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たのしいプロパガンダ [世界の・・]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

辻田真佐憲 著の「たのしいプロパガンダ」を読破しました。

先月に出た224ページの新書。
「本当に恐ろしい大衆扇動は、 娯楽(エンタメ)の顔をしてやってくる! 」
という謳い文句で、表紙のセンスもなかなか・・、と気になったところ、
著者は「世界軍歌全集―歌詞で読むナショナリズムとイデオロギーの時代」の方で、
この謳い文句と世界軍歌全集を足して考えれば、「コリャ面白そうだ・・」と購入しました。
大日本帝国、ナチス、ソ連といった大戦期から、中国、北朝鮮などの東アジア、
そして現代のイスラム国(ISIL)によって行われているプロパガンダまでを広く解説しています。

たのしいプロパガンダ.jpg

「はじめに」では本来、「宣伝」という意味である言葉、「プロパガンダ」が、
「政治的な意図に基づき、相手の思考や行動に影響を与えようとする組織的な宣伝活動」
という、一般的な解釈を説明しながら、本書の目的を解説します。

そして第1章は「大日本帝国の思想戦」。
陸軍のプロパガンダの関心は、明治以来モデルにし、あれほど強かったドイツが
どうして大戦で負けてしまったのか。
陸軍の結論はプロパガンダの戦いに敗北し、内部から崩壊してしまったのだ・・。
総力戦では国民の戦争協力を欠かすことができず、やる気を無くさせようものなら
工場も鉄道も止まり、戦争どころではない。ドイツもロシアもそのようにして敗れたと・・。

ということで、1938年に陸軍省新聞班の清水盛明中佐による説明を紹介。
「由来宣伝というものは強制的ではいけないのでありまして、楽しみながら知らず知らずのうちに
自然に啓発教化されて行くということにならなければいけないのであります」。
そして人気コメディアン古川ロッパの舞台の合間に、5分ほど「支那事変」の解説をさせ、
笑いながら楽しんだ客は「支那事変」の真意義を聞かされて帰る・・という戦略です。

ロッパ.jpg

一方の海軍では海軍省軍事普及部のエリート将校、松島慶三が宣伝を研究し、
数多くの軍歌の作詞を手掛け、あの宝塚歌劇団のレビューの原作にも手を伸ばします。
「太平洋行進曲」に始まり、「軍艦旗に栄光あれ」、「少年航空兵」、「南京爆撃隊」といった
「軍国レビュー」を次々と繰り出すのでした。
そういえば「戦う広告」にも宝塚の軍国レビュー広告が載ってましたねぇ。

南京爆撃隊 宝塚.jpg

有名な「写真週報」にも触れ、その第二号に掲載された一文を紹介。
「映画を宣伝戦の機関銃とするならば、写真は短刀よく人の心に直入する銃剣でもあり、
何十万何百万と印刷されて撤布される毒ガスでもある」。

確かにこのBlogのコメントでもたま~にありますが、頑張って2000文字のレビューを書いても、
オマケで貼りつけた一枚の写真に喰いつかれる方もいるので、その効用はよくわかります。
そういえば「『写真週報』に見る戦時下の日本」を読むのを忘れてました。



その機関銃たる映画、円谷英二が特撮を手掛けた1942年の「ハワイ・マレー沖海戦」など
軍の後援を受けた迫力ある映画は大ヒットし、志願制であった飛行兵の募集にも貢献。
1943年には「桃太郎の海鷲」というアニメも公開。
桃太郎率いる空母機動部隊が鬼ヶ島を空襲する血なまぐさいストーリーで、
「ハワイこそ! 悪鬼米英の根拠地鬼ヶ島ではないか!」

桃太郎の海鷲1.jpg

1945年4月という時期には続編「桃太郎 海の神兵」も公開され、大東亜共栄圏の諸民族を現す
動物たちに桃太郎がアジア解放の大義を教えるシーンもあるなど、より生々しいそうな・・。
本書では白黒で小さいながらも所々に写真も掲載されています。

桃太郎 海の神兵.jpg

第2章は「欧米のプロパガンダ百年戦争」。
まずはプロパガンダ国家というソ連からで、水兵の反乱と革命を描いた「戦艦ポチョムキン」を
共産主義のプロパガンダ映画の代表格として紹介。
この1920年代のソ連では国立映画学校が設立され、アニメにも力を入れており、
惑星間革命」というSFアニメの内容は、赤軍の闘士「コミンテルノフ」が宇宙船で火星に向かい、
プロレタリア革命を起こして資本家たちを打倒する・・というもの。。

