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ジューコフ元帥回想録 -革命・大戦・平和- [ロシア]

ど~も。ヴィトゲンシュタインです。

ゲ・カ・ジューコフ著の「ジューコフ元帥回想録」を読破しました。

1年半ほど前に¥2000で購入した、函入で600ページ弱という強烈な回想録です。
著者は当然、ソ連の大エース、ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・ジューコフですが、
この函に書かれている「ゲ・カ・」というのはすごいですねぇ。
「G.K.」をロシア語でそのように発音するんでしょうが、カタカナとは珍しいです。
また、笑っちゃいけませんが「四回ソ連邦英雄」というのもなにか、マイケル・バッファーや
ジミー・レノン・ジュニアがボクシングの世界戦で選手を紹介するときみたいです。。

ジューコフ元帥回想録.JPG

1896年、モスクワの西南にある貧しい農家で生まれたジューコフ
幼・青年時代の回想から始まります。
父親は捨て子であり、その家系も不明という最下層の生活ぶり。。
8歳にもなれば男として、刈り入れを手伝い、小学校を卒業すると
モスクワに毛皮職人の見習いとしてひとり旅立っていきます。
この20世紀初頭の帝政ロシアが舞台というのは初めて読みましたし、
ジューコフ少年の苦労とガッツは非常に印象的です。

Zhukov 1914.jpg

第1次大戦の真っ只中である1915年に遂にジューコフも騎兵として徴集されます。
ほとんどが歩兵である友人たちからは羨ましがられ、
彼自身もこのロマンチックな兵科に有頂天です。
そしてこの大戦から10月革命による内戦を経験し、27歳でブズルク騎兵第39連隊長に就任します。

Zhukov 1923.jpg

旧友、ロコソフスキーと共に騎兵として昇進を重ねていくジューコフ。
1930年代にはトハチェフスキー元帥とも親近となり、その彼の軍人としての偉大さと
思い出を語ります。しかし、その後起こった「赤軍大粛清」については、
わずかに5行、述べているだけです。

ここまでの前半の「革命」パートが終わると、メインとなる「大戦」パートへ・・。
白ロシア軍管区司令官代理というポストにいたジューコフにモスクワから呼び出しがかかります。
そして友好国モンゴルへ侵攻してきた日本軍を追い返すという特別任務を与えられ、
1939年に起こった有名な「ノモンハン事件」について詳細に回想しています。

Battles of Khalkhin Gol 1939.jpg

この「ノモンハン事件」で見事圧勝したジューコフは遂に、スターリン
直接引見され、1941年初頭にはいきなり「参謀総長」を言い渡されます。
当初は参謀経験のないことを理由に断ったジューコフですが、
バトゥーチンやワシレフスキーらの名だたる参謀本部員らに助けられ
一心不乱に間も無く来るであろう、ドイツ軍侵攻に備えます。

Zhukov 1939.jpg

しかしいざ、ドイツ軍によるソ連侵攻「バルバロッサ作戦」が始まると
ほとんど全ての戦線において、縦横無尽に突破され、
慌てたスターリンにより、「実戦経験のある指揮官が必要」との理由で、
最高軍司令部の代表者として南西方面軍に派遣されます。
そして、ここからジューコフの独ソ戦における放浪の旅の幕が上がるわけです。

その後は包囲されたレニングラードを立て直し、モスクワをなんとか防衛、
スターリングラードでもドイツ第6軍を包囲壊滅し、
クルスク戦では、その防御準備の様子を詳細に説明してくれます。
ジューコフ個人の回想なのに、ほとんどの有名な戦役、会戦に関わっているところが凄いですね。

German troops taking a Russian City in July 1941.jpg

普段、ドイツ軍戦記を読んでいるヴィトゲンシュタインとしては、
時折出てくる各戦線の状況説明・・・例えば「西部戦線」などと出てくると
どうしてもフランスを想像してしまいますが、これはもちろんソ連から見た西部戦線であり、
主にドイツ中央軍集団と対峙する戦線のことを指し、
北方軍集団や南方軍集団相手にはそれぞれ、北西戦線、南西戦線と呼ぶようです。

