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人間の暗闇 -ナチ絶滅収容所長との対話- [収容所/捕虜]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ギッタ・セレニー著の「人間の暗闇」を読破しました。

トレブリンカ・・。この名称をご存知のかたは、どのようなイメージをお持ちでしょうか?
ナチの収容所でユダヤ人が反乱を起こし、脱走した物語、
また実はあの「アウシュヴィッツ=ビルケナウ」に匹敵するほどの
数少ない「絶滅収容所」として・・。
どちらも事実であり、その100万人とも云われるユダヤ人をガス室で葬った
トレブリンカ絶滅収容所の所長であったフランツ・シュタングルとの70時間におよぶ
インタビューを中心とした本書は、そのホロコーストだけには留まらない
非常に重く、鋭く、丁寧に調査された読み応えのある一冊です。

人間の暗闇.JPG

1908年、オーストリアに生まれたシュタングルは1931年に警官となりますが、
後にヒトラーによってオーストリアが併合されると、その警察の任務や
警察内部での立場も微妙に変化していきます。
これはもちろん、警察組織がSS配下へとなったことと同時に、
オーストリアは併合された側であり、大ドイツ帝国の属国という立場であって、
その組織の中で出世し、生き残るには、ある程度の汚い仕事や策略が必要だったと感じました。
ヒトラーの外交官」でオーストリア人はドイツ人よりも悪人という書きっぷりが
ありましたが、彼らの置かれた環境が要因なのかも知れませんね。

Franz Stangl .jpg

このような弱肉強食の世界で生きるシュタングルは1940年、
ホロコーストの始まりとも言える、精神病患者と身体障害者の「安楽死計画」
に関わることとなり、その特殊施設の警備監督者に任命されます。
この有名な計画についてはあまり書かれたものは読んだことがなく、
かつ、その現場レベルでの話というのもあって、興味深く読みました。
また、この事実を容認していたカトリック教会の存在が後半にも
大きなウエイトを占めることになります。

hands.jpg

そしてドイツ軍のソ連への侵攻が始まると、アインザッツグルッペンによる
ユダヤ人らの大量虐殺が戦線の後方で繰り広げられ、
本格化したユダヤ人絶滅計画、いわゆる「ラインハルト作戦」によって
ポーランド国内に4箇所の絶滅収容所(単に殺すことが目的)が造られ、
シュタングルはその内のひとつである「ゾビボール(ソビボル)絶滅収容所」の
所長となり、その後「トレブリンカ絶滅収容所」を任されることになります。

Treblinka.jpg

本書の中核を成すこの部分、シュタングルの解説のみならず、
当時の親衛隊員のインタビューから、生き残った被収容者のユダヤ人が語る
収容所生活と各々の看守の違いは特に勉強になりました。
所長のシュタングルはそこそこの評判ですが、副所長クルト・フランツは
残虐な人物で有名だったそうです。

Kurt Franz Lalka.jpg

ドイツ人の親衛隊員は20名ほどであり、看守は主にウクライナ兵で構成されていたこと、
また、収容所までの輸送における警備はリトアニア兵であり、彼らが最も残虐であったという話。
そしてポーランドを含む東側のユダヤ人の悲惨な家畜列車に比べ、
オランダやフランスなど西ヨーロッパからの移送は特別扱いだったという
話も興味深いものです。

Ukrainian guards.jpg

ユダヤ人が反乱を起こして脱走した経緯も、シュタングルと脱走当事者双方が語ります。
それにしてもこのような絶滅収容所の所長がSS大尉という階級であったことが
驚きです。大佐クラス(最低でも少佐)だというイメージがありましたが・・。
まぁ、あくまで現場監督という位置づけであって、上官である
絶滅収容所総監のクリスティアン・ヴィルトSS少佐やポーランドのルブリン地区の責任者、
グロボクニクSS中将の存在が大きかったのかも知れません。

Odilo Globocnik.JPG

終戦と同時にシュタングルはアメリカ軍の捕虜となりますが、
まんまと脱走。イタリアのローマからヴァチカンの助けを借り、シリアへ、
その後ブラジルへ家族と共に逃亡します。

この終盤は本書のもう一つのテーマであるナチスとヴァチカンとの関係を徹底追求しています。
戦犯の海外への逃亡を手助けしたのはオデッサやクルト・マイヤーらのHIAGではなく、
ヴァチカンと国際赤十字がほとんどであったという「ヒトラーの親衛隊」でも書かれていた
ことと同様の結論ですが、その逃亡に関わる問題だけではなく
当時のローマ教皇、ピウス12世のナチス寄りとも言われた姿勢とその理由・・、
ナチス批判によって起こるかも知れないドイツ人のキリスト教脱会の危惧や
ヴァチカン内部、或いは教皇自身にあったであろう反ユダヤ感情などを挙げています。

嫁さんらのインタビューも豊富で、シュタングルの発言の裏付けも充分です。
そしてブラジルで逮捕、終身刑を言い渡されたシュタングルのインタビューの最後は
劇的な展開を見せます。

Franz Stangl 1971.jpg

本書では組織としての評価、例えば、ナチ政権、親衛隊、収容所看守はもとより
被収容者のユダヤ人、教会関係者、さらにはドイツ、オーストリア、ポーランドといった
国と国民性に至るまでをひと括りとして判断し、善だ悪だと評価を下すことはありません。

タイトル通り、あくまで人間、個々の考え方とその置かれた状況から、
さまざまな意見を受け入れているようです。
単なるホロコーストの悲惨さのみを扱ったものではなく、
いろいろと考えさせられ、また、グッタリと勉強になった良書でした。
定価はちょっと高いですが、古書で1000円で買えました。
これならガッツィリお釣りがきますね。



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