大祖国戦争真っ只中の1942年に製作された短編アニメ「キノ・サーカス」は、
ヒトラーとファシスト軍をを徹底的に茶化した3本立てで、
犬の姿をしたムッソリーニホルティアントネスクをヒトラーが調教したり、
ナポレオンの墓を訪れたヒトラーが世界征服のアドバイスを求めるも・・。
4分ほどの短編ですから、ちょっと覗いてみてください。



1930年代に刊行された対外宣伝グラフ誌、「ソ連邦建設」というのは初めて知りました。
ロシア語だけでなく、英語、仏語、独語といった様々なバージョンがあり、
見上げるように撮影された雄々しい兵士や、合成された巨大なスターリンの写真。
神の如き偉大な指導者を演出しているのです。

USSR in Construction, March 1934.jpg

続いてはナチス・ドイツ。
「戦艦ポチョムキン」を褒め称えたゲッベルスが主役で、映画、音楽を統制します。
ベルリン・オリンピックは反ユダヤ色を廃し、ギリシャからの聖火リレーも発明
「意志の勝利」のレニ・リーフェンシュタール監督による記録映画「オリンピア」も好評・・と、
やや駆け足ながらサクサクと進みます。

そしてやっぱりソ連の対外宣伝グラフ誌、「ソ連邦建設」と同様の「ジグナル」についても解説。
1940年の創刊で、1945年3月まで刊行され、最大250万部を発行した有名グラフ誌です。
今年の1月に「ヒトラーの宣伝兵器―プロパガンダ誌『シグナル』と第2次世界大戦」という
大型本が出ましたが、実は休止中にコッソリ読みました。気になる方は図書館へGO!

Signal.jpg

米国ではディズニーが1943年に「総統の顔」を製作します。
ドナルド・ダックが「ハイル・ヒトラー! ハイル・ヒロヒト! ハイル・ムッソリーニ!」と挨拶させられ、
わが闘争」の独破を強要され、軍需工場へ駆り出されるというお話。
その年のアカデミー短編アニメ賞に輝きますが、調べてみるとネタが枢軸だからなのか、
日本で発売されているDVD-BOXには未収録なんだそうです。

Der Fuehrer's Face.jpg

第3章は「戦場化する東アジア」。
最初は現代のプロパガンダ国家の鑑・・とでも言えそうな北朝鮮です。
そのキーマンは第2代の「将軍様」、金正日で、彼は1964年に大学を卒業後、
党の宣伝扇動部でそのキャリアをスタートさせ、25歳で文化芸術指導課長に、
1973年に党書記(党組織および宣伝扇動担当)に選出されるという、
一貫したプロパガンダ畑を歩み続けて出世した人物であり、
TVアナのおばちゃんが勇ましくアナウンスするのも、「戦闘的で革命的な」という
金正日の1971年の指示によるものだそうです。

そしてやっぱり映画好き。ハリウッド・コレクションに「寅さんシリーズ」の全フィルムも所有。
抗日武装闘争がテーマの映画には、予算からシナリオ、撮影にも口を出すなど、
まさに北朝鮮のゲッベルスですね。
1985年には怪獣映画「プルガサリ」の製作のため、東宝のスタッフも招かれるのです。

Pulgasari.jpg

音楽の面でも大衆が楽しめなければ・・という考えのもと、「ポチョンボ電子楽団」を1985年に、
3代目の金正恩も亡き父の教えを受け継ぎ、ガールズユニット「モランボン楽団」を立ち上げ
ミッキーやプーさんらしき着ぐるみと共にディズニー・メドレーを披露。
コレはニュースにもなりましたね。

mickey01.jpg

対する休戦国家、韓国は・・というと、若者の徴兵制への不満もあるなか、
国防部は2012年になって軍隊生活のイメージ・アップを図るため、
既存の軍歌を今風にアレンジして、有名歌手や芸能人が歌い、
人気作曲家に依頼してバラード風の軍歌「自分を超える」を製作し、
兵役中の歌手、パク・ヒョシンが歌って、ミュージックビデオを全部隊に配布・・。
これを「K-POP新軍歌」と言うんだそうです。

