方作戦計画に没頭していくのでした。

ですが、彼の作ったものはヒトラーからもダメ出しされる程度の二流の計画に終始・・。
著者は、これが西方進撃をヒトラーに諦めさせるための抗議行動と解釈するのが
妥当ではないか・・としています。

hitler_halder.jpg

そんななか、全く別の場所でも作戦計画を立てている人物が・・。
ご存じ、A軍集団参謀長のフォン・マンシュタインです。
「攻撃の重点を北方から中央に移し、精鋭装甲部隊による突破攻撃を敢行せよ」
本書では「"鎌"計画」と呼ばれる、有名なマンシュタイン・プランの誕生です。
この斬新な計画を参謀本部へシツコク提示するも、ハルダーに握りつぶされ・・という展開も
良く知られていますが、ココでは前参謀総長ベック時代に第1補佐官兼代理として
将来の参謀総長の座が約束されていたマンシュタインが、「ブロムベルク=フリッチュ危機」に伴い、
左遷され、次長にハルダーが就任。そしてヒトラー反対派のベックが辞任するとその後釜に・・という
過去の2人の確執の原因と、バイエルン人ハルダーとプロイセン人マンシュタインの気質と
頭の構造の違いにまで言及しています。

Erich v Manstein_Franz Halder.jpg

結局、マンシュタイン・プランがヒトラーの目に留まることと引き換えのように彼は再び、左遷。
最終的にこの作戦計画を仕上げたハルダーですが、「続ドイツ装甲師団」に書かれていた
フォン・ボックの罵倒の他にも、「装甲兵種の墓堀人」と雑言を浴びせられることに・・。
1940年3月の段階でも、ヒトラーの元に参集した保守派の軍人たちは懐疑的。。。
戦車の鬼グデーリアンに対する「ムーズ川を渡った後、どうするのか?」というヒトラーの質問に
第16軍司令官のブッシュが口を挟み「いや、君に渡れるとは思わない」
これにグデーリアンは返答します。「あなたがやるわけではない」

Heinz Guderian und Ernst Busch.jpg

このような作戦段階を総括して本書では、「まやかし戦争」は英仏にとって有利なものであり、
一方、ドイツは経済封鎖がもたらす戦略的「兵糧攻め」を打ち破るには、
思い切った作戦を講じて、戦線の外(西方)へ打って出るしかなったとしています。

いよいよ西方作戦開始。本書はタイトルが電撃戦の・・となっているように、
この巨大な3個軍集団全体の戦いを検証せず、フォン・ルントシュテット率いる中央のA軍集団、
もっと言えば、フォン・クライスト率いるクライスト装甲集団の戦いに限定しています。
リデル・ハートの言う「「闘牛士の赤いマント」である右翼のB軍集団が敵軍を挑発して誘い込み、
A軍集団が「剣」となって敵軍の開いた脇腹に突き刺さる」というこの作戦。
13万人の人員、4万台の車両を揃えたクライスト装甲集団は、まさしくその「剣先」であり、
この型破りな大装甲部隊を指揮する中心人物は、もちろんグデーリアンです。

Gelb_manstein.jpg

後の陸軍参謀総長に大抜擢されるツァイツラー大佐が参謀長を務めるこの装甲集団ですが、
正規軍で構成された軍集団のなかにあって、このような新しい兵科の部隊は、
まるで外人部隊のような存在であり、各軍も彼らを自軍の配下に治めようと画策します。
歩兵軍に手綱を握られては彼らの「露払い」に甘んじることなりかねないクライストは、
装甲集団が歩兵軍の遥か前方で作戦していれば良し。しかし攻撃が停滞し、
その間隔がなくなれば・・というルントシュテットの妥協案を受け入れ、
これが結果的に「うしろから魔王どもに追われている」かのごとき
死にもの狂いの突進を行うことになった・・と表現しています。

W.Front May 1940.jpg

そして予定通りとはならなかった出だしの車両の大渋滞。。。
ラインハルト率いる装甲軍団はグデーリアン軍団の後塵を進むこととなりますが、
奇跡的にもフランス軍総司令部は偵察機からの報告を「幻である」と決めつけます。
さらに、その後もドイツ軍の侵攻スピードは前大戦を基準としたことから、
ムーズ川での渡河準備まで2週間はかかると判断・・。

pz38meuse.jpg

グデーリアン軍団では精鋭中の精鋭である「第1装甲師団」が先鋒を努めますが、
この師団の編成表を見ると、師団長キルヒナー以下、作戦参謀にはヴァルター・ヴェンク
第1伝令将校にフォン・ローリングホーフェン、狙撃兵連隊長はヘルマン・バルク
砲兵大隊長にはフォン・ヒューナースドルフ、戦車大隊長にはあのシュトラハヴィッツ伯爵
強烈な、錚々たる面子が揃ってますね。

Friedrich Kirchner.jpg

こうして遂にセダンを突破。ムーズ川渡河では、精鋭グロースドイッチュランド歩兵連隊と
突撃工兵大隊が大活躍をしています。
また、これも良く言われる「幻の戦車」報告によって狂乱が起き、
フランス軍が我先にと撤退していく様子。。
前大戦では4年を費やしても打開できなかった戦局を、僅か5日間で空けた巨大な突破口。
装甲部隊は橋頭堡から一気に西進を目論みますが、
後続の歩兵部隊が追いつくまで待機・・との命令が。。
決断を迫られるグデーリアン・・。その結論は、当然「命令無視」です。
戦法の常道をも打ち破り、英仏海峡を目指し、怒涛の進撃を開始するのでした。

L'un de mes Panzer III a également réussi à prendre pied sur la rive française.jpg

上巻はコレにて終了です。
この上巻を読んだ感想を恥ずかしいほど簡単に書くと「ムチャクチャ面白い!」
当初は専門的で難しそうだな・・とも思っていましたが、いやいやなんのなんの・・。
著者フリーザー氏が読みやすいように文章を整理した校閲者の女史に礼を述べているように
専門用語の応酬という堅苦しいものではなく、部分的にはパウル・カレルを彷彿とさせるような
戦闘シーンの記述もあったり、また、訳者さんの力に負うところも大きいのかも知れません。



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