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神々の黄昏 -ヨーロッパ戦線の死闘- [戦記]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

アラン・ムーアヘッド著の「神々の黄昏」を読破しました。

「神々の黄昏」なんていうタイトルだと、どうしても10年くらい前に読んだ
グラハム・ハンコックの「神々の指紋」をイメージしてしまいましたが、
アレは「古代文明の遺跡」モノでしたね。
本書のもともとのタイトルは「崩壊 -ヨーロッパ戦線1943-1945-」で、
こちらだと1943-1945にかけてヨーロッパ戦線で「崩壊」していくドイツ軍・・というのが
タイトルだけで充分に伝わってきます。。。

神々の黄昏.jpg

1943年8月、シチリアに上陸したモントゴメリー率いる英第8軍と共にメッシーナを目指す
3人の戦場特派員のひとり、ロンドンのデイリー・エクスプレス紙の記者、ムーアヘッド・・。
すでに北アフリカ戦線での勝利までも追いかけてきた、ベテラン戦場記者です。

第8軍兵士とともにメッシーナ海峡を渡って、いよいよイタリア本土に上陸を果たします。
そこではムッソリーニを追放し、その後任となったバドリオ元帥が「あの男が、どれだけ
このイタリアに恐怖をもたらしたことか!」と語る姿に、異を唱えます。

Benito Mussolini, 1943.jpg

ムッソリーニとファシズムに賭け、勲章と金を貰ってきた連中が、ここに至って
「我々の哀れな祖国は、あのとんでもない男のおかげで、酷い罪を犯してしまった」
などという、そんな虫のいい話は通らない・・。
そして市民全体を見ても、イタリア人が反省もせず、すべてをファシストのせいにしていると・・。

同じイタリアでもナポリだけは特殊な状態です。
飢えが支配し、大人から子供までが闇市やインチキな商売に手を染め、
誇りや尊厳もない、動物的な生存競争・・、食料のために人間の道徳が崩壊した姿です。

Napoli 1943 liberazione.jpg

このあたり特に興味深かったのがユーゴの混沌とした政情と、それに伴う連合軍の戦略です。
1941年に英国へ亡命した若き国王ペータル2世を支持する連合軍は、
祖国で一大パルチザン部隊を築き上げているチトーを認めつつあるものの、
その協力を始めた時には、すでに手遅れだった・・というものです。
このユーゴスラヴィア史は大変興味がありますし、ギリシャ王女の奥さん、アレキサンドラも
とても美しいので、なにか良い本がないか探してみます。

petarⅡ_aleksandra.jpg

モンテ・カッシーノで繰り返される猛爆撃・・、しかし、「ドイツ軍は狂信的な反撃を続け、
地下で暮らし、ときに死ぬために地上へ出てきた」。
こうしたイタリア作戦をムーアヘッドは振り返り、
「初めから明確で妥当な軍事上の目的を欠いた作戦」として
「いまだに無駄な作戦であったと思う」と感想を残します。

Monte Cassino.jpeg

アフリカで輝かしい記録を樹立した攻撃的な将軍、ロンメルこそフランスを防衛し、
旧敵モントゴメリーに最後のとどめを刺すべき男・・。そして、万一に備え、
偉大なプロであるルントシュテットは西部戦線全体を統括する最高司令官の位置に残された。
これがムーアヘッドの見るドイツ西方軍です。

Blaskowitz__Sperrle_von Rundstedt_Rommel_Krancke.jpg

上陸したノルマンディでの攻守入り乱れる激闘の記録・・。
ヴィレル・ボカージュやカーンが瓦礫の街と化すもののフランス人は廃墟の真ん中で開放を祝い、
国旗を掲揚し、ラ・マルセイエーズを歌います。
そしてそれは開放された首都、パリでも同様です。
熱烈な歓迎・・、50人から100もの女性が手を差し伸べ、キスの嵐が。。
兵士たちは自衛のために少しでも綺麗な女を選び出そうと懸命です。

La Libération.JPG

ちなみに昔からサッカーのW杯などを観て、国歌には結構うるさいヴィトゲンシュタインですが、
一番気合が入るのが、このラ・マルセイエーズです。フランス革命の唄ですから歌詞も凄い。。



いざ祖国の子らよ、栄光の日は来た!
我らに向かって、暴君の血塗られた軍旗は掲げられた!
聞こえるか、戦場であの獰猛な兵士どもが唸るのを?
奴らは我々の腕の中まで
我らの息子や仲間を殺しにやって来る!