また、1969年に発刊された本書ですから、すでに刊行されている様々な書物を
参考にしていて、ドイツ軍の作戦や内情についてもハルダーの日記や
ライバルであったグデーリアン、マンシュタインらの回想録なども大いに研究しています。

Guderian reibert.jpg

ただし、おそらくロシア語の翻訳の問題なのか、訳者がドイツ軍に明るくないのか、
ハルダーが「ハリデル」だったり、謎の「ゴッド元帥」も出てきたり(う~ん、いったい誰なんだ・・)、
グデーリアンに至っては、「グーデルリアン」と書かれています。
古い本だと「グーデリアン」が多いこの「Guderian」は個人的には
「グデー」でも「グーデ」でも気にしませんが「グーデルリアン」は初めてで、
なにか「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を思い出してしまいました。

back to the future_De Lorean.jpg

マンシュタインに対しては「ドイツ軍最高の将軍」と評価しているようで
クルスク戦で「南軍の司令官は只者ではないと思ったら、
それを率いていたのはあのマンシュタインだった」という感想を残しています。
いや~、またカレルの「焦土作戦」を読みたくなってきました。

list_manstein.jpg

なお、この南軍のSS軍団は「アドルフ・ヒトラー」、「ライフ」、「鉄丹」の3戦車師団で、
「ライフ」が「ダス・ライヒ」であろうことは想像出来ますが、「鉄丹」というのは・・?
おそらく「トーテンコップ」なんでしょうけど、普通、和訳は「髑髏」ですし、
そもそも「鉄丹」の意味がわかりません・・。

Column T-34.jpg

ちなみに当時のソ連軍ではクルーゲが率いたドイツ北軍が精鋭戦車部隊を揃えているという
認識であったようで、会戦が始まってから、間違いに気付いた・・とし、
ちょっと順番は逆転しますが、「バルバロッサ作戦」でもスターリンは、
ドイツ軍は南の油田を狙ってくるだろうという予測の元、ウクライナの防御を固め、
その結果、ルントシュテットの南方軍集団は苦労したようです。

Georgy_Zhukov.jpg

そのスターリンについても数ページを割いて分析しています。
結論からすると「スターリンの偉いところは、われわれベテランの軍事専門家の
意見を聞く耳を持っていたということにある。」

全線戦でソ連の攻勢が始まると、スターリン、ジューコフともにドイツ軍の「包囲殲滅」作戦を
ひたすら目論み、それは「チェルカッシィ」などでも成功します。
そしてブルガリアもあっさりと寝返らせて、一路、ベルリンへ・・。

Bulgarian troops.jpg

ここでは「ゼーロウ高地」におけるジューコフ発案の、あの「サーチライト」戦術を紹介します。
「140のサーチライトが敵を眩惑し、暗闇から攻撃目標を浮き出させた。
その情景は極めて心象的だった」としながらも、
「砲撃による埃と煙でなにも見えなくなった」との状況も認めています。
特にこのサーチライト批判、またはジューコフ批判をしたチュイコフ将軍の回想については
大反論を展開しています。

ベルリン作戦の模様も詳細で、カイテルらの降伏の様子、そして裏切り者ウラソフ将軍
毛布に包い、病人を装った姿で車で逃走しているところを発見し、「大戦」パートも終了します。

Brandenburg_Gate,_1945.jpg

最後の「平和」パートでは、米英仏の西側連合軍とのドイツ分割についての駆け引きと、
その一方で、お互い「勲章」の授け合い・・。アイゼンハワーから「レギオン・オブ・メリット」を、
モントゴメリーから「GCB」を授章すると、お返しに「勝利勲章」を2人に贈ります。