パク1.jpg

中国では抗日映画がTVドラマへ変化するも、日本兵はさながらハリウッドにおけるナチスであり、
中国人が弓矢、刀で絶対悪の日本軍をいくら打ち倒しても問題なし。
決まりきったストーリーで、予算もかからず、一定の視聴率も稼げるということで、
まぁ、「遠山の金さん」とか、「桃太郎侍」みたいなモンなんでしょう。
しかし2013年まで放映された「抗日奇侠」、カンフーで日本兵を真っ二つにする過剰演出が
物議を醸して、中国政府が抗日ドラマの規制に乗り出したそうな・・。
どう真っ二つかを見たい方は、「抗日奇侠 真っ二つ」でググると出てくるかも・・。

抗日奇侠.jpg

モデルガンで日本兵をやっつけることの出来る抗日体験アトラクションが充実したテーマパーク
「八露軍文化園」も紹介。
2014年には党機関紙「人民日報」の傘下のWEBサイトに「打鬼子」というゲームが公開。
「鬼畜を打て」という意味のこのゲームは、 東條英機を筆頭とする「A級戦犯」を選び、
その顔を描いた看板を射撃して点数を競うというもの・・。エゲツないなぁ。。

打鬼子.jpg

第4章はちょっと雰囲気が変わり、「宗教組織のハイテク・プロパガンダ」と題して、
「オウム真理教」のプロパガンダ手法について詳しく振り返り、
インターネットとSNSを大いに活用した最近のイスラム国(ISIL)のプロパガンダを警戒します。
そして彼らが同じ黒い服を着て、黒い旗を掲げ、指を立てるポーズは、
ナチスに良く似ている・・という指摘もあるんだとか・・。

ISIL.jpg

こうして最後の第5章で現在の日本にはプロパガンダが浸透しているのか? を検証。
「右傾エンタメ」とされる「艦これ」や、特に百田尚樹著「永遠の0」について大いに私見を述べ、
同じ時期に公開された宮崎駿の「風立ちぬ」と比較します。
個人的にはどちらも未見なので、何とも意見のしようがありませんが・・。

最後に「自衛隊」のプロパガンダ。
防衛庁の1962年の要領には、「映画会社に対しては、防衛意識を高めるようなもの、
ないし自衛隊を正しく興味深く取り扱うものを製作するよう誘導する」と書かれ、さらに
「自衛隊色を表面に出さず、観客に自然と防衛の必要性、自衛隊の任務等が理解されるよう・・」。

原則、自衛隊は無償で映画製作に協力しているわけですが、
要は「悪く書くなら協力しないよ」であるとも言え、このようなことは、「レマゲン鉄橋」でも
GIがドイツ兵の死体から双眼鏡と腕時計を外す場面をカットしなければ撮影に協力しない
言い出したり、ナチス映画「最後の一兵まで」でも、国防大臣ブロムベルクが
艦隊が激しい攻撃を受ける場面を取り除いてほしい」との要望を出したのと同様ですね。

確か「野性の証明」は内容的に問題が多くて、自衛隊は協力しなかったと・・。
仁義なき風の松方弘樹が、ヘリから機関銃を狂ったように撃ちまくるんではねぇ。。

matsukata.jpg

そして昨今の「自衛官募集ポスター」にはアニメ風に描かれた絵の採用が増え、
このような若者をターゲットにした「萌えミリ」効果は、少なからず見られるそうです。
大戦中の米国「婦人補助部隊」募集ポスターは綺麗でキリっとしたおねぇちゃんだったなぁ。。
その他、自衛隊の歌姫や、「ガルパン」への協力姿勢にも言及していました。

自衛官.jpg

224ページの新書なので、ゆっくり読んでも2日も持ちませんでしたが、
時代と文化の異なる国々を広範囲に、非常に巧くまとめていました。
その理由としては、自国民に対するプロパガンダとは、楽しくなければならない・・、
という論理が歴史的にどこの国でも繰り返されているわけで、
新聞、ラジオといった媒体から、映画、TV、インターネット、ゲームと変化した娯楽コンテンツに
組み込まれる・・というだけの違いしかないのでしょう。
著者の主観が強すぎるような記述もありましたが、このような本では許容範囲で
気軽に読める「プロパガンダ入門」として最適だと思います。
各国のプロパガンダをより細かく知りたい人には、巻末の参考文献が役立ちそうです。













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さくら

「ハワイ・マレー沖海戦」はプロパガンダ……とはいえ、あの時代にあの迫力映像は芸術ではないかとも思いました。
「本物の映像!?そんなものある訳ない……」とか、うろたえてたら、最後に「特撮 円谷英二」
……そうだ、この人いたんだー!