武器を取れ、市民諸君!
隊伍を整えよ!
進もう!進もう!
不浄な血が我々の畝溝に吸われんことを!

liberation-de-Paris-1944.jpg

ドゴール将軍が凱旋門に到着しても、抵抗するドイツ軍狙撃兵に混じって、
フランス人の保安隊(ミリス)も屋根の上からパリ市民を狙い続けます。
この保安隊(ミリス)というのは良く知りませんでしたが、戦争に押し流され、
人間のまともな繋がりを見失ってしまった若者の集団だそうです。
怒りや憎しみではなく、ただ殺したいがために祖国の反逆者となった彼らは
捕まれば、群衆の手で惨殺される運命を知りながら、弾が尽きるまで自由を謳歌します・・。

Liberation de Paris.JPG

パリに続く首都はベルギーのブリュッセル奪還です。
ドイツ軍に対する激しすぎる憎悪と、解放された激しすぎる歓びで、
10日間に渡って狂乱状態が続きます。
アントワープの動物園ではドイツ兵だけではなく、対独協力者の裏切り者ベルギー人、
女性も娼婦以外に彼らの妻や娘も檻に入れられ、市民の見世物に・・。
そしてドイツ兵は英軍に引き渡されますが、対独協力者は即席裁判の末、銃殺刑です・・。

libération de Bruxelles.jpg

ムーアヘッドは「マーケット・ガーデン作戦」にも同行しています。凄いですねぇ。
最初に奪取したアイントホーフェンの街はオレンジ一色でお祭り気分に浸っていたというのも
遠すぎた橋」を彷彿とさせますね。さらには「バルジ大作戦」も結構詳しく書いています。

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遂に辿り着いたドイツ本土・・。そこは「大聖堂」以外がすべて瓦礫となった街、ケルン・・。
途中、ヘミングウェイに出会ったりというシーンもありましたが、
ヘミングウェイって第一次大戦やスペイン内戦に参加したのは有名ですが、
第2次大戦にも・・というのは知らなかったなぁ。。

Ernest_Hemingway_and_Buck_Lanham,_1944.jpg

ヴェーザー川近くの小村の倉庫にはドイツ人と外国人労働者が群がっています。
そこにはフランスから略奪してきたと思われる、ムーアヘッドすら見たことのないほどの
逸品揃いのボルドー・ワインが隠されていました。
良い出来のシャトー・ディケムを1ケース抱えた子供がよろめきながら通り過ぎると、
大人の連中はもっと凄いもの・・1929年もののマルゴーとオー・ブリオンを狙っています。
サイズが大きく、はしゃいだ子供が落として壊しがちなのは、世にも美しい大瓶に入った
1891年のラフィット・ロートシルトです・・。こりゃ凄い状況ですね。。
ワイン呑みの自分がその場にいたら、彼らと同じだったでしょう。これは「お宝」ですから。。

Haut-Brion 1929.jpg

解放されたベルゲン・ベルゼン強制収容所の様子と
「私はSSの士官ですから、命令は絶対なんですよ」と言い訳を並べ、石を投げつける
被収容者だけではなく、看守たちからも背を向けられる所長のヨーゼフ・クラーマーSS大尉も登場。

Irma Grese and Josef Kramer at Celle Prison.jpg

そしてドイツは降伏。デーニッツの意を受けたドイツ代表団に対するモントゴメリー。
昼食の席で責任の重大さに圧倒され、5分間も男泣きに泣くフリーデブルク提督の姿に
「目をそむけずにはいられない光景だった」。

このようにしてデンマーとノルウェーの解放と続いて、本書は幕を閉じます。

Kolner Dom.jpg

1945年の10月という、終戦後、わずか5ヶ月後に発刊された本書は
最前線の従軍記者が書いたものということもあって、
著者ムーアヘッドがソコで見聞きし、体験した事柄を生々しく、
また、時には分析しながら、迫力あるタッチで読ませてくれる斬新なものでした。
しかし逆に言えば、本書こそがヨーロッパ戦線の戦記の元祖的な位置づけ
であるのかも知れません。

また、ヒトラーを中心としたドイツ軍側についての記述も所々に出てはきますが、
さすがに終戦後すぐ・・という状況から、「ん?」と言う箇所も結構あります。
例えば、ロンメルやクルーゲの死に関する部分や、
「ラインの守り」作戦を中心となって発案、実行に移すのがヒトラーではなく
ルントシュテットだったり・・。
しかし、コレはコレで、当時のドイツ軍に関する情報や、連合軍から見た印象が
どのようなものだったのかが理解できるという点で、勉強になりました。
「ラインの守り」作戦がなぜ、「ルントシュテット攻勢」と呼ばれたのか・・とかですね。

Time_1944_08_21_Gerd_von_Rundstedt.jpeg

そして本書は各国の解放された市民感情がいかなるものだったのか・・
が大きなテーマとして、あるように感じました。
イタリアに始まり、ノルマンディ、パリといったフランス、ベルギーにオランダ、
デンマークとノルウェー、そしてドイツ国民まで・・。

Alan Moorehead.jpg

それは「ナチス・ドイツからの開放」という単純なものではなく、
開放された喜び方一つ取っても、国民性による違いもありますし、
またイタリアならムッソリーニとファシスト党の崩壊によって「戦うことから開放された」喜び。
フランス、ベルギーはSSとゲシュタポによる恐怖の統治からの開放。
さらに、占領されていた期間の不自由度合い、飢餓の有る無しなどでも
その欲求不満の度合いが違って、ムーアヘッドはこれらの市民の様子から
その国でなにが起こっていたのかを究明しようと試みているかのように感じました。


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