Orden-Pobeda-Marshal Vasilevsky.jpg

モスクワでの凱旋パレードでは騎兵出身らしく、白馬で見事に疾走し、
その後、アイゼンハワーも招いて、親しく、また軍人らしく、西側の当時の戦況を聞き出します。
バルジの戦い」についてはアイゼンハワーも口が重いものの、
ノルマンディ上陸」作戦には口も滑らか、ジューコフも興味深かったようで、
映画「史上最大の作戦」を観た感想と、その比較まで書かれています。

Zhukov gallops onto Red Square 1945.jpg

読み終えて、改めて序文の「日本の読者に」に書かれている
「偉大な10月革命は、社会の最下層出身者が元帥になることを可能とした」
という意味がわかったような気がします。
帝政ロシアと、革命後のソ連が社会的、政治的に良いか悪いかを
コメントできる知識はありませんが、
少なくとも彼にとっては「ソ連」という国家によって大いに恩恵を受けたことに
最期まで誇りを持って生きていたと感じました。

General_Zhukov.jpg

ジューコフ晩年に書かれた本書ですが、彼のその後、スターリンの妬みによって左遷され、
フルシチョフによって失脚、ブレジネフによって名誉を回復したという話は出てきません。
個人の回想録ではありますが、第2次大戦を中心とした非常に充実した1冊で、
実は読破できるか心配でしたが、とても勉強になり、かつ予想以上に楽しめた1冊でした。



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コメント 5

NO NAME

初めてコメントさせていただきます。
作中に登場する「鉄丹」って直訳するとeisen rot となりますが…私もこの本を読んで気になっていた部分なので興味深く読ませていただきました。
by NO NAME (2015-04-29 01:13) 

ヴィトゲンシュタイン

ああ、「鉄丹」。。
いったいなんでしょうねぇ。
4年経ってもいまだに解決しない疑問です。
by ヴィトゲンシュタイン (2015-04-29 16:33) 

NO NAME

私も興味深く読ませていただきました。
謎の「ゴッド元帥」は守戦の名将ゴットハルト・ハインリツィ…?
元帥でないしGotthardだから違いますよね。謎は解けない…
コメントついでに、おそらくご存知と思われますが、ゴットハルト将軍はモスクワ後退戦やAutobahn battlesの戦いの損害など、1991年以降にようやく情報が公開された影響で彼の守備戦術が優れたものだったと近年注目されているようです。
ぜひぜひ彼を頭の片隅に
by NO NAME (2015-10-04 23:48) 

通りすがり

ノモンハン事件に関連するジューコフ元帥の情報を調べている途中で当書評に出会い、興味深く拝見しました。
やはりこの一冊は手に入れておかなければ、と入手欲が大きくなりました……。

さて、最近のコメントから4ヶ月と時間が経っており既に解決済みやもしれませんが、「ゴッド元帥」の謎を解く指標となりそうな情報を一つ。
このゴッド元帥はヘルマン・ホトの事を指しているかもしれません。
ロシア語wikiのホトの記事は「Гот, Герман」と表記されており、グーグル翻訳で発音を聞くと「ゴット・ゲルマン」の様に聞こえます。
どういう規則で変わるのか分かりませんが、ロシア語は特定の条件下だと外国語のHがГ(ゲー)に変換されるようです。
ゴッド=ホトを断定するには少し弱いですが、ご参考までに。
by 通りすがり (2016-02-11 07:07) 

ヴィトゲンシュタイン

ど~も、通りすがりさん。
「ゴッド元帥」=ホト説・・。ありがとうございます。
上の「NO NAME」さんに対してリコメするのを忘れていましたが、
ゴットハルト・ハインリツィ説も面白いですね。
本書のゴッド元帥が登場する部分を再読すれば、その戦役など、特定できそうな情報があるかもしれませんが、なんせこの分厚い本のドコに出てきたか? 探すだけで1日かかりそうで・・。
by ヴィトゲンシュタイン (2016-02-11 07:43) 

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