同時代のハリウッド映画(「独裁者」)と比べても、特写だけは確実に勝っていたのが、なにか嬉しかったです。
当時の日本にアメリカに勝てるものがあったことが。


ソ連の動画、はじめて見ました。
プロパガンダはこのくらい一方的なのが面白いですね。

でも、「ハワイ・マレー沖」みたいな真面目系なら「よし、お国のために戦おう!」と燃えるかも知れないですが、これとか「総統の顔」みたいな笑う系で、本当に戦意向上するものなのでしょうか?
その辺が、私にはどうもよく分かりません。
好きか嫌いかと聞かれれば、断然好き!なのですけどね。
by さくら (2015-10-21 00:56) 

水

お久しぶりです♪

「海の神兵」

は運良く見れました。

準備に日の丸弁当とチョコレートってのがなぁ……。


ラストシーンで日本は本気でアジアを制覇しようとしてたんだな
と思います。

当時、大阪の映画館で手塚治虫先生が見て、
肝心の子供の観客が
疎開で皆無、
ホトホト泣きながら見たとゆーエピソードがあります。

アニメ中のアメリカ兵士がクニャクニャしてて、
日本人がこうあって欲しい敵兵が繁栄されてる気が。


私がこの時代に生きていたら、
としみじみ考えます。

管理人様、
お風邪などお召しになりませんように。

by (2015-10-21 21:57) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、さくらさん。
「ハワイ・マレー沖海戦」をご覧なってますか。先日、BSかCSでやっていた気もするんですが見逃しました。
まぁ、プロパガンダ映画だから質が悪いか? ということはなく、逆に戦時中だったら最大の資金と力を入れて製作するんでしょうからね。

ソ連のアニメ。1942年の製作ですから、どれだけのソ連国民が観ることが出来たのは不明です。党幹部たちだけで喜んでいたのかも知れませんし。。
by ヴィトゲンシュタイン (2015-10-22 10:38) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、水さん。
「海の神兵」の詳細なレビュー、ありがとうございます。この続編だけは去年DVD化されてるんですよね。74 分もの大作なんですね。
by ヴィトゲンシュタイン (2015-10-22 10:45) 

IZM

ヴィト様、ご機嫌いかがですか?
ワタクシも常日頃からプロパガンダって楽しいなあ~wと思っていたので
「たのしいプロパガンダ」のタイトルはまさに!!!って感じです。

>「右傾エンタメ」とされる「艦これ」
う~ん、そうなのかー。意外にアメリカでもファンがいて、Kantaiconなる艦これ中心のアニメイベントを、空母ヨークタウン上で開催してたりして驚きましたが。あと、アメリカ人の作家が米戦艦を艦娘風にアレンジして描いたり、なかなかの広がりを見せていて、これならアメリカ人にも受けそう、とちょっと思いました。

Twitterの方でヒットラーユーゲントの訪日を話題にされていましたが、又もシンクロしてた事案があるのでwww後ほど何らかの形でお知らせします~
by IZM (2015-11-04 17:15) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、 IZMさん。
軽く読める本なので是非ど~ぞ。

>意外にアメリカでもファンがいて、

「艦これ」自体、ボクがルールを知らないので、右傾なのかどうかもわかりません。。正直に言うと、調べごとでドイツの艦艇を検索すると、最初に「艦これ」がドバドハ出てきて、多少イラっとします・・。

ただですね。同じ国の軍隊でも海軍と陸軍は仲が悪いとか、他国であっても同じ空軍のパイロット同士の心とか、降下兵の気持ちは「俺も降下兵、貴様も降下兵」と、自国の兵士より通じ合う・・なんて話がある様に、「艦艇好きは国を越える」といったことがある様に思いますね。

ヒットラーユーゲントの訪日ネタですか? 楽しみです。
by ヴィトゲンシュタイン (2015-11-05 06:39) 

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